JR東日本は、さまざまな事業の一環としてワーケーションの促進に取り組んでいる。ウェブサイト内でワーケーション向けコンテンツを紹介するほか、5月には列車・宿泊・ワークスペースなどのワーケーションを実施する際に必要な機能をセットにした、企業・自治体向けの割引プラン「JRE Workation Pass 2023」を発売した。
同プランは、2022年に地域限定で発売した「Workation Pass」をリニューアルしたもので、サービス内容を拡充するとともに、JR東日本管内であれば全自治体で利用できるように進化を遂げている。これにより、それまでに整備してきたほかのサービスも含めて、企業や個人がワーケーションを行う際のインフラ面でのサービスが整った形となっている。
そこで今回、事業を担当するJR東日本 マーケティング本部 くらしづくり・地方創生部門 観光流動創造ユニットでチーフを務める清水勇輝氏に、同社のワーケーション推進に関する取り組みを聞いた。
JR東日本のワーケーションに対する取り組みを振り返ると、まず起点となるのが2018年7月に公表したグループ経営ビジョン「変革2027」である。社会では働き方改革や地方創生が叫ばれる中で、同ビジョンでは従来の「鉄道を起点としたサービスの提供」から、「ヒトを起点とした価値・サービスの創造」への転換が掲げられた。新たに社内で「多様なワーク拠点の整備」「移動時間の付加価値化」「時間や場所に捉われない働き方の推進」という取り組みが開始され、ワーケーションへの取り組みもその一環として開始された形だ。
「変革2027」コンセプト
その後、新型コロナウイルス感染症などの影響もあり、人々の働き方は大きく変化。リモートワークが定着するとともに、意識面でも居住場所や勤務場所の自由、ウェルビーイングを重要視する傾向が高まった。政府の発言やメディアの報道からも、時折ワーケーションという言葉を耳にするようになり、JR東日本も、グループ経営ビジョンに端を発した取り組みの中で生まれた新たなサービスをはじめとする同社の既存の資産と、パートナーシップに基づいた関連サービスを組み合わせて、ワーケーションを推進するサービスを個人、企業、自治体向けに提供している。
まず、個人向けの領域では、2021年度にさまざまなテーマを設定し、メニュー化した。具体的には、現地で子ども向けの野外学習プログラムなどを組み合わせたファミリー向けのワーケーション商品をはじめ、Z世代を意識したキャンプ場とのタイアップ商品、新幹線の「グランクラス」と高級ホテル滞在を組み合わせたハイエンド向けのラグジュアリーメニュー、さらに移住のトライアルと組み合わせたプログラムや就農体験など複数の体験メニューを用意した。
清水氏は、「コロナ禍の真っただ中で本来の需要もわからず、そもそもプレス発表していいかもわからないような状況の中で、まずは手探り的にサービスを開始した」と話す。
2022年度にはメニューを増やすという方向ではなく、24時間や30時間の滞在時間の長いプランを作り、その中で利用者自身がやりたいことを選べるような形にシフトチェンジした。その結果、現在個人向けのワーケーションメニューは、「ホテルに長く滞在して、色々な事に取り組んでもらえるように体験は外出しして体験コンテンツのプラットフォームを用意し、お客様自身がやりたいことを選べるという形に落ち着いている」(清水氏)状況となっている。
また、個人向け領域では、動画を作ったり駅にポスターを貼ったりといった形でのプロモーション活動や、普及・啓もう活動にも継続的に取り組んでいる。ただし、清水氏は「ノマドワーカー的にワーケーションをしている層は一定数存在する。しかし、市場の創出という観点では、やはり法人の管理のもとに、しっかりと働き方を日本に定着させていく必要がある。個人向けの取り組みは継続しつつも、企業向けサービスにも力を入れている」という。
企業向けの領域ではまず、2021年7月からトライアル的な活動として、経団連加盟企業向けにワーケーションのモニターツアーを開催した。そこでワーケーション体験そのものに加えて、現地の人々や参加者同士での交流会、チームビルディングなどのコンテンツメニューを用意し、体験の機会を提供。複数の企業から参加者を数人ずつ募り、合計5回の開催で数百人が参加したという。
「まずはワーケーションを体験していただき、自社に体験を持ち帰ってもらい、興味を示す企業に対して個別にアプローチをするという活動を草の根的に実施した」(清水氏)と、当時の活動内容を語る。
そこでの成果を踏まえて同社は、2022年の7月に新幹線100往復と宿泊30泊をセットにした企業向けワーケーション商品として、「JRE Workation Pass」を発売。新幹線のチケットと提携ホテルでの宿泊、JR東日本が提供するワークスペースが繰り返し利用でき、有識者の講演などを含めた地域体験コンテンツもセットになったメニューを用意して、第一弾となるサービスを開始した。
同サービスの参加企業は大企業が中心であり、参加者向けのアンケートでは「成果としてエンゲージメントやウェルビーイングなど今の時代に必要な項目で、意識が高まったという声や、異業種交流を含めたコミュニケーションに関する効果も高いという意見を多く得られた」(清水氏)という。
そして2023年からは、Workation Passを利用した企業や地域の声を反映させて、新たなサービスを開始している。まず、Workation Passの購入企業が企業研修でワーケーションを利用するケースが多かったため、研修特化型ワーケーションプランとして「JRE Workation チームビルド」を2月に発売した。
また5月には、Workation Passをアップグレードし、JRE Workation Pass 2023として発売。商品ラインアップを増やして、10万円のエントリープランから100万円のプランまで4種類を用意し、利用頻度や企業規模に併せて選択できるようにした。さらに、従来のサービスでは出発地が東京で対象地域が仙台と那須塩原と軽井沢の3エリア、宿泊地も曜日も限定されていたのに対し、新サービスはJR東日本の鉄道網エリアであれば自由に、発着地と日程も含めてワーケーションの場所を自由に設定できるような形へと進化している。
さらに、Workation Pass 2023では、新たに販売対象として自治体を追加。誘客を希望する自治体が購入し、独自に宿泊プランなどを自治体側が自由に設計できるようになっている。
清水氏は、「2022年に実施した自治体に加えて、それを見た多くの自治体から自分たちのエリアでも同様の取り組みができるようにして欲しいという声をいただいた。そこで今回のサービスでは、商品設計そのものを変えるとともに、自治体に購入してもらえるようにした。企業が自分で行くために買うこともできるし、自治体が企業のワーケーションを呼び込む目的でも購入できる」という。
Workation Pass 2003では、そのほかにも有償で、現地での体験コンテンツやビジネスプログラム、二次交通なども提供している。特に、従来は1箇所につき10種類程度だった体験コンテンツメニューを拡充。3月、アクティビティジャパンとの提携により、観光コンテンツなどを予約できるスマホ専用の「JRE Activity&Biz」を開始し、5000ほどのコンテンツを取りそろえている。
このように現在、何にでも使えるWorkation Passと研修に特化したWorkationチームビルドという企業向けサービスと、Activity&Bizという個人でも利用できるサービスを展開。「基幹となる移動と宿泊とワークの部分、さらに現地に行って滞在して何をするかに関して、網羅的にサービスとして提供している。2023年度はプランを増やしたことで、中小企業からのアプローチが増えた。利用部門に関しては、総務人事、クリエイティブ系などでの利用が多く、他にも昨年度のサービス展開の中では福利厚生系で使いたいという声があったので、そこに向けた提案も行っている」(清水氏)という状況だ。
サービスを提供するにあたっては、移動やワークスペースといった同社の既存の資産以外にも、先述のアクティビティジャパンのほか、西武ホールディングスや地域の事業者と連携。また、2月に発表した東急不動産ホールディングスとの業務提携を踏まえて、今後は東急ハーベストとのコラボレーションも検討しているとのことである。
ワーケーション事業への取り組みに関して清水氏は、「本質は拠点を整備して、流動を促して、機運を作ること」と語る。拠点の整備と流動の促進という部分では一定の建付けは整い、残すは気運の醸成と捉えているという。その部分に関しては、同社では事業化の過程でコンソーシアム活動などに積極的に参加するとともに、意図的に経団連企業向けにツアーを組んだり、観光庁と連携した調査事業で意識調査を実施したりしてきたが、やはりまだ組織運営がしっかりとしている大企業では、社内でのルールや勤務制度がないので取り組めないという声が多いという。
清水氏は、Workation Passでまずは多くの企業にワーケーションを試してもらい、一緒にワーケーションの良さを世の中に発信していきたいと訴える。「私たちは分散型でワーケーションが浸透した社会を創るためのサービスインフラをしっかり提供して、それを企業や個人に使ってもらい、地域社会に貢献していくというところを目指している。移動サービスを提供する事業者という立場からも、移動や滞在の分散化が図れるので、本当の意味での働き方改革や、みんなが土日に移動する社会からの脱却をワーケーションという形を通じて実現し、ウェルビーイングな社会の実現に寄与したい」(清水氏)と目標を語った。
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