2022年4月1日、パナソニックグループが持株会社制に移行した。パナソニックホールディングス(PHD)を持株会社として、その傘下に独立法人を設置。白物家電や空質空調事業を行うパナソニック(PC)、車載事業を担当するパナソニック オートモーティブシステムズ(PAS)、テレビやデジカメなどを担うパナソニック エンターテインメント&コミュニケーション(PEAC)、住宅設備や建材の製造、販売を行うパナソニック ハウジングソリューションズ(PHS)、ソリューション事業を担当するパナソニック コネクト(PCO)、デバイス事業を行うパナソニック インダストリー(PID)、電池事業などを行うパナソニック エナジー(PEC)の7つの事業会社が、それぞれに独立性を持った自主責任経営を推進することになる。
パナソニックホールディングス グループCEOの楠見雄規氏は、「新たな事業体制は事業会社が主役であり、パナソニックグループでは、持株会社制ではなく、事業会社制と呼んでいる。各事業会社が、社会やお客様と向き合い、自主責任経営を徹底し、競争力強化を加速することになる」と新体制の狙いを説明した。
白物家電事業などを行う新パナソニックには、くらしアプライアンス社、空質空調社、コールドチェーンソリューションズ社、エレクトリックワークス社、中国・北東アジア社の5つの社内分社があり、家庭から店舗、オフィス、街に至るまでのくらし空間を対象にした商品、サービスを提供する。
また、スタッフ部門で構成するパナソニック オペレーショナルエクセレンスや、スポーツ事業を担当するパナソニック スポーツなど、専門的な機能を持つ新会社も、子会社として設立している。
新たな体制を「事業会社制」と呼ぶパナソニックグループでは、単年度および中期計画の経営指標についても、各事業会社が発表することになっており、その多くは2022年6月に開催される予定のIRDayで明らかになりそうだ。
実際、楠見グループCEOは、グループ全体での経営指標を打ち出すことに、消極的な姿勢をみせていた。だが、新体制にスタートにあわせて、パナソニックグループ全体の経営指標として、2022~2024年度までの累積営業キャッシュフローで2兆円、累積営業利益で1兆5000億円、2024年度のROE10%以上を目標することを打ち出してみせた。
楠見グループCEOは、「これまでの3年間は、売上げや利益、営業利益率が中期計画の中心になり、それを達成することが目的化していた。変化が速い時代だからこそ、長期視点で大きな社会変革を想定し、その変革のなかでお客様にとってのベストはなにかを見据え、その姿からバックキャストすることで戦略の解像度をあげていく必要がある。長期視点の経営に変えていく考えだ」とする一方、「将来の社会へのお役立ちに向けて、十分な投資を行うためにはキャッシュ創出力が重要である。それを推し量る指標として、累計営業キャッシュフローの目標を設定した。営業利益率などの目標は設定するつもりはなかった」とコメントした。
掲げた累積営業利益目標の水準は、過去3年間と比べても1.5倍以上となる。「いままでの実績に比べると、意欲的な目標に見えるかもしれない。また、ウクライナ情勢などによって発生する可能性がある大幅な原材料費の高騰などについても十分に盛り込めていない」と語りながら、「だが、原価力にはまだ改善の余地がある。目線をここまであげて、改善につぐ改善をやっていくことになる」とする。
原価力改善の余力の事例としてあげたのが、中国・北東アジア社での実績だ。この2年間で、家電商品の原価を20%以上低減し、競争が激しい中国市場においても利益を出しながら、価格で戦っていける商品を生み出したという。
「この事例からも、グループとしてコスト力や収益力を高める余地があるという手触り感を得ている。空質空調分野を中心とした新パナソニックや、Blue Yonderやアビオニクスを持つパナソニックコネクト、デバイス領域を担当するパナソニックインダストリーでの利益成長が大きいと見ている」とした。
一方で、パナソニックグループとしての投資戦略についても明らかにした。2024年度までの3年間で、成長領域に4000億円、技術基盤に2000億円の合計6000億円を投資することになる。
楠見グループCEOは、「前提としているのは、事業会社自らが稼いだキャッシュをもとに、あるべき姿に向けて、自ら投資を行って、それぞれの事業領域でさらなる成長を目指す仕組みである」としながら、「それとは別枠で、グループとしても戦略的に投資をしていくことになる」とする。
また、同社が取り組む社内DXプロジェクト「Panasonic Transformation(PX)」においても、これらとは別に3年間で1240億円を投資し、150テーマにおいて、事業会社の競争力強化を支援するという。
成長領域への投資では、「車載電池」、「サプライチェーンソフトウェア」、「空質空調」の3つをあげた。
車載電池では、高容量の4680セルへの投資をあげ、「業界最速で事業化する。すでに和歌山工場での高生産性ラインの実証を開始し、2023年度に量産化する予定である。まずは和歌山工場で、競争力を確保できることをしっかりと見極める。量産化における資本戦略はさまざまな可能性がある」とした。
サプライチェーンソフトウェアは、Blue Yonderを軸とした投資になる。「現場の各種データの収集、蓄積、分析を活用して、業務プロセスの最適化、サプライチェーン全体の最適化、顧客の経営効率の向上に貢献する。Blue YonderのAI精度を高め、豊富なソリューションパッケージを提供する。サプライチェーン全体のムダと滞留を無くすことができ、その結果、使用エネルギーの削減につなげ、環境負荷軽減にも貢献できる」と述べた。
空質空調では「ナノイーX」や「ジアイーノ」、調湿技術などの独自テクノロジーに投資。空質と空調を融合した連携システムの開発を進めるという。「欧州、中国、日本を中心に、販売、エンジニアリング、サービス基盤を整備するための投資も行う」とした。
また、技術基盤への投資では、「水素エネルギー」と「CPS(Cyber Physical System)」をあげている。
水素エネルギーでは、家庭用燃料電池のエネファームや、純水素型燃料電池の「H2 KIBOU」により、電力分野の脱炭素化に貢献。各家庭や工場、各種施設に設置した分散型電源や蓄電池、電動車などをつなぐエネルギーマネジメント技術を確立して、電力の有効活用と社会のクリーンエネルギー化に貢献する考えを示した。
また、CPSでは、北米で2021年9月からサービスを開始した「Yohana」に代表されるパナソニックの商品と、AIやソフトウェア技術などを組み合わせて体験価値を提供するサービスのほか、生体センシング・感情認識技術を用いて、人の状態をサイバー空間上でモデル化し、実空間の課題を可視化し、最適解を提供するサービスを、オフィスやくらし空間などに幅広く展開していく考えを示した。
また、環境への取り組みや、くらしと仕事のウェルビーイングに貢献する共通技術基盤を強化。新技術の探索のためにスタートアップ企業への投資も行っていく考えも明らかにした。
楠見グループCEOは、2021年4月にCEOに就任して以来、2021年度と2022年度を、競争力強化の2年間に位置づけている。
「1年目を振り返ると、競争力強化の一歩を踏み出すことはできたものの、自主責任経営の定着は道半ばであり、2022年度はこれを再徹底していかなくてはならない」とする。
その一方で、今回示した中期計画のゴールについては、「3年後にKGIのすべてを満たせば、90点、100点という点数が付けられるが、及第点の最低ラインである60点をクリアするには、改善、改革のスピードがどこにも負けず、スピーディーに向上、発展する風土を作ることが必要であると考えている。これが達成されれば多くのことにプラスの影響を及ぼす。できれば、この1年でそこまで到達したい」と語る。
楠見グループCEOがこだわっているのは、「戦略構築における長期視点やお客様視点の徹底」と、「変化対応力とスピードを卓越したレベルに引き上げること」の2点である。
「パナソニックグループが目指す姿は、創業者が掲げた『物と心がともに豊かな理想の社会』の実現であり、いま取り組むべきことは、地球環境問題の解決と、人々のウェルビーイングの実現である」とし、「目先の利益や現状の延長線上ではなく、長期視点で構築した戦略と、事業のスピードを高めるオペレーション力によって、競争力を強化していく」と語る。
事業会社の競争力を高めるために、「一人ひとりが活きる経営」と、「オペレーション力の徹底強化」を打ち出し、社員に挑戦できる機会を提供し、多様な働き方の実現を支援。ジョブ型人財マネジメントの導入や、スキル向上支援の継続的実施、さらには昇格選考における過度な負担も廃止することを示した。また、事業会社ごとに人事制度や人財育成体系を最適化し、各事業におけるプロフェッショナル人財の育成を支援したり、公募制度の条件緩和により、グループ全体での人材交流プログラムを活性化したりといったことにも取り組む。加えて、ミドルマネジメント層の業務負担を軽減し、部下の勤怠管理などの正味付加価値を生まない仕事を、ITを使って削減および効率化することなどにも取り組むという。
2022年4月には、オペレーション戦略部を新設して、事業会社ごとに専任の「伝承師」を任命。あらゆる現場でのムダ取り活動を推進するなど現場改革にも取り組む考えだ。
「2024年度には、すべての拠点において、デジタル技術を活かした、たゆまぬ改善活動が常態化している形にしたい」と述べた。
一方、パナソニックグループの新たなブランドスローガンとして、「幸せの、チカラに。」を発表した。
新たなブランドスローガンは、「変化する世界のなかでも、お客様に寄り添い持続可能な『幸せ』を生みだす『チカラ』であり続けたいというグループの存在意義を表現したもの」という。
同社では、2013年から「A Better Life, A Better World」をブランドスローガンとしてきた。今回のブランドスローガンの変更について、楠見グループCEOは次のように語る。
「A Better Life, A Better Worldは、パナソニックの綱領にある『社会生活の改善と向上を図り、世界文化の発展に寄与せんことを期す』を表現している。創業者である松下幸之助が生涯を通して追い求め続けた『物心一如の繁栄』をわかりやすくしたものである。だが、こうしたスローガンの意図や、綱領の意図をきちんと理解しないまま、お客様に寄り添うことなく、自分目線での『Better』を、プロダクトアウト的に提供する事例が散見された。そこで、『物心一如の繁栄』によって、人生の幸福の安定に貢献するのがパナソニックの使命であることを、いつも思い起こせるように、新たなスローガンを掲げた。社員一人ひとりが、お客様一人ひとりの幸せに寄り添って欲しいという私の思いも含まれている。2030年の目指すべき姿に向けて、パナソニックグループのすべての事業会社が、お客様一人ひとりの幸せのチカラになることを誓い、お客様の期待を超える、優れた商品やサービスを提供し、お役立ちを果たしていく」と語った。
また、環境戦略についても新たな指標を発表。全世界CO2総排出量の約1%にあたる3億トン以上の削減インパクトを目指す。
2022年1月に発表したグループ長期環境ビジョン「Panasonic GREEN IMPACT」などを通じて、自社バリューチェーン全体のCO2排出量を1億1000万トン削減する目標を掲げていたが、車載電池の環境車への普及や、サプライチェーンソフトウェア事業などの既存事業領域での1億トンの削減貢献インパクト、水素エネルギー領域などの新技術、新規事業の創出で、社会のエネルギー変革を通じて、1億トンの削減貢献インパクトを新たに盛り込んだ。
「パナソニックが使うエネルギーの削減と、それを超えるクリーンなエネルギーの創出、活用を推進してきたが、こうした自社が使うエネルギー、創るエネルギーの比較から、社会全体のCO2削減という課題に対する当社の貢献に視点を改めた。再生可能エネルギーに転換すれば、それでいいということではなく、できるだけ早くCO2排出量を削減することに取り組む」と述べた。
約1年半の準備期間を経て、いよいよパナソニックの事業会社制がスタートした。独立性を強め、経営スピードを高めながらも、グループとしてのシナジーをどう発揮するのかは、今後の課題といえるだろう。楠見グループCEO体制による本格的な船出が始まった。
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