パナソニックグループCEOの楠見氏が話す--事業会社制、経営基本方針とコミュニケーション(前編)

 パナソニック ホールディングス グループCEOの楠見雄規氏が合同取材に応じ、「社員が活き活きとし、それによって成長していく会社を目指したい。幸せのチカラになることを実現する会社になりたい」と、パナソニックグループが目指す姿を示す一方、「経営指標のなかで一番重視するのは営業キャッシュフロー。事業会社が主役となり、自分たちで稼いだお金でしっかりと投資をし、成長していく」と、事業会社を軸とした経営姿勢を改めて強調した。また、2021年10月に60年ぶりに実施した「経営基本方針」の改訂について、国内従業員の半分がそれを知らないと回答した事実を受け、社内の情報にアクセスしやすい体制を構築。楠見グループCEO社長自らが企業向けのソーシャル ネットワーク「Yammer」を通じた双方向型の情報発信をより積極化させ、社内のコミュニケーションの活性化も図る考えも示した。

 パナソニックグループは、4月1日付で、持ち株会社のパナソニックホールディングスを発足し、8社の独立法人を設置。事業会社主体の「事業会社制」へと移行している。

パナソニック ホールディングス グループCEOの楠見雄規氏
パナソニック ホールディングス グループCEOの楠見雄規氏
パナソニックグループ新体制
パナソニックグループ新体制

 それにあわせて、パナソニックグループでは、2024年度までの経営指標として、3年間の累積営業キャッシュフローで2兆円、累積営業利益は1兆5000億円、2024年度のROE10%以上を目標に掲げた。

 パナソニック ホールディングスの 楠見グループCEOは、「メディアは累積営業利益の話しか書いてくれなかった」と注文を出しながら、「一番重視するのは営業キャッシュフローである。お金があって、初めて投資ができるが、営業利益は、お金のそのものを表していない。営業利益は工夫の仕方で、お金の実力値を、よりよく見せることができる。それではいけない。自分たちで稼いだお金でしっかりと投資をしていくことが大切であり、従業員に報いて、税金を払い、その上で投資を行っていく。そのお金を明確にするために、営業キャッシュフローを重視する。3年間の累計営業キャッシュフローの2兆円は、事業会社から出てきたものをまとめ、少し調整はしているが、ほぼ集計値に近いものである」とした。

 2兆円の累積営業キャッシュフローとともに、キャッシュフロー創出については、資産売却などを想定しているが、「これは、資金需要の必要性において行うものではなく、休眠資産、余剰資産が対象になる。事業売却は含まれておらず、具体的に考えていない。現時点の事業ポートフォリオは、完成したひとつの形であり、それによって事業会社制をスタートできたと考えている」と述べた。

 投資戦略については、事業会社自らが稼いだキャッシュをもとに、あるべき姿に向けて、自ら投資を行い、それぞれの事業領域でさらなる成長を目指すことを基本姿勢としながらも、それとは別に、グループ全体の戦略投資枠を用意。2024年度までの3年間で、成長領域に4000億円、技術基盤に2000億円の合計6000億円の投資を発表している。
「成長領域への投資は、4000億円に限るわけではない。必要であれば、さまざまな資本政策も考えていく」とする。

基本姿勢は、事業会社が責任を持ってやってもらうこと

 パナソニックホールディングスによる成長領域への投資では、「車載電池」「サプライチェーンソフトウェア」「空質空調」の3つをあげているが、「おんぶにだっこで支えていくつもりはない。基本姿勢は、事業会社が責任を持ってやってもらうことになる」との姿勢を示す。

成長投資:車載電池領域
成長投資:車載電池領域
成長投資:サプライチェーンソフトウェア領域
成長投資:サプライチェーンソフトウェア領域
成長投資:空室空調領域
成長投資:空室空調領域

 パナソニックホールディングスでは、この投資について、「成長領域」という表現を用い、「戦略領域」「重点領域」「コア事業」という言葉を使っていない。この点にも、楠見グループCEOのこだわりが見える。

 「戦略領域や重点領域、コア事業は、事業会社が使う言葉であり、事業会社が投資していく領域のことを指す。まさに、事業会社が戦略的に投資をしていくことを意味する。それに対して、パナソニックホールディングスの成長領域とは、事業会社の投資範囲を超える部分をサポートするものであり、それが車載電池、サプライチェーンソフトウェア、空質空調の3分野となる。いずれも環境貢献が大きい分野であることに加えて、電池は投資が先行する領域、BlueYonderはまだパーツがそろい切っておらず、お客様にお役立ちする領域を狙っていくには非連続な投資が必要である。そして、空質空調は、空質部門と空調部門を一緒にして半年を経過した時点であり、新たな挑戦、新たな市場開拓に投資をしていく必要がある。いまの収益性ではスピーディーに動けないと判断して、ホールディングスで投資をしていくことになる」とした。

 「私自身がエゴや私欲で事業投資に関与することはない。それぞれの事業の競争力、お役立ちがはっきりとしてくれば、お客様が選んでくれる。選んでくれるからこそ成長がある。選んでもらえるだけの投資をしていかなくてはならない」とも述べた。

EV市場への参入「自動車メーカーと対抗する選択肢は考えていない」

 パナソニックホールディングスによる成長領域への投資では、「車載電池」が大きな鍵となるだろう。

 楠見グループCEOは、「車載電池事業は、液晶パネル事業と同様に、ひとつの工場を作るのに数1000億円の投資が必要である。装置産業という点では変わらないように見える。だが、電池は形状を変えずに容量の進化が可能である。液晶パネルはサイズが変わり、大画面のパネルを作るために、新たな設備が必要になる。その点が大きく異なる。パナソニックは、ケミカルの進化には強いが、生産性の進化では後手に回っているところがあった。厳しい競争ではあるが、ケミカルの進化に加えて、コスト、稼働率、人の生産性において、競争力を持つことができれば成長することができる。電動化は、液晶テレビ以上に市場が広がると見ている」などと述べた。

 なお、EV市場への直接参入については、「パナソニックは、クルマをつくるところに打って出るよりは、車室内の『空間』に貢献できる部分が大きいと考えている。また、電動化を支えるデバイスで貢献したい」とし、「パナソニックは、ティア1の事業を持っているため、正面を切って、自動車メーカーと対抗する選択肢は考えていない」と否定した。

 事業会社制のスタートとともに、円安が急速に進展。さらにウクライナ情勢の影響やコロナ禍でのサプライチェーンへの影響も引き続き懸念材料となっている。

 「円安は続く可能性があるとみている。インパクトを受けるのが家電の領域であり、追い風を受けるのがデバイスである。事業会社ごとに差があるが、グループ全体では均衡が取れる状況にある」と述べる。

 また、ウクライナ情勢については、状況の悪化や国際社会への影響などを捉えながら、「今後、情報に関するファイアウォールを設けることは考えている。また、パナソニックグループは、ロシアでの事業規模は小さいが、中国での事業規模は大きい、政治的な話が、経済活動や事業運営にどう影響するかは未知数である。現時点では、中国の政治の影響は、パナソニックグループの事業活動には影響がない。だが、ロシアに端を発する原材料価格の高騰の影響が生まれており、それへの対策は重要である。ウクライナ情勢は、リスクマネジメント上のテーマのひとつである」とした。

社員スマホから社内イントラにアクセス可能にした理由

 パナソニックは、2021年10月1日に、60年ぶりに経営基本方針を改訂した。新たな経営基本方針は、従来からの基本的な考え方と、行動の指針を再び浸透させるための改訂と位置づけ、原点となる考え方はそのままに、社員が忘れてはならないことを抽出し、現代に通じる指針にまとめなおしたという。楠見グループCEOも、編集メンバーの一人に加わり、約4カ月間に渡って、社員と議論を重ねて作り上げた。

 楠見グループCEOは、「これまでのパナソニックは、原点を失っていたことは確かであり、経営基本方針に対する意識が薄れていた。それは、経営において優先すべきことはなにかが薄れていたということでもあった。そこで、経営基本方針を改訂し、よりわかりやすくした」という。

 新たな経営基本方針では、一人ひとりが持てる能力、スキルを最大限に発揮し、その一人ひとりがあるべき理想の姿を考え抜き、お互いに言うべきことを言い、多様な人財の異なる意見を積み重ねて迅速に質の高い意思決定をし、弛みなく改善を重ねることを明確にした。これにより、誰にも負けないお客様や社会へのお役立ちを果たすことや、常に現在の状況を素直に見極め、現在の方向性が社会の状況に合わなかったり、より良い方策があったりすれば、躊躇せずに、少しでも早く、より良い新たな道を選ぶ姿勢を持つことなどを示している。

 また、物と心が共に豊かな理想の社会の実現を目指す「物心一如」、お客様大事の心構えを、誰よりもしっかりと実践し、お客様の信頼を得る「一商人」、一人ひとりが、全能力を傾けて、よりよい手段を生み出し、それに果敢に挑戦し、より多くの成果をあげることに責任感を持つ「自主責任経営」と「社員稼業」の考え方を徹底することなども盛り込んでいる。

 2021年10月に新たな経営基本方針を発表した時点で、楠見グループCEOは、「社員に経営基本方針を読んでもらうだけでは浸透しない。これを実践することが大切である。浸透させ、実践するためには、あの手、この手でやっていく」と発言していたが、先ごろ、想定外の事態となっていたことが明らかになったという。というのも、国内の従業員を対象に、経営基本方針を改訂したことに関するアンケートを実施したところ、「知っている」と回答した社員は、わずか半分に留まっていたのだという。

 「社内イントラネットで発信しても、それを見る機会がない社員がいる。工場で働いていたり、サービス拠点や販売現場の第一線で働いていたりする社員は、共用のパソコンに触れることはあっても、自分のパソコンで作業をするという機会が少ないため、どうしてもイントラネットを見る機会が少なく、物理的に届いていない、見る機会が行くないという結果が生まれる。仕組み上、社内イントラネットにアクセスしにくい社員が一定数いた」と、その理由を示す。

 そこで、4月からは、個人のスマホでも、社内イントラネットにアクセスでき、経営基本方針が見られるようにしたという。

 「創業者である松下幸之助が語った言葉は、その時代の言葉で示されており、そのまま伝えても伝わりにくい。また、競争環境が変わるなかで、当時の言葉が響かなくなっている部分もある。競争力を高めるという上では、もっと他社に学ばなくてはならないという部分もある。それらも盛り込んで改訂したのが新たな経営基本方針であり、この考え方を、社員一人ひとりまで広げることが、人を育てる第一歩となる。それを習得した上で、それぞれの仕事を進めるスキルを高めていく必要がある」と述べた。

 コミュニケーションの強化は、楠見グループCEOにとって大きな課題といえるだろう。
事業会社の自主独立経営が事業推進のベースになるため、そのままでは、持ち株会社と事業会社との間に、自ずとコミュニケーションの溝が生まれやすい体質になってしまうからだ。

 楠見グループCEOは、「一番怖いのは、持ち株会社が、机上の空論で方針を発信することである。これは避けたい」と自らに言い聞かせる。

『どこの会社よりもパナソニックの社員はよくやってくれる』と言われたい

 2021年度は、製造拠点を中心に20数拠点回り、直接対話をする機会を設けたり、Yammerを活用した双方向コミュニケーションにも取り組んでいる。

 「これまでは、社長ブログをホームページに掲載するだけであったが、それをやめて、Yammer」投稿したものもホームページも掲載するようにした。だが、なるべくYammerから読んでもらうように提案し、双方向でコミュニケーションするようにしている」という。

 この手法は、2019年から務めていたパナソニック オートモーティブ社の社長時代から行っていたもので、「最初は、オートモーティブの社員ばかりがコメントしてくれた」と苦笑いする。だが、「いまでは、さまざまな事業会社のさまざまな階層の社員が反応してくれるようになった。階層を超えてダイレクトにコミュニケーションするなかでは、ポジティブな意見ばかりでなく、最近では、ありがたいことにネガティブなコメントも出てくるようになった。こうした社員との直接コミュニケーションには、これからもこだわっていく」と語る。

 また「事業会社化することで、一部のお客様を除いて、お客様と第一義で向かい合うのは、事業会社の社長である」とし、「私自身が、かなりの頻度で事業会社のトップと話をする機会を持っている。さらに、四半期に一回、事業会社のトップ、事業部長、BU(ビジネスユニット)長を含めた300人強と、オンラインでつないで話をしている。私が考えていることに対しては、賛否両論あるかもしれないが、その内容を理解してもらっていると感じている」と述べた。今後も社内外のコミュニケーション手法については、改善し、強化していくことになりそうだ。

 楠見グループCEOに、中期計画の最終年度となる2024年度に、どんな会社になりたいのかを尋ねてみた。

 楠見グループCEOは、「アナリストから、『累積営業キャッシュフローで2兆円を達成しましたね』と言われたら、それはうれしい」としながらも、「それよりも、社員が活き活きとして、どんどん挑戦している会社であると言われたり、社員がお客様のお役に立つことを行い、『どこの会社よりもパナソニックの社員はよくやってくれる』と言ってもらえるようになることが一番うれしい」と答えた。

 そして、「その素地を作るためには、自分たちの仕事を、よりよい方法に変えていったり、より業務の効率をあげたり、お客様へのお役立ちを、それぞれの事業が創り出すことに向けて、一人ひとりが一生懸命やっていくことが大切である」とする。

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