PCとネット環境さえあれば、旅先など好きな場所で働くことができる「ワーケーション」。いつかはチャレンジしてみたいけれど、わが家には小さな子どもがいてしばらくは難しい。そうやって諦めてしまっているファミリー層も少なからずいるのではないだろうか。
私にも小さな子どもがいるが、これまで取材も兼ねて、宮城県の塩竈市や、長崎県の五島市などでワーケーションを体験してきた。その地域ならではの名産品や食事、人の温かさに触れたり、いつもと違う環境でリフレッシュしながら働いたりすることができ、ワーケーションの魅力を存分に味わうことができたと思う。
その一方で、仕事とはいえワーケーションに行くたびに、まだまだ手がかかる2人の子ども(5歳の娘と2歳半の息子)を妻に任せっきりにしてしまい、結果的に「家族を置いて、1人だけ観光地でリフレッシュしている」状況に、後ろめたさを感じていた。
そんな時に、モニター家族として参加する機会を得たのが、岡山県笠岡市が2023年3〜4月に実施したプログラム「いくじもケーション」(育児と地元をかけあわせた造語)。平日は地元の保育園に子どもを預かってもらい、親は現地のカフェやコワーキングスペースなどで仕事をする。休日になれば、その地域ならではの観光地やご当地料理を楽しめる、家族で行けるワーケーションだ。
もともと、キッチハイクが日本各地で展開して注目を集めている「保育園留学」のようなプログラムには興味があったため、夫婦で話し合って、いくじもケーションへの参加を決めた。
家族でワーケーション体験をすることも目的の1つだったが、わが子たちは東京生まれ東京育ちで、祖父母も関東圏に住んでいる。そこで「いくじもケーションを通じて、自然が豊かな“第二の故郷”のような場所を作ってあげられないか」と考えた。また、夫婦揃って、これまで岡山に行った経験がほとんどなかったため、岡山を知るいいきっかけになる、と思ったことも大きい。
今回のモニタープログラムの期間は4月19〜22日の3泊4日で、前半の2日間を岡山県の笠岡市(保育園&ワーケーション)、後半の2日間を笠岡から船で向かう白石島(バケーション)で過ごした。そのため、2〜3週間滞在するであろう通常のプランと比べるとやや駆け足で移動も多いため、本来の過ごし方とは異なることを断っておきたい。
前編では、いくじもケーションの体験レポートをお届けするとともに、同園が“子ども主体”の保育園へと変革を遂げた経緯などを関係者の声をもとに紹介する。
まずは、今回お世話になった富岡保育園について紹介しよう。岡山県の最西南に位置する笠岡市の富岡北地区にあり、笠岡市十名山である応神山や穏やかな瀬戸内海にすぐに足を運ぶことができる、まさに自然に囲まれた園だ。園沿いにある昔ながらの旧国道は、江戸時代に参勤交代の道として使われていたという。
そんな富岡保育園の特徴は何といっても、子どもの“主体性”をとことん大切にしていること。0〜5歳までの60人以上が通っているが、年齢別のクラス分けや担任制、制服、細かい時間割などは一切なく、運動会や参観日などの行事もない。その代わりに「子どもたちがどうしたいのか」を尊重しているという。たとえば、子ども同士で遊ぶ機会を尊重し、トラブルが起きても学びの場と捉え、大人の介入が最小限になるよう努めているという。
また、園庭を見渡すと、一般的なカラフルな遊具は全く見当たらず、登りがいのありそうな大木が横たわっていたり、タイヤやビールケースが無造作に置かれていたりする。所々に小さな山やトンネルが作られており、ただ走り回るだけでも十分に遊びがいがある。園庭に面した廊下に咲いている色鮮やかな藤の花も美しい。
食事の仕方もユニークだ。富岡保育園では給食を出しているが、セミバイキング方式を採用している。一斉に食べる必要はなく、11時半〜13時の間に食べればいいため、園児たちは自分の遊びが一段落して、お腹が減ったタイミングで食べている。また、昼寝の時間も特に決まっておらず、寝たくない子は無理して寝なくてもいい。すべてにおいて、園児たちが自分の頭で考え、自分で動くことを重視している。
さらに特徴的なのが、地元の高齢者や学生ボランティアなど、預けている保護者でなくとも、富岡保育園に入って園児たちと一緒に給食を食べたり遊んだりできること。なかには、1日に何度も訪れて園児の遊び相手になってくれる高齢者もいるそうだ。こうした地域に根ざした保育園に通うことで、園児たちは自然と地域の人たちとの交流に慣れていくという。
わが家が参加した、いくじもケーションの初日は、新幹線と在来線を乗り継いで岡山県の笠岡駅に到着。そのままレンタカーに乗って富岡保育園へと向かった。この時点で東京の自宅を出発してから6時間近くが経っており、家族揃って少し移動疲れしていたが、富岡保育園はそんな疲れを吹き飛ばすようなエネルギーに満ちていた。
園に着くなり園児たちに囲まれ、「どこから来たの?」「鬼ごっこしよう」「こんなことできるんだよ」と一斉に声を掛けられながら、手足を引っ張られる。園児たちにとっては、先生と保護者の境界はなく、“大人=遊び相手”なのだろう。日頃から園外の方達と触れ合っていることも大きいと思う。
少なくともわが子たちが普段通っている、幼稚園や保育園では見られない光景に軽く動揺し、ひとまず落ち着こうと、園庭から絵本のあるエリアに移動。しかし、腰掛けた途端に、気づけば私の膝の上に園児が座っており、集まってきた子たちに絵本を数冊読み聞かせることに。さらに、そのあとは10人以上に順番に肩車をして園内を歩き回り、すぐに汗だくになった。
これが、保育園に着いてわずか30分ほどの出来事だ。あまりの子どもたちの人懐っこさに驚くとともに、園児に肩車などをしている私を特に注意することもなく、微笑ましく眺めている先生たちの姿も新鮮だった。私は過去に、ニュージーランドにある個性を尊重する乳幼児教育施設を取材して感銘を受けていたこともあり、そのような園が日本にもあることに感動した。
ただし、園児たちはどんな大人にも無条件に近づくわけではないという。園長や先生たちとの接し方をよく観察しており、自分達が近づいても大丈夫な大人だと判断すれば、警戒心を解いて、人一倍人懐っこい態度でぶつかっていく。
いつもと全く違う園に突然入って、わが子たちは戸惑っていないかと心配したが、すぐに富岡保育園の雰囲気に馴染むことができたようだ。少し目を離している隙に、グループの輪に入って園児たちと走り回ったり、行列に並んでおやつのおにぎりを美味しそうに食べたりしていた。そのまま初日は家族全員で富岡保育園で過ごし、同園ならではの保育について学んだ。
続く2日目は、朝から子どもたちを富岡保育園に預けて親はワーケーションへ。今回は取材も兼ねて訪れていたため、ゆっくりデスクワークする時間は作れなかったが、市内のカフェや園内の図書スペース、また宿泊先などで最低限のタスクはこなすことができた。
空いた時間には夫婦でドライブをしながら、現地の飲食店でランチをいただいたり、園の近場にある観光地を巡った。子どもたちと共に行動することが当たり前になっている、わが家にとっては貴重な経験だ。(このバケーション部分については後編で紹介する)
観光や食事を終えて園に戻ると、わが子たちはちょうど、近所の見晴らしのいい丘にピクニックに出掛けていた。保育園で作ってもらった給食を詰めたお弁当を園児たちと一緒に食べたり、遊具で遊んだりして楽しんだようだ。その後も夕方まで富岡保育園で園児たちと思い切り遊び、2日間にわたる、いくじもケーションはあっという間に終わった。次回はぜひ1週間以上通わせてあげたいところだ。
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