2月1日から1カ月間、CNET Japanの年次イベント「CNET Japan Live 2023」をオンラインで開催した。今回のテーマは「共創の価値を最大化させる『組織・チーム・文化づくり』」。新規事業開発や共創、あるいは組織風土の改善などに取り組んできた企業らが、その経験をもとに成功のヒントを明かした。
2月7日は「革新的な医薬品を世界へ~日本における創薬エコシステムの構築」と題し、湘南ヘルスイノベーションパークこと「湘南アイパーク」でジェネラルマネジャーを務める藤本利夫氏が登壇した。
かつて日本の製薬会社は創薬事業で世界トップ10にランクインする薬を複数出していたが、この20年で1社も入らなくなってしまった。その背景には製薬業界のベースとなるテクノロジーの変化があると藤本氏は説明する。
薬を作る技術は、1990年代あたりは日本が得意とする低分子化合物が中心、バイオ製剤、次世代治療へと変化し、最近では細胞治療や遺伝子治療などの新しい技術が開発パイプライン全体の約30%を占めるようになったという。
「医薬品の世界売上においては、依然として大手製薬企業が64%を占めているのに対して、そうした大企業が販売する薬の候補となる薬を開発しているのが、エマージング・バイオファーマと呼ばれる中小のバイオテック企業で、今や全体の80%を占めるまでになり、その傾向は年々強まっている」(藤本氏)
そもそも創薬は、発見された化学的なメカニズムを5年から8年ほどかけて基礎実験を行い、さらに数年かけて臨床試験で効果や安全性を確かめた後に審査を経て薬として承認される。平均して10年以上の時間と26億ドル(約3498億円)ものコストがかかるが成功率は2万分の1しかなく、世界で大きく売れるブロックバスターを目指すハイリスク・ハイリターンな投資ビジネスでもある。
そのためバイオテック企業は米国ではボストンやサンディエゴ、アジアでは上海やシンガポールなどといった、多くのスタートアップを生み出し、資金、人材が集積しているエコシステムに拠点を置く動きが進んでいる。
だが、日本はノーベル賞の受賞者を何人も輩出するほど科学技術レベルは高いものの、そうしたエコシステムがほとんど見当たらない。ベンチャーキャピタルがバイオテック領域に投資する金額も2021年は米国が584億ドル(約7兆6943億)と最高額なのに対し、日本は26億ドル(約3498億円)と米国の約5%程度しかなく、業界も内側に閉じている。
そうした状況を何とかしなくてはならないという思いから始まったのが湘南アイパークの取り組みである。2011年に武田薬品の研究所として建てられた施設を、2018年4月に日本最大級の創薬とバイオ研究を行うオープンイノベーションの拠点として再出発させた。
22万平米の敷地面積に31万平米の建物があり、世界でも最大級の研究施設規模を誇っている。5つある建物をつなぐ430メートルの廊下はブロードウェイと呼ばれ、新幹線が1本分まるまる入るという。そうした建物が目的にあわせて3棟あり、それぞれを回ると1つの薬ができるという理想的なコンセプトになっている。
施設にはライフサイエンスや製薬業界に関わる企業をはじめ、バイオテック企業、大学、研究機関、スタートアップ、ベンチャーキャピタルそして政府関係者らが集まり、共生共存するエコシステムを目指している。研究者たちがそれぞれの垣根を越えて交流できるスペースも設けられ、さまざまな活動が行われている。
「開所当初は、武田薬品の施設というイメージがぬぐえず、研究者もオープンな環境に不慣れでなかなか交流が生まれなかった。けれども2年目ぐらいから他の製薬企業の入居が進み、看板も湘南アイパークのロゴに変えてどんどん中立的な場へと仕上げていった。あわせてボランティアベースで講演会やセミナーを開催したり、持ち寄った論文を読む抄読会が行われたりして、各分野の専門家がアドバイスするサイエンスメンター、クラブ活動といった交流活動が生まれはじめた。ビジネス面でも助成金付きのインキュベーションプログラムや弁理士や弁護士によるサポートなども設けられ、オープンイノベーションの場として動きだしている」と設立から現在に至るまでの変化を語った。
5年間で活動はさらに広がり、製薬事業とは直接関係ないような企業ともつながりが生まれている。巨大な敷地を利用してドローンや自動運転車を利用する実験なども行われ、インキュベーション施設として拡大することも検討されている。
「競合相手が同じ施設に入ることを心配される声はあり、特にスタートアップは上場の条件として個別に部屋が必要な場合もあるが、施設が広いのでそこは調整できる。それ以上に質の高い研究設備を利用できることや、専門家からのアドバイスが受けられるなど、さまざまなメリットの方が大事だと感じてもらえているのではないか。実際の結果として、ラボやオフィスを構える会社は100数社になり、メンバーとして協力する会社とあわせて160社以上、2000名を超える人たちが湘南アイパークに集まっている。入居者間での事業提携や共同研究も初年度は15件だったが、2021年はコロナ禍にありながら1700件以上と劇的に増えた。何よりも新会社が2022年だけで6社も生まれており、同じ場所にいることで協業が進むことが証明されたと実感している」と語った。
今までこうしたオープンイノベーション拠点がなかったことが、日本で早期にコロナ医薬品やワクチンが作れなかった理由ではないかと藤本氏は分析する。
「一昔前と異なり、創薬はさまざまなプレイヤーの協力が必要で、生まれた後にどこで製造するかも非常に問題。大手のグローバル製薬企業は、世界の政府と協力していろいろな国に届けられるような場所に製造拠点を置き、国際的なパートナーシップとオープンイノベーションを構築しているが、日本にはそうした環境がまだない。本日のテーマである、『共創の価値を最大化させる組織とは』に対するお答えとしては、まずイノベーションを患者に届ける、といったような強力なビジョンが必要。さらにいろいろな考え方や技術をもった人たちが集うダイバーシティ。そして何よりも結果を出すというコミットメントが必要だと考えている」とした。
湘南アイパークでは隣接する湘南鎌倉総合病院や神奈川県藤沢市、鎌倉市といった地域との連携を広げ、ヘルスイノベーション拠点になることを目指している。構想は神奈川県の黒岩祐治知事の公約でもあり、10年後には湘南アイパークの目前に東海道線の新駅が設置される予定だ。
「今後は世界のサイエンスパークや国内とも連携して、いろいろなつながりを持つことを検討している。世界の成功しているエコシステムから見るとまだまだ小さな成功だが、この勢いを保って日本からどんどんイノベーションを発信していきたい」と今後の展望について語った。
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