CNET Japanは、2月21日〜3月4日の2週間にわたりオンラインカンファレンス「CNET Japan Live2022」を開催した。テーマは「社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション」。社内の知恵を募集する社内ビジネスコンテストや、複数企業の強みを掛け合わせるオープンイノベーションなどに、今まさに取り組んでいる挑戦者たちをスピーカーとして迎えた、全18のプログラムで構成されたオンラインイベントだ。
2月25日には、NTTコミュニケーションズ株式会社(NTT Com)が2020年から取り組んでいる「日本版スマートソサエティ構想」について、プロジェクトメンバーの1人であるテ ナイントン氏が進捗などを解説した。現実世界に近い仮想空間、いわゆるデジタルツインコンピューティングによって社会課題解決を目指すものだが、この4月にいよいよ実証実験の段階へ進むことになる。
同社が推進している日本版スマートソサエティ構想は、「あることはわかっているが、どのようにして解決すればいいのかわからない課題」を、デジタルツインコンピューティングなどの技術を用いて解決へ導くことを目的としたもの。現実世界と同様の3D空間でシミュレートして課題やニーズを顕在化させ、それに対してさまざまなアイデアを埋め込んで検証することで、最終的に現実世界にも実装して解決を図る、というのが基本的な考え方だ。
そのうえで同社としては、「ユーザーの潜在ニーズや、ユーザー自身も気付いていないあいまいなニーズ、さらにはサイレント・マジョリティを含む市民の声や行動をシミュレーションによって可視化し、個人の行動変容や、団体の意思決定・合意形成を促す」ことと、「企業・行政などの共創パートナーと、課題解決やニーズの充足を目指せる仕掛けを作っていく」ことを狙っている。
仮想空間を使用するという意味では昨今はメタバースも話題だ。この点についてナイントン氏は、デジタルツインコンピューティングはあくまでも現実世界の“デジタル版コピー”であり、現実にはない仮想世界も再現できるメタバースとは似て非なるものだと説明する。市場規模についても、デジタルツインは17兆円(2030年)、メタバースは46兆円(2028年)と別けて見込まれている。AI分野は2030年に23兆円と目されているため、デジタルツインはそれに次ぐ規模感で期待されていると言えるだろう。
そんなデジタルツインを用いた「日本版スマートソサエティ構想」の第1弾として同社が現在取り組んでいるテーマが、気象災害だ。「経済損失のインパクトが大きく、かつ社会的にも意義があること」であり、NTTグループとしても、災害が発生した場合に同社がもつ通信設備などのインフラに影響が出る可能性があることを考えれば、重要な取り組みだ。
その気象災害のなかでも、まず水災害に焦点を当て、高い発生確率が予測されている江東5区を対象に、該当地域に居住している人たちに参加してもらう「デジタル防災訓練」を実施することにした。これによって災害発生前後の「個人の行動を可視化・再認識し、防災・減災につながるよう変容させていく」とともに、そこであぶり出された課題に対して「企業・行政とともに解決する方法を模索していく」ことを目指す。
プロジェクトがスタートしてから2年、その間に同社は東京都江東5区の一部を3D空間として作り上げた。地形データは国土交通省が主導するオープンデータをベースに、ゼンリンの地図情報も活用。国土地理院の資料などから浸水の範囲や深さを想定し、東京理科大学理工学部二瓶泰雄教授の技術指導の下、時間とともに被害状況が変化するシミュレーション環境を仮想空間内に再現した。
江東5区のハザードマップなどによれば、周囲の河川が氾濫した場合、最大10メートル以上の浸水被害が予測され、その状態が2週間以上継続し、住民の9割以上にあたる250万人が被災するとされている。そうした前提で、PC上で発災前から発災後までを体験できるシミュレーション環境に仕上げ、地元のPTAやマンション管理組合、学生、企業など数十名を対象に、実証実験の前段階となるフィジビリティスタディを2021年から実施してきた。
このフィジビリティスタディを通じてナイントン氏は、日本では地域や施設ごとに防災訓練を行っているが、その多くが火災や地震を前提としたもので、従来のやり方では水害発生時の訓練として役に立つかどうかがわからないのでは、という気付きがあったとした。
また、防災訓練を実施するには「人を物理的に集める必要があるので時間・場所のコストかかる」が、デジタル防災訓練ならそうした問題がないというメリットを改めて実感したという。最初はデジタル防災訓練を行い、その後に気になった部分をリアルの防災訓練で確かめる、というハイブリッドな方法も考えられるとも話した。
3D空間の映像クオリティについては、まだ向上の余地はあるとしながらも、リアルであればいいわけではない、とも付け加える。あくまでもシミュレーションの目的は「人がどういう行動するのかを把握し、後で振り返れるようにすること」であり、CGがリアルになりすぎると「人によっては関係ないところに目がいって、本来の目的からそれてしまう」可能性がある。
参加者が想像で補うくらいのリアルさの方が現実に近い行動をとりやすいとも考えられるため、ナイントン氏は「そこのバランスをとるのは難しい」と述べつつも、今後も映像クオリティについては試行錯誤を繰り返していくとしている。
2021年から始めたフィジビリティスタディの結果を受け、2022年4月からは、その次の段階となる実証実験の段階へと移っていく。実証実験では、参加者をさらに広げ、より多くのユーザーの声を拾い上げるとともに、パートナーとなる企業・行政の参加も促し、社会課題解決プラットフォームとしての可能性をより細かく検証していく計画だ。
パートナーとして想定しているのは、第1に衣食住やモビリティなど、社会インフラを担う企業。それ以外にも、「人・物に関する保険、不動産、都市開発、防災用品、医療」に関係する企業にも参加してほしいとナイントン氏。当面は江東5区を対象とし、シミュレーションの参加者も地域住民に限定されるそうだが、いずれは一般公開して他の地域の人たちも体験できるようにしたいとのこと。体験するための環境は、近いうちにスマートフォン版も用意し、2024年以降はVR/ARヘッドセットやVRスーツなどに対応することも検討している。
最後にナイントン氏は、「社会課題というのはユーザー1人1人の課題の集まり」であり、共創によって「ユーザー1人1人のニーズや課題を必要な時に、必要なところで答えとして提供できる」ことが、社会課題解決への道になると語った。
「当社だけのピースでは足りない。いろいろなピース(企業)を掛け合わせていくことでユーザーがシームレスに(プラットフォームを)使えるようになる」という意味でも、同社の日本版スマートソサエティ構想は「共創なしにはなしえないプロジェクト」であると断言し、多くの企業・行政の参加を改めて訴えた。
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