「共創の極意」は、異なる立場や視点からアイデアを出し合って価値を高めることにある。「CNET Japan Live 2023」の2月10日のセッションに、NECパーソナルコンピュータ(NEC PC) 商品企画本部 本部長代理 森部浩至氏と、フィラメント 代表取締役CEO 角勝氏が登場。両者間で実践された製品開発事例を踏まえ、「アイデアラリーからのフロー状態が共創の極意 共創を生む『分かる~』×『めっちゃいい!』の往復ラリーの作り方」と題して、当時の雰囲気さながらに、ポジティブな会話のラリーによる共創時のアイデアの育て方を紹介した。
フィラメントは、大阪市役所の職員だった角氏が2015年に立ち上げた企業内での新規事業創出を支援する伴走型アイディエーションファームで、昨今のオープンイノベーションや共創のムーブメントを牽引する形で現在急成長を遂げている。自社のサポート手法の特徴として角氏は、「新しいことにチャレンジしようとしている社員の皆さんとアイデアを出す、考えるところから、事業を創り上げるところまで一緒に汗をかいて走る、チームの一員として寄り添って伴走するというスタイルで支援をしている。チャレンジングな人材を育成したり、企業文化の醸成も行うところに強みがある」と説明する。
森部氏は、PCの商品企画を志望してNECに新卒入社し、以降20年間にわたり商品企画を担当してきた。本業としてNEC PCおよび一部レノボの商品企画を行いつつ、この10年間で20件以上の共創プロジェクト、新規事業プロジェクトを推進。0から1型と、1から10~100型のプロジェクトを、スタートアップと大企業を相手にそれぞれ多数実行してきた実績を持つ。その中に、今回両者が実施して商品化にまでこぎつけた「WING BINDER」プロジェクトが含まれている。
WING BINDERプロジェクトが始まったきっかけは、角氏の「百均の一人ハッカソン」である。100円ショップで買ったバインダーと風呂場用の石鹸置きをくっつけて、ノートPCの上にセカンドディスプレイを置くための“装置”を自作。「ヘビーハイブリッドワーカーにとっては最強のスタイルである」(角氏)として、Facebookなどで公開した。
「縦置き型の方が生産性が良く、テレワークやハイブリッドワークの上級者は圧倒的に縦派が多いと思っているが、外出先でモバイルモニターを縦に置くのは至難の業。その課題を解決したい思いがきっかけとなった」と、角氏はモック制作時の経緯を語る。
当時の様子を森部氏は、「角氏の情熱が加速し、暴走列車のごとくプロトタイプが次々と制作されていった」と振り返る。
「新幹線内で自作したものを実証実験し、矢継ぎ早に2nd、3rdプロトタイプができ、デザインも含めてどんどんグレードアップしていった。その様子が続々とFacebookから送られてくる。それを角氏からの私たちに対する新手の挑戦状と理解して、モバイルモニターをどこでも縦置きで設置できるスタンドとしてWING BINDERを共創で開発することにした」(森部氏)
WING BINDERは汎用的なノートPCと同じA4サイズで、重さはスマートフォン程度。「簡単に持ち運べて、バインダーを開いてそこにノートPCとセカンドディスプレイを置くだけで、秒で設置できる」(森部氏)という便利製品である。製品は、1つ1つ職人の匠の技によって平板からカットして作成。素材もMDFというエコ素材を使用した、SDGs時代にマッチした製品となっている。製品は、クラウドファンディングの「machi-ya」を通じて3月6日から販売中となっている。
このWING BINDERプロジェクトについて森部氏は、自らが体験した共創プロジェクトの中でうまくいったケースと評価する。共創をうまく進める要因として、アイデアの往復ラリーによるポジティブコミュニケーションの有効性を説く。
「角氏の口癖は、『分かる~』と『めっちゃいい!』というもの。それによって、アイデアがどんどん良くなっていった。作って、相手の反応を見て、『これいいですね』『めっちゃいいですね』という会話が続いていくことによって、そのアイデア自体が磨かれてぐんぐん良くなる。相手にアイデアを出すときに、相手が返してきたアイデアよりももっといいアイデアを返したいという思いが働き、異なる立場から異なる視点を積み上げていくことでアイデアの価値がどんどん高まっていく。そのラリーが多かったり、質が高かったりするほど、良い共創商品やサービスの開発につながる」(森部氏)
同プロジェクトではこの往復ラリーを何度も重ね、完成に至るまでに30以上の試作品を制作して改良を重ねていったという。
一方森部氏は、自らの経験も踏まえつつ、共創やオープンイノベーションを実施する際にうまくいかないプロジェクトについても言及。一般論と念押しして3つの課題を提示する。
まずは「オープンイノベーションごっこ」である。「とりあえずオープンイノベーションの部門を立ち上げるが、予算も他部門の協力もなく、孤立しがちとなる。口だけ出して金もリソースも出さないマネジメント層が存在し、イノベーションなきシェアオフィス活用、社外の人と会うだけ、イベントをするだけ、プレスリリースを出すだけの思い出作り活動に終始してしまうケース多発する」と森部氏は指摘する。
次が、「社内にオープンイノベーションや共創ができる人材がいないこと」であり、ここが一番の問題であるという。「基本的に、既存業務をしていた人をプロジェクトに入れるケースが多いが、スキルセットがマッチしなかったり、スキルが伸びなかったりする。トップダウンによるやらされ仕事になっていてモチベーションが上がらず、ゴールも見えず、指示待ちになる。また、社内のアセットや強みを認識しないままオープンイノベーションをやろうとするために、相手に強みが届かない。そこはかなりポイントになる」(森部氏)
最後が、「共創相手との相性問題」である。特に大企業の場合、上から目線での対応や、自社製品やアセットのごり押しが発生し、相手や顧客を意識できないケースが多いという。
角氏も、「オープンイノベーションや共創は、基本的に強みを持ち寄って歩み寄るということ」と同調。「歩み寄ってお互いにアイデアを出すのだが、100個ぐらい出したら1つくらい良いものがある、くらいに考えるべき。双方からアイデアが山ほど出ないといけないので、そのプロセスでラリーが必要になる」と説く。
今回両者が実施したラリーは、角氏のちょっとした思い付きを森部氏に聞いてもらったところから始まっている。その際に、PCの専門家である森部氏に聞いたところが最初のポイントであるという。
「森部氏に聞けば、きっと肯定的に理解してくれた上で自身の視点と発想を追加してくれるだろうと考えた。実際に思った通りで、『いいですね!こういう観点でも見たらもっと良くなると思います!』というリターンがあった。そこで私がそれを肯定的に受け止め、更に視点と発想を加えて、『じゃあこういう点も』と追加して、肯定的理解から更なる視点と発想の追加のやり取りのリレーが続いていった。そのプロセス自体が面白かったが、非常に実りがあったポイントが、アイデアを越境させていること。越境させることでアイデアが拡張し、やり取りする中でアイデアが洗練されていき、それが行き着いたタイミングで具現化していった」(角氏)
ただしこのプロセスには、3つの難所、つまりクリアすべきポイントがあるという。
1つ目は、そもそも「アイデアを思いつけるか」ということ。「アイデアを出す際には情報の摂取と、摂取した情報を組み合わせて加工するという2つのプロセスがある。だから、情報をたくさん摂取し、色んな経験をする人であればあるほどアイデアは思いつきやすくなる。つまりそのための知識を習得する習慣がとても大事になる」(角氏)
2つ目は、「違う視点の仲間がいるか」である。「今回は森部氏というピンポイントのパートナーがいる状況だったが、本来さまざまな視点を得るためにはたくさんの領域の仲間が必要。そのため、自分は仲間を増やす活動を習慣的に行っている。交流を拡張する習慣が多い人ほど、アイデアの往復ラリーは多くなる」(角氏)
3つ目は、「アイデアを増幅する対話ができるかどうか」。つまり、肯定的思考の習慣を持ち、「これいい、めっちゃわかる」とすぐ言えるかということである。「百均のハッカソンのプロトタイプを見たら、不格好だし欠点はいくらでもある。でもそれを森部氏のように、欠点でなくポテンシャルに目を向けて、そこを伸ばすような対応ができるか、反射的に「面白い」と言えるかが大事」(角氏)
そしてそれらを一言でまとめると、「日々を能動的に『面白がっていますか?』ということになる」と角氏はいう。
「人や情報との出会いを面白がって、それを自分の中でいじって加工して組み立ててみることを普段からしていると、アイデアは自然と生まれてくる。フィラメントでは、『面白がり力』という言葉を大事にしているが、好奇心を出発点にしてさまざまなことを知ることを楽しみ、楽しむことで知性を増やし、知性の一部である知識を使って色んな発想をして行動し、かつそれを仲間と行うことを楽しいと思いながら続けていると、色々アイデアも出るし、一人ハッカソンも楽しい」(角氏)
またもう1つ、共創のために大切なものが「レーダー」と「センサー」であるという。「レーダーは、自分からレーダー波を発射するアクティブなもの。受信するだけの“アンテナ”ではいけない。発射することでモノの動きを探知して、センサーを使ってより接近して行動に生かす。色んな人にレーダーを当てて自ら動いてみる。私たちがやっていたのはまさにそれ。このような活動が大事だし面白いという事を、皆様に知ってもらいたい」(角氏)
森部氏も、「WING BINDERの開発でやりたかったことは、製品を作って売るよりも縦置きで使ってもらう便利さを知ってもらう事だ」と言葉をつなぐ。「縦置き派閥や文化を広めたいという部分では、他社さんからもっといいものが出ればそれでいい。外で縦置きで使っている姿を見たら私たちは嬉しいし、やったなと思う」とのこと。それが、面白がり力に基づく往復ラリーでたどり着いた今回の共創プロジェクトの着地点である。
今回2人が紹介した往復ラリーは、外部との共創を進めるためのメソッドであるが、そのほかにNEC PCでは、内部でも共創を促進するための組織、文化づくりを目的として3つの取り組みを実施しているという。
1つ目は、商品企画部門独自の「80:20評価制度」である。いわゆる新規事業に業務の2割の時間を割けという話ではあるが、その際に人事評価も工夫し、通常業務の評価のMAXが8割で、その上で新規の取り組みに対して最大+70ポイントの加点評価性を取っているという。
このようにモチベーションを高めつつも、なかなか新しいことに挑戦することは難しい。そこで2つ目としてオンラインゲームのような「クエストボード」という形でプロジェクトボードを公開している。クエストは森部氏が考案し、難易度もあり、部門横断で参加できる仕組みとなっている。
「WING BINDERの場合は、新しい商品をフィラメントと半年かけて作るのでプロジェクトリーダーを募集するという形だった。同様なクエストを今現在13個用意して、私がギルドマスターとして管理している。これも一種の面白がり力経営といえる」(森部氏)
3つ目が、「ジェネラリスト人材育成」である。ジェネラリスト人材を育成するためには、「構想力」「論理力」「分析力」「想像力」のスキル開発を実施しなければならないが、最も重要なのが物事と物事をかけ合わせたり、組み合わせたりする構想力であるという。
「他はある程度勉強すればできるが、構想力は様々な人と話をして経験、知識を重ねていかなければならないので、そこに今取り組んでいる」(森部氏)
セッションの最後に、新規事業に挑戦する際に「費用対効果」と言って水を差す内部の敵対勢力にどう対応するかという視聴者からの問いに対して、角氏が独自の理論とメソッドを紹介した。その際にはまず、新規事業を創るにあたっての会社の強みを、自分たちの会社が獲得してきた技術力や認知度といった非定量的な資産である「アセット」と、有限な「リソース」の2つに分けて考え、その上で顧客側の立場に立って新規事業の中身を考える必要があると説く。
「リソースは社内で取り合いになるので、色々と文句を言われてしまう。そこでまずはアセットを活かすことを考える。その上でお客さんのバリューを高めながら、お客さんにとってのコストを減らす方法を思案していく。コストとバリューを比べてバリューの方が高くなっていればお客さんは買ってくれるし、逆なら買わない。その際に自社のリソースを使ってお客さんのバリューを高めてコストを下げられるのであれば、だいたいの人は納得する。そこを考えながら説明すれば、ロジックは通るはず」(角氏)
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