2023年8月7日、楽天モバイルは新執行体制を発表。そのなかで、代表取締役 共同CEOを務めていたタレック・アミン氏が退任したことが明らかとなった。
タレック氏と言えば、楽天が携帯電話事業に参入するにあたり、三木谷浩史会長の「右腕」とも言われる人物で、突然の退任に衝撃が走った。ただ一方で、業界内では「タレック・アミン氏は楽天に骨を埋める気は無いだろう。いずれどこかのタイミングで別の会社にステップアップしていくのでは」という見方も強かった。おそかれ、速かれ、タレック氏が楽天を去るのは時間の問題とも言えたのだ。
ではタレック・アミン氏はどんな人物か。
もともと、米国でT-MobileやAT&Tなどいくつかの通信会社を渡り、ファーウェイ・テクノロジーズにも籍を置いていたこともある。そんな彼が注目を浴びたのが、インドの通信会社であるリライアンス・ジオの上級副社長を務めていた時だ。創業1年で1億3000万ユーザーの獲得に成功したのだった。
タレック氏は筆者のインタビューに対して「私はインドに5年住んでいた。当時の携帯通信網は第2世代のGSMしかないのに、13のキャリアがひしめいていた。14番目のキャリアを立ち上げるにあたって、当時の通信業界をぶちこわす破壊者になる必要があった。ユーザーの利益を考えて、一気に第4世代(4G)で参入した。その結果、13社が3社に再編された。カスタマーファーストであることが最も重要であり、この考えは今も変わっていない」と語っていた。
タレック氏が楽天に入るきっかけになったのは、2018年にスペイン・バルセロナで開催された通信関連見本市「MWC」でのことだ。当時、携帯電話事業への参入を準備していた楽天グループの三木谷浩史 代表取締役会長兼社長と出会ったのだ。
「MWCで三木谷氏に会ったとき、彼のビジョンに共感した。三木谷氏も私のスキルを理解してくれた。それで楽天で仕事をすることを決めた。結婚のようなものだ。楽天は日本のカルチャーを大事にしながら、リスクを取りつつ、イノベーションを起こしている」(タレック氏)という点に共感したという。
タレック氏が楽天モバイルに持ち込んだのが「ネットワークの完全仮想化」だ。
従来のキャリアはエリクソンやノキアなどの基地局ベンダーから機材を調達するが、キャリア向けに作られた専用機器であるため、コストがべらぼうに高い。
楽天モバイルとしては新規参入キャリアとして、高価な機器は導入できないということもあり、汎用サーバーとソフトウェアを組み合わせることで、ネットワーク機能を完全仮想化させる道を選んだ。
タレック氏がインドで新しい通信規格であった4Gで一気に既存キャリアを攻めたように、楽天モバイルでは完全仮想化という新しい技術で勝負に出たわけだ。
ただ、完全仮想化でネットワークを構築するだけではコスト削減にしかならない。そこで、楽天モバイルでは、この完全仮想化の仕組みを海外のキャリアや企業に売り込むことを考えた。
三木谷会長がよく例に出すのだが、ネット通販のアマゾンが、自分たちが使うために構築したクラウドを第3者に「AWS」として販売するビジネスモデルと同じ事だ。
楽天では「楽天シンフォニー」という会社を作り、タレック氏がCEOに就任。三木谷会長によれば、すでに4000億円を超える売上げが見込めるところまで来ていたという。国内の通信事業は契約者の獲得に苦戦し、赤字が続いているが、ひょっとすると楽天シンフォニーが成功すれば、国内事業の赤字も目をつむれる可能性もあり得るのだ。
これから、楽天シンフォニーが世界のキャリアに完全仮想化ネットワークを売りまくり、国内事業の赤字を埋めていくかと思いきや、まさかこのタイミングでのタレック氏の退任。
楽天モバイルには相当なダメージにも感じるが、一方で、後任となるシャラッド・スリオアストーア代表取締役 共同CEO兼CTOはタレック氏の側近として、完全仮想化ネットワークを作ってきた一人でもあるだけに、さほど影響は無いのかも知れない。すでに国内の完全仮想化ネットワークは完成しており、楽天シンフォニーによるネットワークの外販も体制は整っている。
タレック氏は以前「来日してキャリアで回線を契約してアクティベーションしたが、その作業に2時間もかかった。米国やインドでのアクティベーションは、ここまで時間がかかるのはありえない。楽天モバイルはこの2時間を5分にしてみせる。日本のネットワークだけでなく、ビジネスモデルでも破壊者になってみせる」と意気込みを筆者に語っていたことがある。
楽天モバイルでは、この夏からワンクリック契約として、楽天銀行などのユーザーであれば、本人確認などは不要でデータ通信契約が行える仕組みが登場している。
タレック氏としては、楽天モバイルでやりたかったことはすでに実現し、達成感があるのかも知れない。
タレック氏が抜けることで、社内的には大きな影響はないだろうが、世間的には「楽天モバイルから逃げ出した」とも捉えられかねない。ただでさえ、初代社長がいなくなり、マーケティングや技術に詳しい人材が相次いで流出しているだけに、タレック氏の退任による楽天モバイルに対するイメージダウンは避けては通れないだろう。
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