2023年に入り、大都市部でNTTドコモのモバイル通信品質が急速に低下してユーザーの不満が高まり、対策に追われる事態となった。
その一方で評価を上げているのがソフトバンクだ。同社のモバイルネットワークが都市部でも通信品質を大きく落としておらず、安定して通信できていることがその要因となっている。
NTTドコモの通信品質低下の要因とされているのは、2023年に入ってコロナ禍が一定程度収束し都市部の人流が回復したこと。そしてスマートフォンでの動画視聴ニーズが大幅に増え、トラフィックが急増したことだ。
だが、そうした条件はNTTドコモに限ったものではなく、ソフトバンクをはじめ他の携帯電話会社にも共通して起きている。にもかかわらず、なぜNTTドコモの通信品質が大幅に低下した一方、ソフトバンクは持ちこたえて安定した通信を継続しているのだろうか。2023年9月19日にソフトバンクは、同社の通信品質に関する記者説明会を実施しているが、同社の対策に“飛び道具”はないようで、比較的ベーシックな対策の積み重ねとなっている。
ソフトバンクがネットワーク整備をする上で最も重視しているのは顧客の体感を損なわないことだという。具体的には、通信速度を高めることよりも、通信が極端に遅くなったり、止まってしまわないことを重視しているという。そのため、同社では基地局のデータに加え、顧客の端末側の通信品質データも取得し分析することで、より狭い範囲での通信品質や、問題を引き起こす要因を見極めているという。
その分析にもソフトバンク独自の指標を用い、顧客が体感している通信品質を可視化することで品質を見極めているという。
加えて問題の検知から要因を分析し、対策をして効果を測定するといった品質改善のプロセスを、機械学習などの技術を活用して可能な限り自動化、効率化することによって、問題が起きる予兆を早期に検知し対策しているとのことだ。
では、具体的にどのような原因で品質低下が起きているのだろうか。現在日本の携帯電話ネットワークは、既に整備されている4Gネットワークの上で5Gの基地局を動かし、高速通信を実現するノンスタンドアローン(NSA)運用の5Gネットワークが主流だ。このNSA運用であることに起因した問題がいくつか起きているという。
1つは「アンカーバンド」に起因する問題だ。NSA運用の場合、端末はまず4Gに接続して基地局とやり取りをした上で、5Gに接続して通信する形となるのだが、この際最初に接続する4Gの周波数帯がアンカーバンドとなる。
だが4Gの全ての周波数帯をアンカーバンドに使用している訳ではない。そのため、5Gへの接続が増えてしまうとアンカーバンドへの接続が集中し、通信品質が低下してしまう。そこでアンカーバンドにかかるトラフィックを、他の周波数帯に分散するよう制御することで、混雑を解消し品質低下を抑えていると説明する。
2つ目は4Gの電波の届き方に関する問題だ。遮蔽物のある建物や電車内などではプラチナバンドのように低い周波数の電波しか入らないことが多く、そうした周波数帯にトラフィックが集中し、局所的に通信品質が低下するケースも少なくない。
その対策としては、トラフィック集中が起きている場所に別の周波数帯の電波が入るようにすることに尽きるという。同社でもピンポイントで状況を確認しながら適宜4Gの周波数帯を追加し、品質維持を進めていると話す。
ただ一連の施策を見ると、通信品質低下を検知する部分ではNTTドコモと差があるように感じるものの、発生する問題への対処に大きな違いはないように感じる。それゆえ両社の通信品質を大きく分けたのは、もう1つの問題への対処にある。
それは5Gのエリアがまだ少なく、密に設置されていないことに起因する問題だ。5G基地局が離散的に設置されていると、その電波が届くか届かないかというギリギリの場所で5Gの電波をつかんでしまい、通信品質が大幅に落ちてしまいやすい。
その対策としては、5Gの基地局を密に設置することだというが、ソフトバンクは携帯4社の中で最も早く5Gの人口カバー率90%を達成するなど、5Gのエリア拡大に重点を置いて整備してきた。それゆえ離散的な5Gの基地局をいち早く減らし、品質改善が進められたと言える。
一方でNTTドコモは、5G向けに割り当てられた新しい周波数帯でのエリア整備にこだわり、その分5Gのエリア整備が他社よりも遅いことから離散的に設置された5G基地局が多く存在すると見られている。しかも、同社は5Gの基地局の設置でビルオーナーとの交渉に時間がかかっており、思うように5G基地局を設置できていないことを明らかにしている。
では、ソフトバンクがなぜ5G基地局をいち早く整備できたのかと言えば、1つに4Gから転用した周波数帯を積極的に用いたことが挙げられる。4Gから転用した周波数帯は帯域幅が狭いので、5Gならではの高速通信を実現できず「なんちゃって5G」などと言われてきたが、それが通信品質の面では有益に働いた訳だ。
そしてもう1つは、5Gの基地局を設置する場所だ。現在のソフトバンクはボーダフォンの日本法人とイー・アクセス、ウィルコムという3つの事業者を吸収して1つになっていることから、それら3社の基地局の設置場所を継承している。
とりわけ電波の出力が弱いPHSの事業を展開していたウィルコムは、通信品質を高めるため携帯電話会社より多くの場所に基地局を設置する必要があり、設置場所も多く保有していた。ソフトバンクが経営破綻したウィルコムを支援したのは、現在ソフトバンク傘下のWireless City Planningが保有する2.5GHz帯に加え、多数の基地局設置場所を獲得するのが目的だったと言われているが、それが5G時代の強みになったと言える。。
過去の資産と5Gの基地局整備戦略が生きて通信品質の面で優位に立っているソフトバンクだが、ここ最近の動向を見ると、同社も通信品質を維持するのがだいぶ難しくなっている印象を受ける。それを示しているのが、同社のメインブランド「ソフトバンク」で新たに提供される料金プラン「ペイトク無制限」「メリハリ無制限+」だ。
メリハリ無制限+は「メリハリ無制限」の後継プラン、ペイトク無制限はスマートフォン決済の「PayPay」の利用でお得になるプランだが、いずれもデータ通信量が無制限という点で共通している。しかし、従来プランとは異なり、月間通信量が200GBを超えると通信速度が最大4.5Mbpsに制限される仕様で、“無制限”をうたうことに疑問の声も少なからず挙がっていた。
あえて規制を加えた理由は「ネットワークの公平性を担保するため」であり、一部のユーザーが200GB以上を使うことでネットワークに大きな負荷が発生していたことから、制限に至ったとのこと。具体的には「0.3%のユーザーが、ソフトバンクのデータトラフィックの6%を発生させている」といい、今後そうしたユーザーが増えれば現在の通信品質を維持できなくなってしまうと説明した。
高い通信品質を維持しているソフトバンクがこうした動きに出たことから、増え続けるデータ通信量に携帯電話会社のインフラの進化が追いつかず、限界が出てきつつある様子が見えてくる。その一方で、ユーザーが利用するデータ通信量は今後も増加の一途をたどると予測されるだけに、どの携帯電話会社もNTTドコモの通信品質を「他人事」として済ませられない状況にあることは確かだろう。
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