自動運転車が危険を回避するための学習時間を劇的に短縮--ミシガン大学の取り組み

Rajiv Rao (Special to ZDNET.com) 翻訳校正: 編集部2023年05月01日 07時30分

 長年にわたり、自動運転車は大きな話題を振りまいてきた。今頃は運転手のいない車が街にあふれ、人間は後部座席で真実と嘘が交錯するネット情報をスマートフォンで眺めているうちに、目的地に到着できるようになっているはずだった。

モニターを使って説明する人物
Liu教授のチームは機械学習と現実世界のデータを使って、自動運転車が複雑な状況にも対応できる熟練ドライバーになるまでの時間を大幅に短縮した
提供:Brenda Ahearn, U of Michigan

 しかし、自律走行するトラック、タクシー、乗用車が街を往来する未来は、数年前に盛んに喧伝(けんでん)されたほどには実現していない。

 米道路安全保険協会(IIHS)は、2025年に米国の道路を走る自動運転車の数をわずか350万台と見積もっている。その数は、2030年には450万台まで増加するが、自律走行は実現せず、重要な判断は引き続き人間が下すというのが専門家の見立てだ。

 一体、何が自律走行車の普及を妨げているのだろうか。

人間を真似るのは容易ではない

 信じられないかもしれないが、自動運転車は実証実験を通じてすでに数百万kmを走り、多数のセンサーと都市部のきわめて詳細な地図を搭載しているにもかかわらず、未だに自律走行の重要な条件を達成できていない。それは、不完全な人間が取る予測のつかない行動を予測することだ。

 ミシガン大学の土木工学教授Henry Liu氏は、「自動運転車の安全性能は、たとえ最先端の自動運転システムを搭載したモデルであっても、人間のドライバーの水準にはまだ達していない」と米ZDNETに語った。

 Liu氏は、ミシガン大学が自律走行車のために構築した、約13万平方mに及ぶ巨大実験場「MCity」の責任者であり、米運輸省の助成を得て同大学が運営するコネクテッドカーと自動運転の研究センター(CCAT)の所長でもある。

 Liu氏によると、自律走行車は「希少性の呪い」(curse of rarity)、つまり、通常の環境では事故に遭う確率が非常に小さいという問題を抱えている。自律走行車が事故を何度か経験し、その経験から学ぶためには数億km、場合によっては数十億kmを走らなければならない。

 自律走行車を開発するWaymoは、公道での無人自律走行の実証実験に継続的に取り組んでおり、すでに走行距離100万マイル(約160万km)を達成しているが、その間に発生した「接触事象」は軽微なものが18件、重大なものは2件にすぎない。

 自動運転車は歩行者の気まぐれな行動に対応できるだろうか。例えば朝、学校に遅刻しそうになっている子供は、思わぬ場所で車道に飛び出してくるかもしれない。

 実際、アリゾナ州テンピでは2018年に自動運転車による死亡事故が起きている。この事故ではUberの試験車両が、横断歩道ではない場所を自転車を押しながら渡っていた歩行者に気付かず、回避できたにもかかわらず回避行動を取らずに歩行者をはね、死亡させた。

 紙袋からハトの群れまで、自動運転車が道路上の物体を認識できない問題は日常的に起きている。こうした見落としは死亡事故につながりかねない。

自動運転車の訓練

 人間のドライバーは路上で起きる大小さまざまな問題、複雑で法則性がなく、予測不可能な出来事を巧みに切り抜けながら車を運転している。時には事故が起きたり、最悪の事態に発展したりすることもあるが、たいていのドライバーは臨機応変に対応することで事なきを得ている。

 しかし残念ながら、こうした事象を切り抜けるために必要な学習を受けていないアルゴリズムは、人間ほどの柔軟性を発揮できない。

 では、映画「ドライビング Miss デイジー」のような、家とショッピングセンターを行き来する程度の平和なドライブだけでなく、「ワイルド・スピード」と「マッドマックス」が共存する世界線でも乗客を守れるだけの訓練を自動運転車に施すにはどうすればいいのだろうか。

 Liu氏のチームはまず、ミシガン州のアナーバーとデトロイトのスマート交差点に設置されている、プライバシーを保護した数百個のセンサーから、実際の車の速度や方向に関するデータを収集した。こうしたセンサーは事故を含む交通データの宝庫だ。

 この調査には160台の乗用車もボランティアで参加した。

 調査の結果、特定の2車線の環状交差点(ラウンドアバウト)で事故が多発していることが分かった。米国のドライバーは環状交差点に慣れていない人が多い。この交差点は、Liu氏にとってはなじみのある場所だった。運転免許試験を控えた息子を何度も連れて行ったことがあったからだ。

 チームは、収集した運転データから危険性の高い重要情報のみを切り出した。つまり、データの大部分を占める安全運転の記録はすべて取り除き、接触事故に至った運転データだけを抽出した。そして、このデータを自律走行車の訓練に使用するニューラルネットワークに取り込んだ。

 次に、チームはミシガン大学のMCityに向かった。MCityは、いわば自動車版の「トゥルーマン・ショー」だ。広大な敷地に信号機や他の車両、歩行者役のロボットを配置し、実際の都市環境を再現している。

 「複合現実(MR)を利用した実証環境を構築した」と、Liu氏は言う。「実験に使う試験車両は本物だが、背景にある車両はバーチャルだ。この環境を利用することで、実際の路上ではめったに起きない難しいシナリオを想定した訓練ができる」

MCityのハイウェイ
MCityのARテスト環境に設けられた高速道路
提供:Brenda Ahearn, U of Michigan

 この実験場では、試験車両は現実世界よりもはるかに頻繁に危険な状況に遭遇する。本物の危機ではないが、路上の学習に要する時間を劇的に短縮できた。

 単調な舗装路を何千万kmも走行しなくても、数千kmを走れば多種多様な衝突を経験できる。これにより、Waymo型車両の訓練に必要な時間を短縮できるとLiu氏はいう。

 それでも自律走行車のコンピューターでは、複雑で予測不可能な状況に遭遇した時に人間が脳内で素早く繰り広げる直感的な思考は再現できないと専門家は指摘する。

 この限界を業界が認識していることは、FordとVolkswagenが自動運転の夢をかなえるために数十億ドルをかけて設立したArgo AIの清算を決めたことにはっきりと表れている。

 これは自動運転業界にとっては暗いニュースかもしれないが、台頭する機械との差を見せつけたい人類にとっては明るいニュースかもしれない。

この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。

CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]