現在は5Gのモバイル通信ネットワーク整備が進められている真っ最中だが、携帯電話業界では既に5Gの高度化や、次の世代の通信規格「6G」に向けた研究が進められている。6Gではどのような要素が求められており、その実現に向けてどのような技術の研究が進められているのだろうか。NTTドコモが2023年2月2日に実施した「docomo open house'23」から確認してみたい。
docomo open houseは、NTTドコモグループが毎年実施している、同社の最新技術や研究成果などを広く公開するイベント。コロナ禍の影響もあってか2023年もオンラインでの実施となったが、メディア等に向けて実際の展示も披露されている。
そしてdocomo open houseにおいて、ここ数年来大きなテーマとなっているのが6Gである。6Gは現在整備が進められている5Gをさらに高度化したモバイル通信規格。「高速大容量通信」「低遅延」「多数同時接続」といった5Gの特徴をさらに高度化するのはもちろんだが、それに加えて消費電力を現在の100分の1に抑える「超低消費電力」や、災害や通信障害から素早く復帰する「超安全性・信頼性」、空や海などより広い範囲をエリア化する「拡張性」などの実現も期待されており、そのための技術研究が積極的に進められているのだ。
しかも5Gでモバイル通信が国家のインフラとして重要な存在になることが示されたことで、その主導権を争うべく世界各国で6Gに向けた研究が急加速している。5Gで大きく出遅れた日本にとって、6Gでの出遅れは国として大きな損失を生むことにもなりかねないだけに、日本でも6Gに向けた研究開発が官民で積極的に進められている。
NTTドコモもその1社であり、2020年1月には6Gに関するホワイトペーパーを公開。それ以降、6Gに向けた技術を積極的にアピールしているのだが、中でも大きなアピールポイントの1つが、5Gを超える通信速度を実現する「超高速・大容量」に向けた取り組み。より具体的に言えば、より一層高い周波数帯の活用である。
5Gで用いられるのはおよそ30GHz以上の「ミリ波」までだが、6Gではより高い100GHz以上の「サブテラヘルツ波」を利用した高速化が見込まれている。高い周波数はあまり利用されていないことから空いている帯域が多く、従来以上の高速大容量通信ができる一方、周波数が高いほど障害物に弱く、遠くに飛びにくい弱点がある。
現在はミリ波でさえ扱いにくいとして有効活用されていない状況だが、NTTドコモではそれよりさらに周波数が高く遠くに飛びにくいサブテラヘルツ波をどうやって活用しようとしているのだろうか。その鍵の1つが「分散MIMO」であるという。
これは1つの基地局から多数のアンテナを分散して配置し、移動する端末に対して複数の方向から電波を射出するというもの。1つのアンテナからの電波が障害物に遮られてしまったとしても他のアンテナと接続を継続し、高速通信を維持できる。NTTドコモは2022年10月31日に日本電信電話(NTT持株)、NECと共同で、28GHz帯を用いた分散MIMOの実証実験に成功したことを発表しており、そのサブテラヘルツ波への応用にも期待がかかる所だ。
もう1つ、6Gで期待される「拡張性」の実現に向けた取り組みとして研究が進められているのが、1つは成層圏を飛行し続けて地上をカバーする無人飛行機「HAPS」(High Altitude Platform Station)である。NTTドコモはスカパーJSATとHAPSの実現に向けた研究開発を進めており、2023年1月24日には世界で初めて、HAPSによる成層圏下層からの38GHz帯の電波伝搬実験に成功したと発表している。
この実証実験ではエアバスの有人航空機に38GHz帯に対応した送信機を搭載、地上の受信機とさまざまな条件で通信して伝搬特性を調査しているという。実際に無人の飛行機を用いて継続的に飛行・通信するにはまだ時間がかかるが、上空から電波を射出することで地上の基地局との伝搬干渉なども懸念されるだけに、同社ではこうした実証実験に加え、独自開発のシミュレータ等を用いて性能評価を進めているとのことだ。
もう1つ、NTTドコモが研究を進めているのが海中での通信だ。携帯電話に用いる周波数の電波は水に弱く、海中で無線通信するには他の手段を用いる必要があるのだが、NTTグループがはその中でも遠くに届きやすい音波を用いた研究を進めているという。
音波での通信は通信速度に課題があることから、同社では通信速度低下の要因となっているノイズを取り除く独自の技術を開発。それによって伝送速度1Mbpsで水平距離300mの通信を実現したとのことだ。
実証実験ではその技術を用いて海中からの映像伝送を実施したり、無線で水中ドローンを操作したりすることにも成功したとのこと。こうした技術の実用化が進めば海中からの映像伝送なども容易となるだけに、漁業やマリンレジャーなどを大きく変える可能性があるだろう。
だが現在の5Gがそうであるように、ネットワークの性能がいくら向上したとしても、それを有効活用できるキラーデバイスやサービスが生まれなければ活用は進まない。そこでNTTドコモは6Gのネットワークの活用に向けた研究も進めており、その代表例が「人間拡張」である。
これは6Gの性能が人間の神経の反応速度を超えることを生かし、人間自体をネットワークに接続して能力を拡張するというもの。同社では複数の企業と、人間拡張の実現に向けた「人間拡張基盤」の研究開発を進めているが、今回のdocomo open houseで展示されていたのは「感覚共有」である。
これはある人が触れたモノの触覚を、ネットワークを通じて他の人に伝送し、共有できるようにするというもの。会場では半球状のデバイスを左右の手にそれぞれ1つずつ持ち、あらかじめ取得した触感を映像に合わせてネットワークを通じ、デバイス上に振動で再現するというデモが披露され、視覚と触覚が一体になることでリアルな触覚を体験することができた。
NTTドコモでは人間拡張によって、将来的にはテレパシーやテレキネシスなど、現在“超能力”と言われることも実現できると見ているようだ。ネットワークがデバイスではなく人を動かすようになれば、さまざまな概念が大きく変わる可能性があるだけに、実現に向けた取り組みが注目される。
だが6Gの性能を生かせる、より現実的な活用事例となりそうなのは最近注目されているメタバースであろう。そのメタバースに関する新たな取り組みとして今回のdocomo open houseでは「MetaMe」が紹介されている。これは2023年2月よりβ版サービスを提供開始しているメタバースプラットフォームだが、従来のメタバースが抱える課題を解決するため研究した技術を取り込んでいるのが特徴だ。
その1つは、1つの空間により多くの人数を収容できること。従来のメタバースプラットフォームでは、参加者が多いと空間を複製してユーザーを分割するなどしていたことから、多くの人で共通した体験を得るのが難しかったというが、MetaMeでは同じ空間上に1万人が参加し、同じ体験を共有できるとのことだ。
そしてもう1つは偶発的なコミュニケーションを生み、コミュニティ形成に至るのが難しかったこと。そこでMetaMeでは1人1匹持つことができる「ペット」を活用。発話内容や表情などからその人の内面を理解する「価値観理解技術」で得た情報を基に、高度なマッチングを実現する「行動変容技術」などをペットに取り入れることで、価値観の合う人とコミュニケーションしやすくなる仕組みが取り入れられている。
メタバースも高い注目を集め、5Gでも大容量通信を生かせるキラーコンテンツの1つとして期待がなされている一方、その普及はあまり進んでいない。それだけにNTTドコモは、MetaMeを通じメタバースが抱える課題を解決する技術研究を進めることで、5G、そして6Gに向けた新しいコミュニケーションを普及させようとしているのではないかと考えられる。
現在は5Gでさえ普及途上にあるが、6Gは技術開発競争が過熱しており、5Gの開始から10年も経たずにサービスが始まるのではないかとも言われている。6Gは決して未来の話ではないだけに、国内での研究開発を盛り上げていくためにも、より多くの人に6Gへの関心を高めて欲しい筆者は感じている。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス