UMITO Partners・水産経済新聞共催のシンポジウム「若者が担う水産未来2023 〜ITと漁業・流通現場〜」が2月28日に開催された。海洋環境の変化や漁獲量の減少が水産業界を直撃している中で、いかにITやDXを活用していくのか。農畜産物のようなトレーサビリティの可能性などについて議論した。
まずは、漁業情報サービスセンター 専務理事の黒萩真悟氏による「水産業のスマート化 現場と今後の方向性〜JAFICの取り組みを事例として〜」と題した基調講演が行われた。
黒萩氏は「スマート水産業」という言葉は「平成30年(2018年)に水産庁から内閣官房の未来投資会議への説明資料で初めて使われた」と説明する。その背景は次の通りだ。
「平成期を振り返ると、30年間で生産量は約6割減り、金額も約4割減り、漁業者は高齢化して6割減るなど、言葉は悪いがジリ貧だった。一方で、毎年2000人の新規参入者があるなど、明るい兆しもあった。特にICT(情報通信技術)やAI(人工知能)などの新技術による水産技術革新の動きが出てきたのは注目されてもいいが、このような状況の中で水産業界が変化に対応して発展できる仕組みに変えるために水産改革が始まった」(黒萩氏)
スマート水産業、特に漁船漁業のスマート化を考える上で重要なこととして黒萩氏は「(2020年12月に施行された)改正漁業法で資源管理手法の重心が変わったこと」だと語る。
「これまでは漁業紛争防止のおまけのような資源管理だった『インプットコントロール(投入量規制)』から、持続的利用ができるように毎年の漁獲可能量を決めて獲る『アウトプットコントロール(産出量規制)』に資源管理手法の重心が移動した。さらに漁獲可能量を許可漁船で割り当てて取る『IQ(漁獲割当)方式』が資源管理の基本にあると改正漁業法に明記されており、ここに着目しなければならない」(黒萩氏)
従来の漁業法では「効率的漁獲は過剰漁獲を招く」という批判があったが、改正漁業法では「持続的利用が可能として割り当てられた漁獲割当量を獲る限り、過剰漁獲の批判を受ける理屈はない」と黒萩氏は語る。
国からお墨付きを与えられた漁獲割当量を、いかに経費をかけずに効率的に漁獲してお金に換えられるかが漁業者としては重要になり、そのカギとなるのが水産業のスマート化というわけだ。
「さらに、漁業が直面するリスクの迅速な情報共有、資源変動に応じたマルチな漁業への転換、当面のカーボンニュートラルやエネルギー価格の高騰への対応についても、ICTや漁場予測の活用、省エネ化による効率操業で燃油使用量を削減することとされている。これらについても水産業のスマート化が貢献できる」(黒萩氏)
そうした中でJAFIC(一般社団法人漁業情報サービスセンター)が2008年から提供しているのが漁業向け 海象・気象情報サービス「エビスくん」だ。
エビスくんは海況や気象がどのように変化して、どの海域で魚が獲れるのかの予測などを、パソコンやタブレットでリアルタイムに見られるアプリだ。
「人工衛星や漁船、外部機関からの情報をJAFICが整理・分析し、海面や下層の水温分布、海流、水色などの海の状況や、1週間先の気象情報のピンポイント予測などを見られる。これまでは日本周辺の北太平洋のサービスに限定されていたが、マグロはえ縄漁船などの遠洋漁業にも使ってもらえるように全海域にサービスを拡大する予定だ」(黒萩氏)
今後は漁場予測をさらに高度化していくだけでなく、漁船との双方向通信化も検討している。
「現在は漁船に向けて操業支援情報を配信しているが、今後は双方向にすることによって漁船からの操業情報の収集や機器の遠隔監視・制御が可能になるのではないか。これらの漁船から提供された情報を、関連情報と併せてJAFICで解析し、JAFICから漁船側にフィードバックする。そして資源利用や操業の効率化、安全性向上などに役立ててもらうようなプラットフォームの一部として利用できればと考えている」(黒萩氏)
黒萩氏は今後のスマート水産業について「予測機能の向上」と「データの連携と統合化」「使いやすさの向上」の3つの方向性があると語った。
「予測機能の向上によって、資源や環境が変動する中での生産性、安全性の向上に貢献したい。データ連携と統合によって水産業の変化に対応した情報サービスの多様化が図れる。また、可視化を通じたメリットの直感的理解によって使いやすさの向上を図りたい」(黒萩氏)
その上で「衛星情報の安定かつ持続的な利用の確保、衛星通信コストの低減、データ利活用のルール化が課題になる」と黒萩氏は語った。
続いて、山口県以東機船底曳網漁業協同協同組合 代表理事組合長の宮本洋平氏が、下関おきそこ(下関漁港沖合底びき網漁業)のデジタル化への取り組みについて紹介した。
下関の沖合底びき網漁業の特徴は2隻の船で底びき網を操業する「2そう曳き」で、操業場所が比較的遠いこともあって1航海につき4〜5日操業すること、1回の操業で約2000箱(約20トン)を水揚げする。船上で選別、箱詰めまで行うのも大きな特徴だという。
下関の基幹産業ではあるものの、平成4年(1992年)をピークに稼働隻数、水揚げ量、金額ともに右肩下がりになっており、「何とかこの漁業を継続していくための取り組みを考えてきた」と宮本氏は語る。
そこでたどり着いたのが漁獲量集計のデジタル化だ。
「2そう曳きなので1号船と2号船で交互に、毎航海でだいたい40網以上を上げる。その漁獲の集計は漁労長がすべて手書きで行って電卓で集計していた。1日約2時間の事務作業を4〜5日間繰り返しすので、約10時間ほどの事務作業が必要だった。さらに市場への報告も手書きをファクスしたものだった。デジタル化することで睡眠時間の確保や過去データの検索・集計などが容易にできると考えて取り組みを始め、水産大学校と協力して『漁業支援アプリケーション』を開発した」(宮本氏)
2そうの船は約400〜500mほど離れており、2〜3割ほどの海域ではインターネットにもつながらないが、「2そう間をローカルエリアネットワーク(LAN)でつなぐことで漁獲情報のやり取りを共有できるようにしている」(宮本氏)という。
「アプリのトップ画面は字の大きさや配置、特に水揚げ予想金額など現場の意見をかなり盛り込んだ。水揚げ予想金額を表示することで乗組員のモチベーションを上げている。漁獲の入力は100種類を超えるマスターから魚種を選んでタップするだけで更新される。LANでつながっているので、インターネットにつながらない沖でも2そう間で常にデータが共有される」(宮本氏)
従来は市場や油槽船、食料会社などに入港時刻を電話連絡していたが、現在はGPS情報で一定のラインを超えると3時間前、1時間前、15分前に自動的にメールが入る仕組みも導入している。
「これによって皆さんが動き出すことで、陸での働き方改革にもつながった。漁獲の入力によって箱の使用数も紐付けされるため、箱業者の働き方改革にもなっている。最初の1年間は当社一社でこのアプリを使っていたが、現場の声が下関全船でのアプリ導入の後押しになり、現在は5ヶ統・10隻が全船でアプリを導入し、漁港全体にメリットが拡大した。全船が漁獲情報を流すことで市場に集約されるようになった。市場に情報を流すだけではなく、市場のセリ人から需要状況をフィードバックしてもらう仕組みも作った。セリの状況を見ながら日々入力してもらい、それを我々が確認して需要のある魚を効率的に狙っていこうということで、いい循環ができていると思う」(宮本氏)
こうした取り組みの結果、水揚げ量はそれほど変わっていないものの、水揚げ金額が上昇傾向にあるという。
「市場全体がデジタル化することで人と人がだいぶつながり、全体で取り組んだ結果がこのように表れているのではないかと思う」(宮本氏)
今後はアプリの改修やバージョンアップに向け、漁業者だけでなく市場全体、漁港全体で費用を捻出できないかと検討を進めているとのことだ。
「消費地の仲買さんから情報が欲しいという声もいただいており、流通への情報提供も検討していかなければならないと思っている」(宮本氏)
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