政府の防衛費予算確保を理由に突然浮上し、通信業界を二分する議論を巻き起こしている、いわゆる「NTT法」(日本電信電話株式会社等に関する法律)の見直しが大きな局面を迎えつつあるようだ。NTT法の見直しは現在、政府与党である自由民主党(自民党)がプロジェクトチームを立ち上げ議論を進めているのだが、11月14日の報道で、同プロジェクトチームが提言案をまとめたと報道されている。
あくまで報道ベースの提言案で確定した内容ではないことを留意する必要があるのだが、報道された提言案を見ると、最終的にNTT法は廃止するとされており、NTT法の廃止を求めるNTTに対してほぼ満額回答と言っていい内容となっている。
改めて、NTTが今回のNTT法見直しで求めていた主な要素を振り返ると、1つ目は研究開発の開示義務の撤廃、2つ目は外国人役員の起用に関する規制の緩和、そして3つ目が固定電話のユニバーサルサービス制度の見直しである。また、単にNTT法を廃止すると、外資にNTTが買収され国内のインフラを乗っ取られる懸念が出てくることから、それを防ぐための規制も必要とされている。
NTT法廃止に向けてはこれら3+1の課題をクリアする必要があるのだが、報道による提言案を見ると、2段階のプロセスを経てそれらの課題を解決し、NTT法を廃止する方針とされている。
最初のプロセスが、2024年の通常国会でNTT法を改正すること。この法改正により研究開発の開示義務が撤廃されるのに加え、翌2025年の通常国会までにNTT法を廃止することが盛り込まれるという。
そして、2025年の通常国会では、固定電話のユニバーサルサービス制度や外国人役員に関する規制の見直し、そしてNTT法によらない外資規制の規定などが進められ、その上でNTT法を廃止するようだ。
なぜ2段階のプロセスが必要なのかといえば、見直しに時間がかかる要素が多いためと考えられる。NTTは固定電話のユニバーサルサービス制度を電気通信事業法に、外資規制を外為法(外国為替及び外国貿易法)で定めるよう提言しているが、その案の通りに進めるとなればNTT法以外に少なくとも2つの法律を変える必要があり、検討には慎重さも求められる。
しかも、それらはNTT法の廃止に猛反対している競合各社が強く反発している要素でもある。それだけに議論には時間がかかると踏んで、競合からも反対意見が少ない研究開発の開示義務撤廃だけでも先行して進めたい、というのがプロジェクトチームの考えといえそうだ。
その一方で、NTT法見直しのきっかけとなったNTT株式の売却に関しては、3分の1の株式を政府が保有するという現行の規定の撤廃は盛り込むものの、売却は政策的判断に委ねると伝えられている。しかも売却益を防衛費に割り当てるとも触れられていないようで、防衛費確保ありきでNTT法の廃止が進められる訳ではない点には疑問符が少なからず付くというのが正直な所だ。
この報道に前後して大きな反応を見せたのが、NTT法廃止に猛反対しているKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの3社である。3社は一連の報道が出る数時間前に、NTT法のあり方に関する新たな見解を一斉に提示。NTT側の主張に徹底して反論し、NTT法を廃止することでどのような問題が起きるのかを公正競争やユニバーサルサービス義務、外資規制など複数の観点から主張している。
だが、3社による主張はそれだけに留まらない。楽天グループの代表取締役会長兼社長最高執行役員である三木谷浩史氏が、報道が出た後にSNSの「X」(旧Twitter)で反応。「国民の血税で作った唯一無二の光ファイバー網を完全自由な民間企業に任せるなど正気の沙汰とは思えない」など、NTT法廃止の提言案をまとめたとされる自民党のプロジェクトグループを強く批判するポストをしたのである。
とはいえ、三木谷氏が政治的施策に不満がある時にX上でポストすることはこれまでにもあったことで、取り立てて珍しい訳ではない。だが今回は、三木谷氏のポストに反応する形で他社のトップからも相次いでポストが続いたことに驚きがあった。
三木谷氏に続いたのは、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏。「三木谷社長だけに、政府との溝を作らせるのはアンフェアなので、私も久しぶりに投稿します」と、2016年以来のポストを実施。やはりNTT法の廃止により、NTT法の廃止によってNTTが引き継いだとされる公社時代の資産が民間企業に引き渡されることに強く反発している。
加えて、KDDIの代表取締役社長である高橋誠氏も、やはり2019年以来にポストして一連の議論に参戦。「外資規制等、他の法律等でカバーすると言うのなら、それが出来ない限り廃止はしてはいけない事は明確にしておく必要がある」「多くのものがNTT法の廃止に反対している中、強硬に押し通すことに疑問が残る」などとポストし、やはりNTT法の廃止に反対の姿勢を見せている。
そして反対される側のNTTも、NTT広報部のXアカウントを通じて、三木谷氏のポストに反論。「最終的に株主に帰属するのでこの主張はナンセンスな話です」とし、フランスやドイツの元国営通信事業者も、会社法廃止時にそうした保有資産を受け継いでいること、加えてKDDIやソフトバンクも、前身の一部企業が国営であったためその資産の一部を受け継いでいるとしている。
大手企業の経営者らがSNSでここまで激しい議論を繰り広げることは非常に珍しいこと。それだけにX上での一連のやり取りは、非常に大きな注目を集めたようだ。
ちなみにNTT側のポストに対し、宮川氏は「だから最初から申し上げています。今こそあるべき姿をトコトン議論すべきと」とポスト、NTTと競合側とで直接議論する必要性を訴えている。その上で「我々は顔を出し議論をする用意があります。通信業界に遺恨が残ります」とし、事業者間同士での議論が進まないまま一方的な結論が出る事態となれば、今後の国内通信事業者同士の協力に影響が出るとしている。
実は宮川氏は、11月8日の決算説明会でも、NTT法の見直し議論が自民党のプロジェクトチームの中で留まっていることに疑問を呈し、国会での議論を要求。現状のまま結論が出たとなれば「最後までわれわれは腹落ちしない。ずっとNTTが嫌いなポジションになる」「このしこりは10年、20年では取れない」とも話している。
もしNTT法を巡ってNTTと競合との溝が深まれば、日本の通信産業にも少なからず影響が出てくる可能性も高まってくる。確かにNTTは高い研究開発能力を持つが、競合他社もNTTが力を注いでいる次世代ネットワーク構想「IOWN」の実現に重要な光技術、HAPSをはじめに昨今注目されるNTN(非地上系ネットワーク)など、さまざまな分野で技術を持ち合わせている。
自民党のプロジェクトチーム発足に当たっては「日本の情報通信産業の強化が第一」とされている。だが、NTT法を巡って国内の通信事業者が分裂し、技術を持つ企業同士が協力する体制を敷くことができなくなったとなれば、逆に日本の通信産業が世界市場で存在感を大きく失う可能性もあるだろう。
しかも先に触れたように、報道で伝えられた提言案ではNTT株を売却して防衛費に当てるという当初の議論の目的が失われ、いつの間にかNTTのビジネス上の障壁を取り除くことに主眼が置かれてしまっているように見える。議論の前提が崩れたままNTT法が廃止されたとなれば、競合側は到底納得がいかないだろう。
実際に高橋氏は11月17日、「防衛財源の話でなくなっている中、本件は電気通信事業の根幹に係る問題で、公正競争にかかる根本的かつ重要な課題なので、公開の議論の元、方向性を決めていただきたいと思います」とポスト。11月20日には競合3社がそろってX上で、「日本の未来のために、拙速な結論とならないようにオープンな場での丁寧な議論が必要」と再ポストしている。
議論の前提が崩れた以上一度仕切り直し、総務省が主導するなどして、改めてNTT法見直しで浮上した課題に関する議論をしていくべきなのではないかと筆者も感じている。
ただ、一連の報道を見るに、自民党の中でもNTT法廃止の方針については意見が割れているようで、報道された内容で提言が出るとは限らない様子でもある。自民党のプロジェクトチームは2023年11月中に提言をまとめる予定としているだけに、最終的にどのような結論が出され、それによって各社がどのような動きを見せるかが再び大きな関心を呼ぶことは間違いないだろう。
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