前回の記事「Web3、分散化技術が導くデジタルのすこし先の未来--Webの歴史とWeb3の夜明け」では、Web3の歴史的な背景や考え方についてお話ししました。今回は、どうして私がエンジニアとしてブロックチェーンという技術に魅了されることになったのか、NFTで変わる未来のデジタルアセットの所有の可能性について、加えてDeNAから2021年よりリリースしている、さまざまなNFTアプリケーションの中から、先行事例となった川崎ブレイブサンダースの「PICKFIVE」について少し掘り下げて書いてみたいと思います。
米国ではたびたび、古いベースボールカードが屋根裏部屋などから発見されて、驚くべき金額になったというニュースが報じられていますが、フィジカルのカードは、保管状態さえよければ、半永久的に楽しむことも可能です。ちなみに米国ではこのようなベースボールカードなどの人気は凄まじく、グレーディング企業というトレカを専門に鑑定する企業があるほどだそうで、ブロックチェーン技術はこういったモノの真贋証明にも期待されています。
さて、モバイルゲームなどのデジタルの世界では、過去のクローズしたアイテムがこのような形で、発掘される可能性があるかといわれると、残念ながらありません。古いデジタルゲームのアイテムなどは、運用が終了してしまった場合は、データ自体も一緒に失われてしまうためです。
私は2012年にDeNAに中途で入社してから、多くの新規ゲームやアプリケーションの開発に関わってきましたが、その分クローズにも数多く関わっています。新しいサービスが生み出されると、さまざまな手段でユーザーへ登録を促し、クローズが決まれば、都度データは消去され、そしてまた次のサービスがゼロから生み出されるというサイクルです。特にエンターテインメント領域では、数週間でクローズが決定するケースもあるなど驚くべきスピードで行われています。
SXSW2019で、元外科医の経歴をもつJulian Hosp氏のセッションを現地でみました。Julian Hosp氏は、新規患者の血液検査をくる日もくる日も新たに行うことに疑問を感じ、さまざまなシステムで患者のデータを共有できる可能性のあるブロックチェーンに興味を持ったそうです。当時新規案件のエンジニアであった私も同様に、ゲームやアプリ開発の世界でも、都度、登録と削除を繰り返すことに疲弊する状況がありました。
デジタルの世界で経験したさまざまなこと、ログイン情報や保有アイテム、経験値、フレンドとの繋がりなどを、繰り返しリセットされてしまうのではなく引き継げる特徴は、過去の苦労から私がブロックチェーンという技術に魅せられた理由の一つでもあります。
NFTはERC721という代表的な規格を利用することによって、トレーディングカードのようなアセットをブロックチェーン上で管理し、この規格に従ったウォレットであれば、そのなかで、自由に管理することができます。このような仕組みは、「.mp3」などの音楽ファイルが複数のプレイヤーで再生できるようなイメージと似ているかもしれませんが、EIPといわれる規格の中身が常に議論によって進化し続けている点や、規格を雛形として使い、独自の機能を載せたり、レゴのように複数のコントラクトを組み合わせて使うことができる点などが大きく異なります。
ブロックチェーン自体はさまざまな人が検証することが前提で、大きなサイズのデータを維持できないため、アセットデータが全てブロックチェーンで管理されているわけではありません。分散ストレージの利用が進んでいますが、代表的なIPFSではpin留めと言われる運用者の管理が必要であることから、マーケットが終了した際のアセット管理については不透明な点もあります。しかしながら、デジタルデータの永続性、文化財の保護を目的としているサービスもあり、世界でたった14人しかいない公証人が価値を認めることで、データの永続性を担保するといった面白い試み(Filecoin Plus)などもあるそうです。
私も検証人になって、次世代に残すコンテンツの議論に加わってみたい気もします。Arweaveなど長期間のデータの保管を保証するストレージも登場するなど、デジタルコンテンツをどのように保管/管理するかというのは一つのテーマともなっていますが、今後は、さまざまな開発によって、デジタルは真の意味でフィジカルのように永続的な性質を持つ可能性もあります。先のベースボールカードのニュースのように、孫が、おじいちゃんのデジタルウォレットから、価値のあるモバイルゲームのアイテムを大量に発掘したというようなニュースが流れる日もくるかもしれません。
2020年、スポーツ業界はコロナ禍によって大きな苦しみを味わいました。川崎ブレイブサンダース(以下、ブレイブサンダース)も同様に、ファンの皆さんを会場に呼べない日々が続いていました。そのようななか、DeNAが得意とするデジタル分野でお客様をワクワクさせるような、エンゲージメント施策を作ろうという動きがあり、NFTという新しいデジタルカードの概念は、その目新しさから、社内でも注目を集めました。
「NBA Top Shot」とよばれる、バスケットボールのNFTアプリケーションの登場もさらに拍車をかけました。NBA Top Shotは、モーメントと呼ばれるビデオハイライトを購入、販売、取引できるトレードアプリケーションで、今でこそ、動画のNFTは珍しくなくなりましたが、このサービスが登場した時には、私自身、とても衝撃を受けたことを覚えています。
このような世間の動きを受け、ブレイブサンダースのロウルというマスコットをNFTにする相談を持ちかけたことがきっかけで、ブレイブサンダースのデジタル施策担当である藤掛さんと出会いました。企画を構想する段階で、日本バスケのブランド価値からすると、NFTのみのサービスで成功するのはまだ時期尚早であり、スポーツのコア価値である試合と絡める方がプロダクトとして成功確度が高いであろうという判断から、NFTをただコレクションにするのではなく、試合に繋げる形で実際に行われる試合を対象にシュミレーションできる「ファンタジースポーツ」というものをコンセプトとしたサービスを目指すことになりました。
DeNAではこのような新規事業の場合、MVP(Minimum Viable Product)とよばれる核となる機能をまず実装し試すことが求められます。ゲームの場合は、構成要素が多く、MVPを切り出すこと自体難しい作業となりますが、PICKFIVEは実際の試合と連動したオンラインカードゲームのため、NFTカードの対象となる選手のスタッツ管理などにフォーカスする非常にシンプルな設計となりました。
2021年4月、PICKFIVEというアプリケーションは、会場でお披露目され、テレビ東京のニュース番組「WBS(ワールドビジネスサテライト)」などでも報道され、注目を集めました。LINEBlockchainという基盤を選定したのは、スポーツファン層が身近に使っているLINEを通じて、Walletを意識することなくNFTを手に持って欲しいという思惑でした。藤掛さんの書籍「ファンをつくる力」(日経BP)でも書かれていますが、試験提供で「96.4%の方が再利用したい意向」という驚異的な数字だったことは、おそらくユーザーフレンドリーなUI/UXの良さが機能したのではないかと思っています。
その後、横浜DeNAベイスターズでも、「PLAYBACK 9」というアプリケーションがリリースされました。野球とバスケではシーズンが異なるため、常にどちらかでは最新のコンテンツが生まれ続けており、非常に良い相互作用を生み出しています。企業としては、NFTのアプリケーションやマーケットを入り口として1年を通じ、複数のスポーツをお客様に楽しんでいただくことができ、スタジアムの中(フィジカル)とテレビの中(デジタル)の両面からファンエンゲージメントを支えるという姿勢は、NFTの相互運用性という観点からもこれからどんどんRelation(関係)し、Sync(同期)する場面を増やしていければと思っています。
PICKFIVEではファンタジースポーツという、試合の予想をすることで自身が試合に参加するというメインの機能を持っています。試合の行方を予想するような仕組みは未来型予測市場というジャンルで知られ、古くは、アイオワ大学がリサーチ目的で運営するIEMなどが大統領選などに使われていることでも知られています。ブロックチェーン業界でも、2014年にForecast FoundationのAugurがEthereum上に展開されたことで注目を集めました。多くの技術者は、展開されたコードなどを研究したり、模倣して独自の仕組みを作ることなどを行いました。Facebook(現Meta)も過去に、Forecastや、Facebook Fantasy Gamesなどの予想市場のアプリケーションを発表をしたこともあり、ジャンルとしては比較的メジャーなものとも言えます。
予想サービスにおいて、過去のデータを改竄できないという観点は、サービスの根幹に関わる重要な機能でもあり、スマートコントラクトによってデータが改竄されず、人の手を介することなく、正確に処理できるという点では、ブロックチェーン自身の強みを発揮する相性の良いサービスともいえます(※PICKFIVEでは現時点で、すべての操作をコントラクトで実装できていませんが、将来的には多くの機能を移行したいと考えています)。取り溜めたStatsのデータは、ブロックチェーンの分散台帳に置くことができれば、さまざまな分析やサービスとしての二次活用も期待できます。
ファンタジースポーツでは試合の結果を正として振舞いますが、このような個々のデータは、集合知や投票などの仕組みとして活用することもできます。そもそもブロックチェーンは、コンセンサスアルゴリズムのもと合意形成をいかに行うかという観点の議論が活発に行われており、複数人における自律的なガバナンス構造は、DAO(分散型自律組織)と呼ばれる構造にも繋がる非常に重要な考え方です。
ブレイブサンダースは川崎という場所を拠点としているように、スポーツは、地域のファンと深い繋がりを持っています。クラブの運営方針などについても、ファンの意見は非常に大切で、ファントークンなどの保有によって、クラブの意思決定における投票や、Discordやイベントへの参加権利などとして機能させるような使い方など、Chilizが運用するSocios.comなどのように応用されている事例もあります。情報をかき集め、正確に処理する為には、これまで複雑なシステムが必要であった為、大規模な仕組みにしか載せることができませんでしたが、スマートコントラクトによって、少ない労力で報酬などの支払いなどルールベースの仕組みを作れるようになった点は、ゲームなどエンターテインメントサービスにおいては、可能性の広がりを感じさせます。
PICKFIVEでは、活躍する選手の予想はもちろん楽しみとして捉えていますが、集合知として活用することで、スターティングメンバーを完全にファンに委ね、「ファン全員が監督」という世界観も可能性としてあるのではないかと思っています。
新型コロナの影響もあって、自宅でスポーツ観戦をする時間が増えました。そのなかで私が新しく覚えたスポーツがアメフトです。お笑いコンビのオードリーさんがやっている番組や書籍がとても面白くてアメフトをみるようになりました。アメフトを初めてみたときから、中継で表示される黄色いヤード・ラインが、攻撃ごとに動いていくのが不思議で、恥ずかしながら、あまりにも精巧なので、誰かが会場で引き直しているのかと思っていました。後に調べたら、テレビ中継だけに表示されるバーチャルなラインであるとのことで、それも、なんと1998年から実現されているとのことで驚きました。最近では、ショルダーパットの中に、RFIDなどを装着することによって、選手の動きを逐一補足するような技術も導入されているのだとか。
伝統あるスポーツと、それを助ける先進的なデジタル技術が融合することで、スポーツの魅力が増幅されるとすれば、未来、我々はもっと今とは異なる観点、角度で、競技を見ることができる可能性があります。Web3やメタバース、NFTなどをスポーツを盛り上げるための新たな施策とし、DeNAでは新たなデジタルでのアプローチとして今後も盛り上げて行きたいと考えています。
緒方文俊
株式会社ディー・エヌ・エー 技術統括部技術開発室
2012年から株式会社ディー・エヌ・エーでMobageのシステム開発、リアルタイムHTML5ゲームタイトル開発、Cocos2d-xやUnityによる新規ゲームタイトル開発、ゲーム実況動画配信アプリの開発などサーバーサイドからクライアントまで幅広くエンジニアとして経験。2017年、フィンテック関連の事業開発をきっかけにブロックチェーンによるシステム開発をスタート。現在は、同社の技術開発室で、ブロックチェーン技術に関する研究開発、個人として外部顧問などの活動を行いながら、エンジニア目線での、日本におけるWeb3やブロックチェーン技術の普及・促進活動を行っている。「エンジニアがみるブロックチェーンの分散化と自動化の未来」を定期的に執筆中。
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