企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前回に続き、キヤノンマーケティングジャパン(略称:キヤノンMJ)の米元健二さんとの対談の様子をお届けします。
後編では、社内起業プログラムを通じて頭痛対策支援サービスが形になっていく過程のお話と、今後の構想についてお話いただきました。
角氏 : 現在、頭痛の解消に向けた新規事業が動いているということでしたが、成長のプロセスを知りたいので、エントリーをした時にそのチームがまずどんな状態だったかというところから教えてもらえますか。
米元氏 : そのチームは3人でチーム結成となったのですが、1人は「オーガニックの野菜を購入したい」、1人は飲み込むのがつらい「嚥下(えんげ)障害」、そしてもう1人が「適切な漢方を使えるようにしたい」という課題を抱えていて、最終的にチームで漢方のビジネスを目指す形に一旦落ち着きました。
角氏 : プレゼンをして、漢方の人が巻き取ったと。でもその時点で頭痛ではないですね。
米元氏 : はい。そこから私がアクセラレーターとして参加して本格的に動き出すのですが、まず当社の場合アクセラレーターは壁打ちやメンターの立ち位置ではなく、チーム側にジョインして一緒にビジネスを創っていくという動きをします。活動初日に方向性を聞き、私が漢方の市場について詳しく調査をしたわけです。それでチームミーティングの2回目に、漢方のビジネスは我々が成立させることは難しいと考え、チームの目指す方向性の修正を図りました。
角氏 : なんと!2回目のミーティングで、大幅な方向転換を図ったのですね。
米元氏 : 漢方のビジネスは、漢方の業者や近い人たちで完結した世界ができていて、加えて、日本人は日常的に漢方に対してお金を払うという習慣があまりないんです。払ってもらったとしても、最終的には自分たちで漢方を作らなければ大きなビジネスにならないことが見えるのですが、薬機法の元それも難しい。それで、6カ月の社内起業プログラムで答えが出る領域ではないと判断しました。
角氏 : そこで次に出てきたのが頭痛だったのですね。
米元氏 : 実は3人とも頭痛持ちだったんです。ヒアリングをして頭痛の市場について調べてみたら、病院への継続率が1割でそもそも7割は病院に行ってすらいない。みんな頭痛は病気じゃなく、症状だと思っていることが分かったんですね。慢性頭痛患者が多いのに、病院に罹っている人が圧倒的に少なく、服薬で痛い時に散らせているだけ。つまり世の中の頭痛データは、この1割の病院に落ちているものしかなく、9割は空いている市場なんです。しかもみな、どういう頭痛なのかがよくわからず、対処法が鎮痛薬だけで、疑問を持たずにそれを使っている。これはチームが取り組む課題だと思ったんです。
角氏 : そこからどのような新規事業に?
米元氏 : 頭痛には片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛と大体3種類あるのですが、この3つの診断に対処法が紐づいてないんです。この3つを睡眠由来、カフェイン由来、照明由来などとさらに詳しく分類し、その人に最適な対処法を当てていくというイメージですね。
角氏 : 面白いですね。ちなみにどこで儲けるのですか?
米元氏 : たとえば、ARCHの企業と連携などして、鎮痛薬以外の医療ではないアプローチをたくさん作っていく中で潜在市場を顕在市場に変えていく計画を立てています。1つの企業だけでなく、みんなでこのサービスを大きくして、頭痛患者をたくさん救えるような世界を作っていく。この世界を作っていく過程にマネタイズポイントがあると捉えています。
角氏 : いやぁ、凄くいい仕組みを考えましたね。頭痛のチームはうまく整った状態だと思うのですが、整わなかったケースも当然ありましたよね?
米元氏 : もちろん。たとえば、自分自身の外見へのコンプレックスから美容整形したくなってしまうという課題のケースがありましたね。課題の解像度は非常に深くて、解決の方向性も本人たちの中で想定できていたのですが、過去の自分の生き方に紐づいているなど明らかにデリケートな話すぎて、インタビュー相手がなかなか見つからなかったんです。他にも同様なケースがあって、課題の解像度があまりにも高すぎて良すぎると、自分だけの不みたいな領域に行ってしまうという難しさを感じました。
角氏 : 逆に、他にサービス化されていたり事業化に向けて取り組まれたりしているものは?
米元氏 : すでにローンチしたものでは、キヤノンMJが自信を持ってお勧めできる写真館とお子様の写真を撮影してほしいユーザーを繋ぐ「フォトッチ」というフォトスタジオの「検索・予約」サービスがあります。それ以外には、先ほどご説明した頭痛対策支援プロジェクトと、食事制限がある方向けの飲食店マッチングプロジェクトがオープンイノベーション推進室内で事業化に向けて進行中です。
角氏 : ちなみに、アクセラレーターはみなキヤノンMJ社員の方?
米元氏 : そうですね。全員オープンイノベーション推進室に所属していますが、まあ会社の中の変な人達の集まりで(笑)、プライベートも含めてちょっとはみ出した活動をしている人が多いです。私も社内のアクセラレーターと並行して、ベンチャーキャピタリストの業務を学んでおり、成長するスタートアップの判断軸を磨いたりもしています。また、そうしたアクセラレーターを育成する専用のプログラムも用意しているんですよ。アクセラレーターとして一通りのプロセスを理解できるまで1年、実務レベルでチームを伴走できるアクセラレーターになるまでは、最低2年ぐらいかかると見立てています。
角氏 : そういうプログラムもあるんですね。でも、どうやって見込みがありそうな人材を発掘しているのですか?
米元氏 : 社内起業プログラムとは別に、オープンイノベーション推進室では「イノベーションアカデミー」という学びの場を運営しており、グループ全社員を対象に、イノベーションに必要な3つのベーススキルが身につく研修・ワークショップを展開しています。こうした取り組みを日常的に実施する中で興味を持っていただき、社内起業プログラムに応募する流れを作っています。また一連の取り組みの中でイノベーションスキルを見える化する仕組みを入れており、人材の発掘につなげています。
角氏 : イノベーションアカデミーからの2段階なんですね。米元さんもその系統だ。なるほど、それで合点がいきました。生態系としてビジネスコンテスト的なものがあり、その前の段階の学びの場があり、その学びの場は自分の時間を割いて参加するような自発性が要求される学びの場ってことですよね。
米元氏 : キヤノンには行動指針として自発・自治・自覚という三自の精神というものがありますが、特に自発という要素はイノベーション創造には大きいと感じています。ただ、イノベーションと言うと難しく捉え「自分には関係がない」「一部の人がやっていること」と思われがちなため、経営からも、今後の全社員に必要なスキルだというメッセージを積極的に発信しています。また、人事と連携したイノベーション研修も展開しているとお伝えしましたが、これは社内起業プログラムの目的の1つをイノベーション人材の発掘・育成にしている理由にも繋がります。
角氏 : 実際に経営陣からはどのような声が聞こえてきますか?
米元氏 : 中期経営計画にもイノベーション人材の発掘・育成について組み込まれており、多くの企業において人的資本経営がより重視される中、さらに積極的に取り組んでいく必要があると、逆にプレッシャーをかけられているくらいです。
角氏 : 中計に書かれたということは、もうDNAに刻まれたわけですからね。イノベーションエコシステムができてきた形ですが、社内起業プログラムの次の一手は?
米元氏 : 社内起業プログラム発の新規事業をスピンアウトさせて、独立した法人にしていくスキームを作っていきたいと考えています。スピンアウトして出た事業は、世の中のスタートアップと同じ位置付けとなりますが、9割は失敗するという統計も出ています。もちろん失敗を前提としてるわけではないですが、例え失敗しても、社長の名刺を持ち成長するビジネスを手掛け、目の前でプロダクトや会社が変化していくことを見てきた人たちが社内に増えていくことで会社が成長すると考えています。
角氏 : 社長を経験すると様々なことを学んで、視座が高くなりますからね。
米元氏 : 一般の社員では経験しない組織作りの難しさやビジョンづくりなども経験し、経営について考えた人達が戻って来て、その人たちが将来のキヤノンMJを支える人材になるわけです。この一連のスキームでそこまでを実現したいと企んでいます(笑)
角氏 : 実に素晴らしいです。そうなっていくと、会社の雰囲気も全然違ってくると思いますし、さらにそれと同じことが他の会社でもできるようになったら、日本全体が変わっていくような気がしますね。深い話までたくさん聞けて面白かったです!
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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