プラントベース市場は世界的な“苦境”を迎えたのか--米Miyoko’s Creamery創業者の解任騒動に見る - (page 2)

熊谷伸栄 (アドライト:米国シリコンバレー/東京)2023年03月29日 11時00分

欧米のプラントベース市場を取り巻く環境

 では今、プラントベース市場では何が起きているのか。いくつか挙げてみたい。

(1)潜在市場規模(Addressable Market)が当初思いこんでいたほど大きくはなかった?

 当初投資家や有識者を含めて5,6年前に予想していた対象可能な市場規模が大きすぎていたのかもしれないとの見方がある。あるいは、消費者が一通り商品の選択しが増えて普及したことで冷静となり、慎重になり始めたのかもしれない。

 米Deloitteによる2022年9月の調査によれば、2021年に比べて2022年の全米消費者への独自調査に基づくとこうだ。

  • プラントベース肉に高いプレミアム価格を払ってでも買うと回答した数は9ポイント低下
  • 新鮮な動物性肉と比べてプラントベース肉は健康的であると回答した数は8ポイント低下
  • 既存の動物肉と比べてプラントベース肉は地球保全に優しいと回答した数は5ポイント低下
 

(2)インフレ率上昇と消費マインド冷え込みの影響

 米大手市場調査会社のニールセンによれば、小売価格ベースで従来の動物性肉とプラントベース肉との価格差は、牛肉で約2倍、鶏肉で4倍、豚肉が3倍と試算されている。

2020年:全米の動物性肉とプラントベース肉の単価比較(出所:米GFI)
2020年:全米の動物性肉とプラントベース肉の単価比較(出所:米GFI)

 一方、全米のインフレ率は2020年5月を境に2022年5月をピークにしつつも未だに高い水準にある。

2020年1月から2023年1月における全米インフレ率の月次推移(出所:米Bureau of Labor Statistics)
2020年1月から2023年1月における全米インフレ率の月次推移(出所:米Bureau of Labor Statistics)

 コロナ禍以降、主に都市圏に住みミレニアル世代を中心とする、比較的財布の紐の緩い所得層の消費者にとっては、プラントベース食品は選択肢の一つとして着実に伸びているのは事実だ。サンフランシスコやロサンジェルスでもWhole FoodsやRally’s、Bristal Farms及びSafewayに足を運んでいると体感できる。ただ、景気の先行きに家計に気を配らなくてはいけない状況では、今は「吟味」して「選択」をする時期に入り始めたと言えよう。

(3)プラントベースを含むフードテック投資と景況感全体が一先ずは“一呼吸”の時期

 プラントベースを含む世界の代替タンパク食品技術開発へのベンチャー投資(培養肉等含む)は、直近10年間はほぼ毎年倍増で累計142億米ドルに上る。2014年頃から世界的に高まる地球環境保全(脱炭素、動物愛護、等)への一般消費者の意識とともに、2020年のコロナ禍発生で自己免疫力への意識の高まりもあわせて、2018年からは図の通り、2021年までは急成長していた。2019年はプラントベース代替肉開発の先発組ユニコーン組の1社、Beyond Meatが株式市場に華々しくIPOをした年であり、それも市場全体に勢いをつけた。

 だが、最近の市場の一段落と共に、景気の影響やウクライナの戦争による原料価格の高騰といった要因も重なり、2022年は一気にコロナ禍以前の水準に押し戻された。

世界の代替タンパク技術ベンチャー投資の推移
注記: 米GFIレポートを基に筆者が作成
世界の代替タンパク技術ベンチャー投資の推移 注記: 米GFIレポートを基に筆者が作成

 ただし、この同じ期間には、世界的な株式市場インデックスであるS&P500が2022年が前年比▲18.1%、MSCI世界株式インデックスも▲17.7%、さらに「次なる成長を映し出す鏡」とされる米NASDAQも▲32.5%であり、世界的な景況感の停滞を反映している。決してプラントベース市場だけが減速したわけではない。

 また、米CB Insightsによれば、世界の主要ベンチャー投資額は、2022年は4151億米ドルとなり、前年比35%下落しており、必ずしもプラントベース市場だけに限らず、ベンチャー投資全体が一旦踊り場を迎えているのと連動すると言えよう。特に、下半期に急速に下降している。

出所:米CBInsightsデータより筆者が作成
出所:米CBInsightsデータより筆者が作成

 新興ブランドに限らず、既存の大手企業もプラントベースに次々に乗り込んできたわけだが、潜在市場の規模や消費者の購入意欲、そして当面の景気の動向と比べたプラントベース商品の供給過多状態を創り上げている可能性もなくはない。現に、先述の通り、JBCのPlanterraブランドからの撤退やカナダの世界的な食品ブランドMaple Leaf Foodsが当初の採算に見合わない点を受けてプラントベース事業を25%縮小しているのは、プラントベース市場の需給バランスの供給過剰傾向を映していると考えられそうだ。

 スタートアップ全体の環境そのものも(表向きにメディアで報道されるほど)実は良くないとの空気感がシリコンバレーにはある。詳しくは別の機会に説明は控えたいが、3月10日に米大手銀行に一つで、特にシリコンバレーで「スタートアップに銀行借り入れを行う」老舗金融機関であるSVBフィナンシャル・グループ傘下のシリコンバレー銀行(SVB:Silicon Valley Bank)が経営破綻し、アメリカ連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に置かれたと報道された。あのリーマンブラザーズの倒産以来の大型倒産となると見られており、スタートアップ市場の冷え込みに留まらず、一般消費者のマインドにも影響は決して小さくはなさそうだ。

プラントベース市場が上向く可能性への鍵

 ではもうプラントベース市場は頭打ちか?決してそこまで一辺倒で悲観する必要はないと見る。長い目で見て行けば、たとえば以下の点が鍵となり得そうだ。

(1)消費者の価値観を理解できる商品設計とブランド構築ができるか

 上記CB Insightsの代替タンパク食品を含むフードテック投資を押し上げているのは、前述のBeyond Meatをはじめとする一部のユニコーン企業への投資額だけで全体のい5割近くを占めている。つまり、彼らを除くとまだ数は多いものの、未だに0-1フェーズ(創業期:技術力や独自性のあるサービスモデル等で創業メンバー中心の経営フェーズ)から1-10(成長期:対象とする事業規模が拡大し、新たな業務設計から汎用的な職務ポジションが必要とされ始める)といった初期段階の小粒ぞろいだ。もちろんそれらの多くは残念ながらこれから淘汰されていくものも少なくないはずだが、全体的にはまだ市場そのもののパイと伸びしろはあるとの見方ができる。

 今回のMiyoko’s Creameryの騒動で、果たして今まで購入層離れが起きてしまうのか、それは一過性にすぎないのか、しばらくは様子を見る必要はあるが、少なくとも同社のソーシャルメディアを一度見ていただくと市場のマインドが垣間見えてくる。つまり、今回、成長を優先する投資家の圧力で創業の原点である商品の価値感をなおざりにされた形であり、これをこれまで同社の商品を買っていた消費者・ファンの消費行動がどう変化するか、興味深く注視しておきたい。

(2)企業側の脱炭素問題への経営意識も今後のカギ

 日本も含めて、メーカー企業側にも、CO2削減に向けた事業革新を株式市場や消費者からは引き続き迫られているが、その一環でプラントベース代替タンパク食品の普及が果たし得る貢献度は、以下のBCGによるレポートが示す通り、他産業と比べても高いとされる。

主な産業セクターで試算される脱炭素へのインパクト
出所:BCG「The Untapped Climate Opportunity in Alternative Protein」(2022年7月8日)
主な産業セクターで試算される脱炭素へのインパクト 出所:BCG「The Untapped Climate Opportunity in Alternative Protein」(2022年7月8日)

 最後に、日本からもこれからプラントベースをテーマに日本企業が長年築き上げてきた植物性たんぱく質の智慧を活かして世界を目指す動きは、筆者/弊社にも相談を受けている。先のMiyoko’s Creameryやプラントベース代替食開発のPrime Rootsのように、日本の麹文化や発酵をはじめとする食文化を、海外の人達がそれぞれの解釈で組み直して現地で活かしている、というところが見逃せない。

 日本で培った智慧を活かして欧米消費者の心を掴むためには、この2点(現地の消費者の価値観や購入目的を正しく知ること、サステイナビリティに貢献し得る)をいかに抑えられるかがカギを握りそうだ。そして、欧米の消費者が適正と思う価格、彼らが食への購買に通じて抱く価値観、健康面への訴求性において、改めて仕切りなおして現状を把握すると共に、これからの流れを精査して汲み直しながら、自社の誇る技術をいかに活かしていけそうなのか、考えてみる時期に来ているのかもしれない。

【本稿は、イノベーション共創を手掛けるアドライト(東京都千代田区 代表取締役 木村忠昭)のパートナーである熊谷伸栄氏の企画、制作でお届けしています】

【アドライトについて】日欧米オープンイノベーションによる新規事業創出や社内ベンチャー制度構築、イノベーター人材育成等、事業化の知見や国内外ベンチャーのネットワークを活かした事業創造支援を展開。事業会社だけでなく、国の行政機関や主要自治体とも連携し、革新的な未来を共創することを目指している(https://www.addlight.co.jp/)。

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