ハウスコムがリアル店舗とともに推し進める不動産DX

 ハウスコムが不動産DXを始めたのは2018年。まだDXという言葉自体にも馴染みが薄く、不動産の業務にテクノロジーをかけ合わせた不動産テックが少しずつ浸透してきた頃だ。旧態依然とした不動産業が市場の多くを占める中、「不動産仲介のビジネスモデルを変えたい」「2025年の崖を解決したい」という強い思いから、不動産テックにそして業務のDXへと舵を切った。約200のリアル店舗とともに、デジタル化に踏み切ったハウスコムのこれまでの取り組みと現状について、代表取締役社長執行役員の田村穂氏に聞いた。

ハウスコム 代表取締役社長執行役員の田村穂氏
ハウスコム 代表取締役社長執行役員の田村穂氏

「2025年の崖」への危機感からスタートした不動産DX

――2018年から取り組みを開始したという不動産DXですが、かなり早いタイミングですね。

 ちょうどそのタイミングで基幹システムを切り替える話しが持ち上がり、そこからスタートしました。既存システムが複雑化、老朽化、ブラックボックス化すると言われる2025年の崖に先んじて取り組んだ結果です。

 ただ基幹システムを変えるのは本当に大変で、まず現場のスタッフの負担が大きい。入力方法が変わったり、項目が増えたりと「今までよかった」ものが変わってしまうのは誰でも嫌ですよね。現場は相当大変だったかと思います。

――かなり反発も出てきそうですが。

 相当ありました(笑)。これでいいと教えてきたことを変えるのですから、反発があって当たり前ですよね。そうした現場の気持ちを理解しつつ、しかし2025年の崖のために、今変えていかなければいけないのだという現状を説明し、トップダウンで推し進めました。基幹システムは、現場をよくするために変えているものですから、慣れてくれば「変えてよかった」ということを現場も理解してくれる。そこに行き着くまでは、強いリーダーシップのもとすすめることが大事だと思いました。

――当時はまだ不動産会社でのDXに取り組まれていない会社も多かったと思います。参考にした企業などはありましたか。

 GAFAの不動産テック版と呼ばれる「ZORC」(Zillow、Opendoor、Redfin、Compass)の取り組みはかなり注目していました。加えて中国の不動産テック企業も、パノラマを使った内見の方法など、顧客体験という意味では、ものすごく見せ方がうまい。これらのビジネスモデルは参考になりました。

――基幹システムを移行後、まず着手したのはどういった取り組みですか。

 もともと、不動産の仲介事業は成功報酬型のビジネスモデルですよね。でもこれだけで終わりたくないなと。私たちはお客様が快適に過ごせる部屋ご紹介することで、収益が発生しているのに、紹介後はそのおつきあいが途切れてしまう。部屋を借りる時にだけ発生する単発的なお付き合いではなく、入居後のサービスを提供できるようなビジネスモデルに変えたいという思いがありました。

 これは、接客に関しても同様で、数ある仲介会社から選ばれるには、入居後の話ができる営業担当者になることが大事です。そのためには、時間と手間がかかる既存の業務をテクノロジーによって効率化し、営業担当者はお客様に寄り添うための知識を身につけるべき。従業員の体験をよくすることが、お客様の体験も向上させ、新しい価値を生むという流れをつくる。それがDXだと思っています。

――実際に、入居者の体験はどのように変わるのでしょうか。

 例えば、管理会社への問い合わせはいまだに電話が主流ですよね。しかし、帰宅後に連絡したくても、管理会社は業務を終えてしまって問い合わせができない。そんな時もチャットを使って24時間いつでも問い合わせができるような環境を整えたいと思っています。

 この入居者と管理会社をつなぐチャットというのは、当たり前になるべき機能で、なぜなら部屋を借りる層が、今後一気にZ世代へと変わってくるからです。今までは賃貸物件のことであれば、チャットでできなくてもしょうがないと捉えていましたが、デジタルネイティブであるZ世代にはそうした言い訳は通用しません。管理会社も仲介会社も電話でのやりとりは最小限になっていくべきだと思います。

 また、家の探し方も変わってきます。従来は、来店させるまでの時間を短く、来店後の時間を長くというのが一般的でしたが、これが全く逆になる。お客様は不動産仲介会社に訪れるまでにインターネットを使って、ある程度物件を絞り込み、来店後はすぐに内見にいくというのが主流になるでしょう。お客様によっては内見をオンラインで希望される方もおり、来店は最終確認のためという方も出てきています。

 一度来店していただいて、お客様ときちんとリアルの接点を持ちたいという営業担当者の気持ちは大変よくわかります。リアルで会ってお話したほうがお客様の小さな変化にも気づきますし、お客様と物理的に離れるほど不安に思うものです。

 しかし、オンラインミーティングやチャットといったデジタルツールが当たり前になっている今の時代、場所を共有しなくても、時間を共有できるやり方は数多くあります。時間を共有するのか、場所まで共有したほうがよいのか、それを見極めることが大事なのだなと感じています。インターネットを活用して、物件を調査してから来店されたお客様のほうが物件に対する納得度が高いという現象も最近出てきています。

――オンラインでの部屋探しの比率はかなり高くなっているということでしょうか。

 オンラインによるニーズは強く感じますが、最終決定に至る段階では9割のお客様がリアルでの内見と契約を望まれています。現時点ではオンラインで完結されている方が1割程度。ハウスコムではIT重説でももちろん対応していますから、完全オンラインでの部屋探しもできるのですが、最終的にはリアルでお部屋を見たい、契約は対面でしたいと感じている方が多いですね。これは実際に取り組んでみてわかったことですが、お客様の根底にあるのは「最後はリアルで部屋を見たい」という思い。このニーズを的確につかめたのは、リアル店舗があるからこそだと思っています。

リアル店舗はハウスコムの主役であり強み

――対面とオンライン両方の選択肢が出てきた今だからこそ、このニーズを把握することは大事ですね。

 ハウスコムはリアル店舗が主役ですから、お客様の一番近くにいるスタッフが、変化を素早く感じ取れます。オンラインメインのビジネスだとこうはいかない。実際、室内だけであればオンライン内見でも構わないけれど、周辺の環境や、ゴミ置き場、ポストの状態を知るにはリアルで見るほかありません。コロナ前は仕事が忙しく「とりあえず寝るところだけ確保できればいい」というお客様もいらっしゃいましたが、リモートワークが増える中で、自宅の周辺環境が重要視されてきたこともいち早く捉えられました。

 ただ、最後にはリアル内見を望む方も、物件を選定したり、周辺環境をある程度調べたりと、オンラインはかなり活用されています。そこまで下調べした上で、来店されるお客様は多いです。そのためにもオンライン上にお客様がお部屋を選定するための情報を用意しておくことは大事ですし、お客様が対面以外の形でつながれる環境を構築しておくことも必要です。

――DXによってお客様の部屋探し体験は大きく変わってきますね。

 DXによって、まず、営業担当者の体験が変わると思います。今までの接客では、お客様の好みや部屋に求める優先順位を探るために何回かやりとりをして、読み解いていく必要がありました。オンラインを活用することで、それらの情報はすでに得られた状態でお部屋探しを始められます。これによって、営業担当者は部屋探しという本来の業務により集中できます。DXにより従業員の体験価値が上がれば、お客様の体験価値も上がる。そのループは絶対に起きます。

 不動産DXに取り組んでいる会社は増えてきました。しかし私たちのようにリアル店舗を持ちながら、DXに舵を切っている不動産会社はまだ少ないように感じます。リアルをもちつつDXに踏み込むのが難しいと思われるかもしれませんが、異業種を見るとそんなことはない。食品でも衣料でも多く業界がDXへ踏み込んでいます。ただ、見失ってはいけないのは、すべてがすべてデジタル化、オンライン化すればいいのではなく、リアルな接点の重要性をきちんと理解すること。リアルを持っていることは私たちの強みのです。この強みを最大限にいかしつつ、仕事の効率を上げ、従業員とお客様の体験価値を向上していく、そんな不動産DXに今後も取り組んでいきたいと考えています。

CNET Japanでは不動産テック オンラインカンファレンス2022「「スマートな住まいや街がもたらす暮らしのイノベーション」を2週間(8月30日〜9月9日)にわたり開催している。9月6日には、ハウスコムの田村穂氏が登壇する予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、ハウスコムの取り組みをより深く知りたい方はぜひ参加してほしい。

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