パネルディスカッションでは、宮本氏の事例紹介なども踏まえた上でスマート水産業についての議論が交わされた。
宮本氏が紹介した事例に対し、北海道魚青連 副会長でinakaBLUE代表の小笠原宏一氏は次のような感想を述べた。
「こういう事例を聞いて、どうやれば現場に生かせるか、消費者を巻き込んで何ができるかなどを考えるが、日本の漁業は多種多様な漁法や魚種があり、漁業者が高齢化している。その中で現場の方がITを利用できるかがもちろん重要だが、それにはメリットややろうと思う理由が必要になる。できる人から取り組んでいき、沿岸漁業の漁師さんがタブレットを使うようになれば、日本の漁業はまだまだ可能性があると思う」(小笠原氏)
新規参入の若い漁師だけでなく、高齢の漁業者まで含めていかにハードルを下げられるのか。解決策について宮本氏は次のように語った。
「当社の漁労長は現在53歳だが、実際に入力すると数字が増えていくだけで面白いという感覚からスタートした。最初だけハードルがあったが、それを乗り越えればみんなが一緒になってアプリを使い始めた。アプリの画面を共有して見られるので、沖でも情報交換がやりやすい」(宮本氏)
現場の人に使ってもらう工夫について、ITベンダーとして水産業のスマート化に取り組むオーシャンソリューションテクノロジー代表取締役の水上陽介氏は次のように説明した。
「2021年に5県10地域でスマホにアプリを入れてもらい、手入力で操業データをためていく取り組みをしたが、実際にきっちり報告を入れてくれたのは40数%だった。実際の現場にはガラケーしか持っていない80歳を過ぎた漁師に手入力してもらうハードルは高いし、1人乗りの漁師だと危険も伴う。そこでいかにして自動的に操業日誌を作り上げるかに力を注ぎ、やっとリリースできる形になった。入力をすることに対するインセンティブをどう漁業者さんに見せるのかが非常に重要なことだと思う」(水上氏)
同じく船団内の魚群探知機やソナー、マップなどのデータをタブレットに集約し一覧できる「ISANA」を提供するライトハウス 代表取締役CEOの新藤克貴氏は「デジタル化やIT化というと身構える人が多い」と語る。
「われわれは『新しい魚探みたいなものです』などと、漁業者の親しみやすい文脈の中で説明する。見るだけで使えるなど手をかけなくても使えて、使った結果、すぐに効果が見えることが非常に重要だと思う。それで、じゃあもう少し使ってみようかとなり、次のステップを踏める」(新藤氏)
消費者の接点である流通代表として参加したグリーンコープ生活協同組合連合会 商品本部長の大隈祐哉氏は、「野菜などはどの生産者が作ってどう流通してというのが分かるが、魚については産地くらいしか分からない」と語る。
「誰が獲ってどういうルートで入ってくるというのが分かりづらいので、この辺を情報としてオープンにできると魚の利用も増えるのではないかと思う。消費者からすると、商品の“ストーリー”を知った上で購入するとその商品のファンになり、もっと利用したいという風になる」(大隈氏)
水上氏は実際に福岡県宗像市の宗像漁協と、道の駅むなかたとの共同で産地照明に関する実証実験を行ったという。
「QRコードに操業場所や航跡などのな情報も含めて消費者の方に届ける取り組みをしてみたが、道の駅に買いに来る人にとっては地元の漁師が獲るのは当たり前という反応で、産地証明が意味を持たないというニュアンスもあった。ただし血抜きや氷締めなどの動画もセットにして見せたら興味を持ってもらえた。消費者が知らない漁業者の努力まで可視化されると、消費者に興味を持ってもらえる気がする」(水上氏)
小笠原氏は漁業者として、消費者のニーズを知ることは重要だと語る。
「われわれは北海道で漁をしているので、冬などはすごく寒くて鼻水が凍るような中で漁をしている。全員がそれぞれに思いを持ってやっているが、それを面白いとは思ってはいなかった。でもそういう情報を消費者が求めており、伝わることで価値になるというのを知って驚いた。それなら何かできることがあるんじゃないかと前向きな姿勢にもなった。そういう情報をどうまとめて分かりやすく伝えていくかが重要だと感じた」(小笠原氏)
宮本氏から水上氏に、漁業者だけでなくさまざまなステークホルダーを巻き込んでいくためにどのような考えがあるのかという質問があった。
水上氏は「スマート水産は水産事業者だけが取り組むのでは回らなくなる」と語る。
「漁業者が最適化を図って努力しても、最終的には価格が安くなっていくだけで、自分たちの努力が利益に結び付かない構造になっている。漁業者が適正な利益を得た上で次の投資を行い、持続可能な水産業に作り変えていくためには、操業情報に経済価値を持たせた状態で消費者に購入していただく作りに変えていかなければならない。消費者を巻き込んだ形で、適正な魚の価格と操業データを別軸で回収できる仕組みにしていけば、漁業者が次の投資をしていく環境を作れるし、新規就労者が広がる可能性もあると思う」(水上氏)
それに対して宮本氏は「いつどこで何を獲っているという操業情報を漁師自らがオープンにすることはなかなかないと思う」と語る。
「今までは本当に誰が獲るかの競争ばかりしていた。しかし逆に、例えば下関の漁業者が一体となってそういう情報を共有しながら、みんなが持続していける環境にしていければいいと思う」(宮本氏)
水上氏は漁業者同士はライバルではあるものの、これからは協業していかなければならないと語る。
「未来の水産業を考えると、国内の漁業者同士で争うのは危ない。漁業者同士が情報を交換して共有し、資源を回復させながら一つのチームとして海外に輸出していくといったことにも臨んでいける。開示する操業情報の細かさはITサイドで調整できるので、漁業者としっかり話し合った上で決めていけばいい」(水上氏)
消費者を巻き込むアイデアについて、大隈氏は次のように語る。
「どこで誰が獲ったというのは消費者としてもちろん知りたい情報だ。しかし一方的に案内するのではなく、消費者サイドから現場に行ってどんな漁をしているのかなどを見て感じたこと、聞いたことを周りに広げていくということが大事だし、そういうことができるのではないかと思う。全く同じものであれば消費者にとって安いものに越したことはないが、それを案内することで付加価値を付けて値決めをするというのは今でもやってきたことだ。そこをしっかりとやるべきだと思う」(大隈氏)
JF全国漁青連 会長理事・鹿児島県漁協青年部連合会 顧問の川畑友和氏は「漁師から見ると消費者はすごく遠い存在」だと語った。
「われわれは魚を獲ると市場に出すが、その先はどこに行くのか分からず、消費者さんの声を聞くのが非常に難しい。宮本さんの事例で、仲買さんが欲しいものをフィードバックするという話があった。例えば生協の方から、こういったものが今売れているという情報をもらえれば一番いいのだが、それが難しい。どうやって解決するかといったら、水産業として一丸となってやっていくしかないと思う」(川畑氏)
水産業全体のバリューチェーンの中でデータを相互に流通することは重要だが、「産地証明が当たり前という状況にはなってほしくない」と水上氏は語る。
「操業データは漁業者が努力して設備投資をした上で成り立った証明なので、そこに価値は必ず存在する。これをきっちりマネタイズしていくためには、魚の流通とは別にデータの流通の市場を設けてあげないと、漁業者がそこに取り組むインセンティブが何もなくなってしまう。われわれは流通の方に操業情報を提供する部分で、データが悪用されないようにブロックチェーンを使う。研究機関にデータを渡すときにも、目的の研究以外に使ったり、加工して他の人に勝手に渡したりしたら漁業者サイドから追えるような形になっている。そこを説明した上で信頼関係を築きながら、操業情報をお預かりできる環境が整うのが理想的だと考えている」(水上氏)
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