NTT Comが2019年に開始したオープンイノベーションプログラム「ExTorch (エクストーチ)」は、採択されたスタートアップが「ここまで寄り添ってくれるのか」と驚くほど、運営メンバーがスタートアップの想いを尊重して伴走し、共創とその社会実装にコミットしているプログラムだ。
たとえば、第1期に採択された、風況データビジネスのメトロウェザーへの事例では、「足掛け3年、ここまでやってきたのだから、絶対に一緒にビジネス化したい」と両社が口を揃える。メトロウェザーの「NTT Comさんと一緒にやれることが本当に嬉しい」との声は象徴的だ。
そして最新の取り組みとして、2022年に採択されたマリスcreative design、九州工業大学とは、視覚障がい者のための歩行アシスト機器「seeker(シーカー)」の開発とAIによる精度向上、NTT Comのアセットを活用した高付加価値化に挑んでいる。ここでは、ExTorchの特徴やマリスとの共創について詳しく聞いた。
ExTorchは、NTT Comのイノベーションセンター プロデュース部門が推進する、オープンイノベーションプログラムだ。まず最初に、同部門の木付健太氏(主査)、湊大空氏(主査)、野坂佳世氏に、ExTorchの特徴やこだわりを聞いた。
ExTorchは、2019年にスタート。NTT Comが保有するサービス、技術、インフラ、データなどのアセットと、スタートアップが持つ技術やアイデアの“マッチング機能”を担っているという。「サービスやプロダクトの共創にとどまらない。事業化や社会実装こそが、ExTorchのゴールだと思っている」(木付氏)
2019年の第1期では、6件のプロジェクトが採択された。このうち1件は、2年弱でサービス化している。韓国企業の「3i(スリーアイ)」と共同開発した「Beamo(ビーモ)」だ。市販の360度カメラで撮影した画像を即時に3D-View化して一元管理できる。NTT Comグループが保有する国内外65棟のデータセンターや通信局舎に試験導入し、建物管理や現場調査の業務を効率化できることを実証したうえで、現在はNTTビズリンクより提供中だ。前述のメトロウェザーも、同じく第1期の継続案件である。
2021年の第2期では、5件のプロジェクトを採択。このうち3件は、現在も継続して事業化を検討中だという。たとえば、農業事業者向けのデータ基盤やIoT機器を提供するPLANT DATAとの共創では、NTT Comのネットワーク周辺機能からクラウドまでワンストップで提供できるSmart Data Platformを掛け合わせて、生育調査業務の省力化・自動化や、データドリブン農業の実現を目指す。
「年間5〜6件の採択で、約半分がサービス化や、継続して事業化の検討を進めている。オープンイノベーションの確率としては、よいほうだと思っている」(木付氏)
そんな中、ExTorchは大きくリニューアルを図った。第1期と第2期は、半年間でマッチング、その後半年間でPoC、最終成果発表会としてDemodayを開催する、というイベント型だったが、2022年10月より「通年型」に変更したのだ。
「通年型のほうが、新たなマッチング依頼にタイムリーに応えることができ、より社内に貢献しやすくなると感じている」(木付氏)
ExTorchのマッチング機能は、大きく2つの取り組みから成る。1つは、「社内ヒアリング」だ。「いきなり現場に行って、スタートアップと協業しましょう、と言ってもハードルが高い」と話すのは湊氏。まずは現状や課題をインタビューし、市場や競合を分析して報告する、「レポート施策」に力を入れているという。
「自分自身、プロダクト開発マネージャーをしていたとき、自分のプロダクトを愛しすぎて、競合の見方などにバイアスがかかっていた。中立的、第三者的な視点でファクトに基づいて話すことは、プロダクトにとってもプラスになるし、そうして現場との信頼関係を築けて初めて、スタートアップとの協業という段階に入って、伴走していけるのだと思う」(湊氏)
イノベーションセンター プロデュース部門に異動する前の“古巣”に、レポート施策を実施中の野坂氏は、「アイデアを持っている方や、熱意を持っている方を知っていたので、焦点を当ててアプローチした」と話す。
「もともと所属していたマネージド&セキュリティサービス部で、以前から温められていたアイデアに、もう一度光を当てて、ExTorchもサポートして事業化を目指している。私が大切にしているのは、自分自身も課題に共感できるかどうか。そして、そのうえで市場性や競合優位性を分析して、客観的な第三者目線で話し合うこと」(野坂氏)
もう1つのExTorchマッチング機能は、「スタートアップの探索」。スタートアップ企業のデータベースや、スタートアップの資金調達、提携などのニュースサイトを活用しながら、社内向けのスタートアップデータベースを独自に構築して提供しているという。
また、NTTドコモベンチャーズとは週1回、NTTファイナンスとも月1回のペースで定例会を行い、NTT Comに合うスタートアップ企業の探索を共同で進めている。
「イノベーションセンター プロデュース部門には、いろいろなバックグラウンドのメンバーが集まっているので、各自が得意な分野については社内で一番詳しくなれるよう、日々のリサーチを行いながら、データベースの鮮度を保っている」(木付氏)
「通年型」への切り替え後、初の採択案件がマリスcreative design(以下、マリス)、九州工業大学との共創だ。視覚障がい者のための歩行アシスト機器「seeker(シーカー)」の開発とAIによる精度向上、NTT Comのアセットを活用した高付加価値化に挑んでいる。
マリスが開発したseekerは、眼鏡型のウェアラブルIoT機器で、視覚障がい者の方が介護や介助なしに、自立して自由に行動ができる歩行サポート機器として誕生した。カメラ、測距センサー、加速度センサー、生体センサーなどを搭載し、センシングによって周囲に危険な状況を検知すると、視覚障がい者の方が持つ白杖を振動し、事前に危険を知らせるという仕組みだ。
マリス創業者で、同社代表取締役CEOの和田康宏氏は、九州工業大学に福祉機器を専門に扱う研究室ができたとき、第1期生として参画していたという。創業への想いをこう話す。
「私の母が障がい者だった。大学に在籍時から、日立製作所に就職して、ソニーに転職し一眼レフの開発に携わったときも、ずっと将来は福祉機器の開発に携わりたいと思っていた。障がい者と健常者の垣根をなくし、障がい者が自立して生活できる社会づくりに貢献したい。また、日本で障がい者用機器を“稼げる産業にしたい”と考えている」(和田氏)
そんなマリスとの共創に挑むのは、NTT Comプラットフォームサービス本部 クラウド&ネットワークサービス部 第一サービス部門 第二グループの堀優氏(主査)、野村大和氏、柴田淳一郎氏の3人。
実は、堀氏と野村氏がExTrochに応募したのは2回目だ。1回目は、前述の農業IoT×Smart Data Platformのプロジェクトで、現在も継続して事業化の検討を進めている。そんな中、マリスとの共創には“同じIoTでも異なる価値”を感じ、2回目の応募に至ったという。
「IoTやAIに持っている一般的なイメージについて、省力化や自動化によってコスト削減に貢献する一方で、既存の仕事や雇用を奪うという指摘もあったりするが、マリスさんとNTT ComのSmart Data Platform Managed IoTの組み合わせは、社会課題の解決とビジネス拡大の両立を狙うという新たなチャレンジができると感じた。」(堀氏)
両社の出会いは、タイミングも良かった。もともとseekerは、スタンドアローンで動く歩行アシスト機器として開発され、2021年には福岡県北九州市内の駅ホームにおいて実証実験も行われたというが、「デバイス側の認識率がなかなか上がらず、改めてAIを入れてやろうと考え始めた矢先に、NTT Comさんとの共創の話をいただいた」と和田氏は振り返る。
認識率を上げるためのAIアルゴリズムの構築、デバイス側のローカル処理性能向上で、障がい者の方がお出かけ時に危険をしっかり回避できるようにするのと同時に、NTT Comのクラウドやネットワークを掛け合わせれば、外出をより楽しめる」レコメンド情報のプッシュ通知や、位置情報を使った見守りサービスに加えて、ファームウェアをネットワーク経由でアップデートするOTA(Over the air)機能追加といった、付加価値の向上を図れるのだ。
現在は、ExTorchより事業検証(PoC)の資金提供を受けて、AIアルゴリズムの構築を完了。2023年度は試作機の開発に取りかかり、2024年度の量産化とサービス提供を目指す。しかし、「どう事業化するか」は、まさに苦労している課題であり、本プロジェクトの肝でもあるという。
「いいハードウェアやサービスができて使っていただけたとしても、ビジネスを維持できなければせっかく使っていた方も使えなくなってしまう。障がい者手帳を持つ視覚障がい者の方は、日本国内に約31万人。弱視など何らかの視覚障がいをお持ちの方まで含めても約160万人。対象者は多くないなか、ビジネスとしてどう運営していくかが最大の課題だと思う。将来的な高齢者層への提供、ネットワーク経由での機能追加など、活用いただけるシーンを増やせるよう、先を見据えたうえでハードを作り込んでいかないといけない。何かアイデアがある方は、ぜひお声かけいただきたい」(堀氏)
ExTorchとしても今後は、事業化に向けた支援を強化する方針だ。たとえば、ビジネスモデルの確立や、NTT Comの法人営業販売網をフル活用できる体制づくり、海外展開支援など、「サービス化まで伴走し切る」(木付氏)と意気込む。
ExTorchに関わった“現場の所感”も聞いてみると、三者三様だ。
「私たちは普段、モバイルサービスの企画開発を担当しているが、まだリーチできていない領域もたくさんある。“Go To Market”というか、自分たちで課題をヒアリングし、協業先を探して一緒に立ち上げていくという熱意を持たなければ、と思っていたところに、ExTorchという存在があった。自分たちのためにも、世の中のためにもなると感じた」(野村氏)
「私は異動してきてまだ半年だが、通常業務としては手を出せない内容も、ExTorchのプログラムとしてやれば、新しいチャレンジができるのは非常にいいなと思った。特に、社会福祉の課題解決は、従来は会社が持ち出しで担ってきた部分が大きいが、マリスさんが掲げておられる社会福祉サービスで企業が利益を得て事業を継続していく、新しい産業を作っていくという理念を、一緒に追求していけるというのは、いますごく求められていることだし、ExTorchだからできることだと思う」(柴田氏)
「スタートアップ探索では、30社近くと面談した。CEOなどトップの方々と直接お話しすると、自分たちで会社を作って世界を変えようという熱意が、マリスさんも含めて皆さんすごく熱かった。一方で、たとえばseekerはローカル処理で完結していたけれど、ネットワークにつなげることでの付加価値向上が無限に広がる可能性を感じたこと。
それは、NTT Comの持つアセットの強みの部分であり、お互いのアセットの掛け合わせですごくいいものを作り出して、社会課題を解決しながらサステナブルなビジネスを作りだすチャレンジができるのが意味深い」(堀氏)NTT Com側の3名のコメントを受けて、マリスの和田氏もこのようにコメントした。
「福祉機器で起業してからずっと、社会貢献するのはすごいですね、まあ儲からなくてもいいですよね、と結構みんなから言われた。日本では大半の方が、福祉をボランティアだと捉えている。でも、欧米や海外に目を向けると、障がい者の方がテクノロジーの力を使って健常者と一緒に外出することは、すでに当たり前。日本でも福祉で稼ぐ、1つの産業を作りたいと思ってやってきたなか、NTT Comさんは、『厳しいけれども一緒にやっていきましょう』と言ってくださった、初めての大手企業だった。また、世界的な部品の供給不足が続くなか、NTTという冠があることでハード面でも助かっている」(和田氏)
最後に、ExTorch自体の今後の展望についても聞いた。
まず、通年型に切り替えたことについて、事務局として社内ヒアリングにパワーを割けるなどメリットが大きかった反面、イベント型の方が参加者からすると申し込みやすいという気づきもあった。
今後は、ExTorchへの参加者を増やすためにも、公募再開も含めて施策を検討するという。「堀さん、野村さんのような熱い想いを持つ方が、NTT Com社内にはきっとたくさんいる。さまざまな手段で社内を発掘していきたい」(木付氏)
社内ヒアリングから派生して始まったレポート施策は、現場からの反響もよいことから、さらなる横展開を図るという。そのためには、社内副業的にExTorch事務局として稼働するメンバーも募る。
さらに、新規事業におけるマーケティングや戦略立案など、ExTorch事務局に蓄積された知見やノウハウを、社内に還元していく。2023年度からは湊氏が中心となって、競合分析等のマーケットの見方をテーマにしたセミナーを実施する予定だ。
“とことん寄り添う”共創プログラム「ExTorch」が、今後どのようなプロダクトやサービスを社会に実装してゆくのか、引き続き注目だ。
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