人々の往来に制限がなくなった昨今、ワーケーションの選択肢は国内だけでなく世界へと広がった。これを機にワーケーションを検討し始めている企業もあるだろう。一方で、「ワーケーション先としてどの地域を選ぶか」は個人だけでなく企業にとっても悩みの種だ。特に会社としてワーケーションを行う場合、担当者としてはセキュリティ面などもしっかりと検討した上で訪問先を決めたいというニーズもあるはずだ。
企業がワーケーションを導入する上で押さえておきたいポイントを説明する本連載。経費負担や法律、労務上の考え方や整理方法などを解説した第3回に続く今回は、ワーケーション先となる地域や施設選びのポイントについて解説する。
来訪先や施設選びの前に、まず必要なことがある。それは、なぜ自社でワーケーションを行うのか、目的を明確にすることだ。
来訪先や施設選びは目的によって優先すべき基準が大きく異なる。社員が集中して仕事できる環境の提供なのか、地域との協業を狙いたいのか、多様な人々と交流させたいのかなど、ワーケーションにおける目的設定は会社だけでなく部署等によっても変わるため、まずは目的を明確化することが大切だ。
場合によっては来訪したい地域が決定していて、そこでどのようなワーケーションが行えるのか気になっている企業もあるだろう。その場合は以下サイトを参考に、どのようなコンテンツがあるのかを確認してみよう。
観光産業ニュースが出している「ワーケーション実践ガイド」では、最新のワーケーションプログラムやテレワーク関連施設、効果の図り方などをチェックすることができる。
ほかにも、ワーケーション・テレワーク施設の検索や予約ができるサービス「Komforta Workation」(コンフォルタワーケーション)や、各地のワーケーション関連情報を配信する日本ワーケーション協会のウェブサイトなども参考になるだろう。
目的が明確になったら、続いて来訪先を選ぶことになる。ここで重要になるのが「受け入れ地域との目的のすり合わせ」だ。
地域によってはワーケーションプログラムが用意されているところもあるが、それらは自治体や関係事業者が達成したい目的に合わせて作られている。交流人口の増加や地域観光事業者の活性化、地域住民との交流の促進など内容は多岐にわたるが、この部分が企業側と擦り合っていないと、受け入れ側と企業側とで目論見がすれ違い、結果的に満足度が高くならない場合がある。
面倒に思うかもしれないが、ワーケーションを通して受け入れ地域と良い関係性が生まれると、結果的に企業や従業員に良い効果をもたらす場合が多い。実際に観光庁が24の地域で行ったワーケーションの実証実験では、参加者の総合満足度は92%に、効果を感じた参加企業は85%にのぼった。
こうしたレポートを活用することで、事前にワーケーションによって企業や従業員側に期待できる効果や実施の際に気をつけること、推進にあたっての課題を把握することができるので、ぜひご活用いただきたい。
特に、課題解決型などの地域と連携したプログラムを動かす際には、受け入れ地域の課題の確認、期待値の調整などを行っておくと良いだろう。
続いて確認したいのが、さまざまなワーケーション関連サービスだ。
宮下佳織氏が公開している「ワーケーション」カオスマップ2021を見ると、ワーケーション事業者に類するサービスが多岐にわたることがおわかりいただけるだろう。
カオスマップを見れば、どのようなサービスを利用すれば良いのかを確認することができる。例えば、交通インフラや実施場所の提供、またお得に長期間滞在ができる会員制の宿泊サービス、会議や交流会ができるスペースはあるのか、こうしたプログラムを作っているところはあるか――といったことも、カオスマップを参考に解決することができるだろう。
また、先に紹介した観光産業ニュースが出しているワーケーション実践ガイドや、ワーケーション・テレワーク施設の検索や予約ができるサービスとなるKomforta Workation、各地のワーケーション関連情報を配信する日本ワーケーション協会のウェブサイトなどは、ここでも参考にしていただきたい。その他、企業との連携プログラムを用意している地域やNPOなどもあるため、こうした情報を把握しておくと、自社がワーケーションを通して達成したいことに合致した施設や地域を検討できるだろう。
自治体が用意しているワーケーション向けのウェブサイトも参考にしてほしい。例えば、「沖縄しまむすび」では、地域共創型プロジェクトの案内や募集が行われている。また石川県の「能登地域移住交流協議会運営ポータルサイト 」や山口県の「山口県テレワーク・ワーケーション総合サイト」などの自治体では、ワーケーションプログラムの紹介や一部費用補助などを行っている。
他の自治体でもこうしたサイトが用意されているので、合わせて参考にしてみてはいかがだろうか。
ワーケーション実施時の施設選びの際に、多くの事業者から聞かれるもうひとつの懸念がセキュリティ問題だ。
セキュリティにかかる懸念やリスクとしては、以下のような内容が挙げられる。
この点に関しては、日本テレワーク協会およびセキュアIoTプラットフォーム協議会が2022年4月に発行し、政府も推奨している「安全安心テレワーク施設ガイドライン」を活用してほしい。
サテライトオフィスを作る事業者が知っておくべきセキュリティやレイアウトの作り方など、事業者向けに作られた資料だが、見方を変えれば、どんなセキュリティを担保している施設が安心して利用できるのかを把握するためにも活用できる。
例えば、複合機についてはコンビニのネットプリントなどと同様に、クラウドサーバーにデータを保持しているため、本体には残らないようなものがあり、こうした機器を準備しているサテライトオフィスもある。ガイドラインを見れば、このようなセキュリティに関する懸念や対策を整理把握することができるだろう。また、巻末には要件と基本対策に関するチェックシートが用意されており、セキュリティに対する施設管理者の意識の確認にも利用できる。
こうした資料は無料で活用できる反面、セキュリティに関する専門用語が数多く掲載されているため、ガイドラインだけを見ると内容が飲み込めない方もいらっしゃるだろう。その場合は後半に記載されているコラムにて、セキュリティ方式の違いやなぜ配慮する必要があるのかなどが記載されているので、合わせて確認していただきたい。
セキュリティの観点で言えば、ワーケーション施設だけでなく自社で進めるテレワーク環境への適切な配慮ができているかも確認が必要だ。ここでは、自社のセキュリティ診断と対策案構築のあり方についても紹介したい。
テレワークにおけるセキュリティ対策は「ルール化」「技術面」「物理面」の3つの観点で考えていくと良いだろう。ルール化によるセキュリティ対策という面では、ガイドラインを作成した上での従業員への周知や理解を促すことが必要になる。しかし、自社で一からルールを作るのは骨が折れるため、総務省が公開している「テレワークセキュリティガイドライン第5版」をひな形にすることをおすすめしたい。テレワーク時に気をつけるべきことが網羅されているため、自社に必要な内容を抽出して活用するのが良いだろう。
続いて、技術的なセキュリティ対策としては主に以下が挙げられる。
ただ、この中で自社に必要なものは何かを把握し選択して実施しないと膨大な費用がかかることになるため、結果的にセキュリティ対策や、場合によってはテレワーク自体の実施を断念することにつながってしまう。
自社でどのような対策が必要なのかを把握するためには、総務省が公開している「中小企業担当者向けテレワークセキュリティの手引き(チェックリスト)」がおすすめだ。従業員の使用する端末が会社所有なのか個人なのかによって、8つのセキュリティ方式のうち何を気にしなければならないのかを把握できるようになっている。
最後に、物理面におけるセキュリティ対策については、先程紹介した安全安心テレワーク施設ガイドラインを参考に、入退出管理や覗き見対策などを行っていくのがおすすめだ。合わせて、テレワーク時にやってはいけないことや困ったときの対策などをハンドブックにして従業員に配っておき、問題が起きた際にすぐに連絡してもらえる体制を整えておくことも有効な手立てといえる。印刷して使える文書ソフト形式のフォーマットも提供されているので、社内の連絡先を印刷して差し込む、もしくはシールにして貼り付けておくことで問い合わせ先を追加しておくのが良いだろう。
また、客観的に自社のセキュリティ対策がどれほどかを把握するための手段として、IPA(情報処理推進機構)が無料で提供している「情報セキュリティ自社診断」もおすすめだ。25問の問いに答えていくことで、自社のセキュリティリスクや対応すべき内容が明確になる。無料のeラーニングとして情報セキュリティポイント学習というのも公開されているので、従業員をワーケーションに行かせる前には、これらのツールを使って意識を高めることも重要だ。
こうしたツールを利用することで、自社の端末やコミュニケーションのあり方、社員の意識なども含めたセキュリティ対策を行っていくことが、ワーケーションだけでなくテレワーク時の対策にもつながる。自社のセキュリティを高めていくためにも、ぜひこれらを活用していただきたい。
湯田健一郎
株式会社パソナ 営業統括本部 リンクワークスタイル推進統括 など
組織戦略・BPO・CRMのコンサルティングに携わり、特にICTを活用した事業プロセス最適化の視点から、幅広い業界・企業を担当。株式会社パソナにて営業企画、事業開発、システム推進、Webブランディングの責任者を経て、現在は、ICTを活用し、場所を問わず多様な人材の能力を活かす、「LINK WORK (リンクワーク)」の推進を統括。2014年5月に設立したクラウドソーシング事業者の業界団体である一般社団法人クラウドソーシング協会の事務局長も務め、テレワーク、パラレルワーク、クラウドソーシング、シェアリングエコノミー、フリーランス活用分野の専門家として、政府の働き方改革推進施策にも多数関わりつつ、自身もハイブリッドワークを実践している。
また、国家戦略特区として、テレワーク推進を展開している東京テレワーク推進センターの統括の他、多数のテレワーク推進事業のアドバイザーも兼務。政府の働き方改革推進に関連する経済産業省の「雇用関係によらない働き方に関する研究会」や厚生労働省の「柔軟な働き方に関する検討会」「雇用類似の働き方に関する検討会」「仲介事業に関するルール検討委員会」委員等も務める。
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