NTT Com、風の課題に挑むメトロウェザーとゼロイチ創出--とことん寄り添う共創プログラム「ExTorch」の手応え

 NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)が、スタートアップ等の企業との共創で新規事業を創出するオープンイノベーションプログラム「ExTorch(エクストーチ)」を開始してから3年が経つ。そのなかで、第1期で採択したメトロウェザーとの取り組みに「着実な手応えを感じている」という。

 メトロウェザーは、京大発のベンチャー企業で、創業以前から約10年に渡って、気象や風について研究してきた。赤外線レーザーを空気中に漂う塵に照射して、光の散乱や塵の動きから風況を可視化する、超高分解能ドップラー・ライダーを開発している。

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 「ようやくここまで来たのだから、必ず一緒に事業化まで漕ぎつけたい」と話すメトロウェザー代表取締役の古本淳一氏と、ExTorchの事務局をつとめるNTTコミュニケーションズ イノベーションセンターの斉藤久美子氏、田口陽一氏に、3年間の手応えや今後の展望を聞いた。

もともとの狙いは「遊休資産の有効活用」

 NTT ComのオープンイノベーションプログラムであるExTorchは、松明を掲げる「Torch」と、前へという意味の「Ex」を組み合わせた造語で、「ひとつのことに、共に取り組む」という想いをこめて名付けたという。

 2019年に第1期がスタート。事務局が社員の「こういうことをやりたい」という声を集めてテーマを設定し、募集形式でスタートアップとのマッチングを図り、テーマオーナーである事業組織の社員、採択されたスタートアップ、ExTorch事務局の3者が協働するという座組みで、ゼロイチの新規事業を進めてきた。

 第1期の採択案件は6つ。大前提として目指すのは、NTT Comとスタートアップの「双方が事業化できる」ことだ。あくまでも対等な立場でスタートアップと接し、取り組みから社員への新たな知の研鑽へとつなげる。

 そんなExTorch第1期に、締め切り前日に滑り込みで応募したのが、風況データの可視化を目指す、京大発ベンチャーのメトロウェザー。応募テーマは「鉄塔の有効活用」だ。同社が開発するドップラー・ライダーは、光を使って風況を計測する。このため、鉄塔など高くて見晴らしがよいところに設置したい。古本氏は、「締め切り2日前に、出資ファンドからExTorchのことを聞いて、これはと思って1日で提出書類を仕上げた」と振り返る。

メトロウェザー代表取締役の古本淳一氏
メトロウェザー代表取締役の古本淳一氏

 ExTroch事務局の斉藤氏は、「ビルの上に設置された鉄塔は、既に役目を終えているものも多く管理コストだけがかかる遊休資産で、撤去するにもお金がかかる。これを活用したいと、管理する部署から要望が上がった。実は彼らも、メトロウェザーさんのアイデアに感銘を受けたと言っていた」と振り返る。というのも、遊休資産である鉄塔を再び活用できるうえに、「風のデータビジネス」という全く新しい価値を生み出す可能性を感じられたからだ。

NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門の斉藤久美子氏
NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門の斉藤久美子氏

 ExTroch事務局の田口氏も、「メトロウェザーさんのドップラー・ライダーと、我々のアセットを組み合わせて風のデータを取得して、さらにデータをクラウドで解析することによって、より高い付加価値をつけられる。非常にワクワクしたことを鮮明に覚えている」と明かす。

NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 担当課長 新規事業責任者の田口陽一氏
NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門 担当課長 新規事業責任者の田口陽一氏

風のデータビジネス「3年間の手応え」

 とはいえ、実は2019年の採択当時はドップラー・ライダーは未完成だった。両社は、「風のデータは、どこで役立つのか」「誰が必要としているか」と、本当にゼロから事業化に向けた議論を始めたという。

 着目したのは「空の産業革命・移動革命」だ。いま、インフラ点検や過疎地域の物流などから進んでいるドローン活用は、今後は確実に都市部へと拡大する。また空飛ぶクルマとも呼ばれるエアモビリティの開発も、日本、欧米、中国など世界各国で進んでおり、2020年代後半に商用サービス化が見込まれている。

 「ドローンや空飛ぶクルマは、基本的には電動なので、風の影響を受けやすい。僕らは、創業当初から、ビルが乱立する都市部の風況情報を可視化して、新たな空の移動体が飛行するときに活用してほしいと考えていた」(古本氏)

 2020年2月、ドップラー・ライダーの初号機が完成。同年11月、長崎県五島市でのドローンによる処方箋の配送を行う実証実験に参画した。CNET Japanも現地で取材したが、1メートル四方の大きな銀の箱が、ドローンの離発着地点から少し離れたところに静かに置かれていた。

京都から五島まで軽トラで運んだドップラー・ライダー初号機
京都から五島まで軽トラで運んだドップラー・ライダー初号機
福江島〜二次離島の嵯峨ノ島間で、飛行ルートの風況データを可視化
福江島〜二次離島の嵯峨ノ島間で、飛行ルートの風況データを可視化

 古本氏と斉藤氏は、当時を振り返って、「実際に現場の声を聞けるようになったのは大きかった」と声を揃える。「ドローンを飛行する前に、地上のパイロットは風速計で測るが、機体を数十メートル上げると、やっぱり風の動きが全然違うと聞いて、上空の風況データには活用シーンがあると確信できた」(古本氏)

 「プラント設備を持つ事業者のところへ、一緒にヒアリングにも行ったこともある。その時は実物も観測したデータもなかったので、“あったら良いね”程度の感想しかもらえなかった。ドップラー・ライダーの実物を見せて、実際に取得できるデータを提示することで、だったらこういう情報がほしいという要望も聞きやすくなった」(斉藤氏)

 メトロウェザーが開発するドップラー・ライダーは、1台で10km先まで風況を計測できるという超高分解能が特徴だ。空港に設置されている一般的な機器に比べると、1メートル四方でも抜群に小さいのだが、将来的な都市部への設置を考えると、小型であればあるほど好ましい。

 そこで、さらなる小型化に着手して、現在では60cm四方までサイズダウンしたのだが、メトロウェザーの「小さい機器を作りたい」という話を聞いて、NTT Comがファーストカスタマーになったというのだ。

 「NTT Comさんからの発注があったから開発できたし、締め切りを作ってもらったことで一気に作れた。本当に事業化に向けてベクトルを合わせてくれるのは、ExTorchの他にない特徴だと思う」(古本氏)

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 「さらに小型になれば、実証実験にも持って行きやすいだろうと考えた。我々が目指したいのは、メトロウェザーさんとNTT Comの双方の事業化。今のところ3年かけて、着実に形になってきているという手応えを感じている」(田口氏)

どうする?オープンイノベーションの「知財」

「困ったことがあったら、何でも話している」と古本氏。また、「私たちも、すっかりメトロウェザーさんのファン。いまではドップラー・ライダーの説明もできる」と斉藤氏。いまではとことん寄り添い、相思相愛のようにみえる両社だが、出会いから半年間はもっと“他人行儀”だったという。事業化に向けた議論、ユーザーヒアリング、五島や京都での実証実験などを経て、「いいことも、悪いことも、共有し合える」信頼関係を築いていった。

 転機は、「知財」の取り扱いだっだという。「共創しているときに発生する知財について、メトロウェザーさんが『本当はこうしたいんです』と、本音を言ってくれたときがあって、そこから関係が変わった」(斉藤氏)

 メトロウェザーの古本氏の説明によると、「日本の特許法は特殊で、共願特許にしてしまうと、全権利者の合意がなければ、ライセンスアウトできない決まりになっていて、ベンチャーキャピタルからは非常に不評」なのだそう。「そこだけは勘弁してもらえませんか」。さらけ出した本音は、ExTorchにとってもプラスに働いた。

 「私たちも気を遣うがゆえに、聞かないようにしていた部分もあったが、メトロウェザーさんの本音を聞いて、『知財はスタートアップが所有して、NTT Coは申請のサポートまでやる』と、新たな方針を打ち出せた。スタートアップの皆さんが安心してNTT Comと一緒にやろうと思えることが大切」(斉藤氏)

 「弊社の知財担当もExTorchに並走してくれて、現在ではいくつかの特許のあり方を明示して、スタートアップの皆さんが選択できるようにしている」(田口氏)

NASAでの実証実験と、「ExTorch」今後の展望

 2023年から24年にかけて、両社の風況データビジネスは、一気にフェーズが上がりそうだ。実は、メトロウェザーのドップラー・ライダーが、NASA(アメリカ航空宇宙局)の研究に採用されたのだ。2023年春から約1年半、米国の東海岸に機器を2台設置して、連続的に風況を観測する。

 「データの価値は、長く取得すればするほど上がっていく。季節や気象状況に応じて、どんな風が吹くのか、統計的に把握したい。将来的にはNTT Comさんのシステムから、UTMと呼ばれる管制事業者などに、データを配信していくシステムを構築して、データビジネスでの事業化を目指す。また、宇宙領域ではロケット打ち上げ時に風の影響は大きいので、航空と宇宙の両方で、僕らの風況データが役立つことを示していく」(古本氏)

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 斉藤氏と田口氏も、「いよいよ、一緒に事業を作っていく段階に入っていく」と期待をにじませる。「米国で取得したデータを活用して、風況データはビジネスとしてもメリット大きいと定量的に示したい」(斉藤氏・田口氏)

 同時に、ExTorch自体の進化も図るという。メトロウェザーとの案件を、ExTorch「3者連携の取組」から、事務局の「注力領域」へとシフトさせたように、“育てていく”プロジェクトを増やす。また、2022年より通年募集に切り替えた。事務局5名のメンバーが、これまで以上に事業組織に入り込んで、どんな困りごとがあるのかヒアリングし、その解決に資する技術を持つスタートアップのマッチングを加速する構えだ。

 「事業組織で話を聞いていくと、本業が非常に忙しくて手が回っていないけれども、スタートアップの新しい技術を取り入れて、新しいことをやりたいという社員は数多くいる。事業組織の組織長の方々の合意を得るなど、テーマオーナーになる社員にとっても参加しやすい環境を整えながら、事業化して会社に引き継ぐところまで、ExTorch事務局が責任を持ってやっていきたい」(田口氏)

 ちなみに、メトロウェザーが採択された第1期からは、市販の360度カメラとスマートフォンを使って誰でも簡単に空間を3D化して管理できるデジタルツインソリューションを提供開始するなど、すでに事業化に漕ぎつけたプロジェクトもある。

 案件の特性によって、事業化へのスパンはさまざまだ。「ディープテックは時間がかかるが、NTT Comさんと一緒にやれることが本当に嬉しい」という古本氏の言葉は、ExTorchがスタートアップにとって心理的安全性の高いオープンイノベーションプログラムであることを象徴しているのではないだろうか。

 CNET Japanでは2月1日からオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2023 〜共創の価値を最大化させる『組織・チーム・文化づくり』〜」を1ヶ月間(2月1〜2月28日)にわたり開催する。2月17日のセッションでは、田口氏や斉藤氏など5名に登壇してもらい、ExTorchの最新の動向について紹介してもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、ExTorchの取り組みをより深く知りたい方はぜひ参加してほしい。

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