今年秋に発売される「Meta Quest 3」は、Vision Proの発表直前に急遽アナウンスされた。おそらくアップルのMRデバイス発表が確実とみて、その先手を打ってきたのだろう。
Quest 3は大ヒットとなったQuest 2を大幅に改良した製品で、おそらくは過去最高の売り上げを記録することだろう。描画性能を2倍に強化した上で、主に企業向けとして発売したQuest Proと同様のMR機能を実現するため、前面にステレオカメラと深度センサを採用している。
これまでのVR端末の領域から踏み出して、Mixed Reality (複合現実)に向けて大きく踏み出そうとしており、MRデバイスという視点ではVision Proと同じジャンルとなる。しかも価格は7万4800円からと圧倒的に安価だ。
Quest Proに内蔵されている視線トラッキングや表情を捉えるカメラセンサーなどを省略しているものの、薄型化を実現するパンケーキレンズなどの技術を応用しており、装着性も大幅に上がるはずだ。
Metaは企業向けのQuest Pro、個人向けのQuest 3と、それぞれのニーズに機能や性能を吟味、選別することで価格を抑えつつ、価格に対する体験価値を最大化しようとしているわけだ。こうしたやり方も、これまでにない新しい市場を立ち上げていくための、一つの手法だとは思う。
もしゲーム体験や映像コンテンツを楽しむだけならば、Quest 3は優れたコストパフォーマンスを発揮してくれるはずだ。それはパソコン黎明期の時代にあっては、ゲーム専用機の方が費用対効果に優れていたことにも似ている。
Quest 3はコンテンツドリブンの製品であり、それこそが強みでもある。
一方でアップルが目指しているのは、新しいコンピュータのジャンルだ。
コンピュータの歴史を振り返ると、ユーザーとコンピュータの間をどのように結びつけ、操り、使いこなすのか。そのコンセプト、手法の違いが、新たな価値を切り拓いてきた。
パンチカードとプリンタの時代から、ディスプレイを通じて直接コンピュータを操れるようになり、1台のコンピュータを1人で占有できる”パーソナルコンピュータ”の時代になると、個人とコンピュータをグラフィクス表示を用いて”机の上にある道具”を模したGUIを採用するゼロックスのStarという文書作成コンピュータを生み出した。
GUIを一般ユーザーが汎用的に使いこなせる領域にまで洗練させたMacintosh、指を使ったマルチタッチの操作はiPhone、さらにiPadを生み出した。
現在、iPhoneをはじめとするスマートフォンが、世界中の人たちに普及し、市場、製品ともに成熟してきた中、アップルが”人間とコンピュータの新しい関係”を築こうとしているのがVision Proだ。
Macが生まれた頃はMS-DOSでワープロと表計算を動かす方が効率よく、また安価あった。iPhoneが登場した際には「電話機として使いにくい携帯電話など論外」と切り捨てる意見を目にした記憶もある。
VRコンテンツ、アプリケーションという意味では、先達のOculus LiftからQuestに続く製品の中で、いくつものVR/ARコンテンツが生まれてきており、それらと同様のコンテンツをVision Proで楽しむことはできるだろう。
しかし、Vision Pro(とVision OS)が目指しているのは、既存のアプリケーションを空間の中で再現することではない。空間に配置される情報、空間を操るユーザーインターフェイスで、新しい表現力やインタラクションの形を開発者に与えることだ。
ヘッドセットを装着して使用せねばならないストレスに関しては、最大限の配慮はされているものの、まだ完璧とは言えない。立体視の快適性などは過去に感じたことがないほど素晴らしいものだったが、それでもこの製品を装着して一日中過ごすことは、現時点では想像しにくい。
今後、継続的な改善が求められる領域が残っていることは確かだ。
しかし現時点での技術的な制約を踏まえた上で、あらためて「空間コンピューターとは何なのか?」と改め て問われれば、「これは現代のMacである」と答えたい。非効率であったGUIは長い年月を経て世の中の標準となった。通話をするだけなら、ガラケーの方がシンプルだっただろう。
しかし現在、どのような製品が主流になっているだろうか。それこそが答えだと思う。
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