企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。現在は特別編として、森ビルが東京・虎ノ門で展開するインキュベーション施設「ARCH(アーチ)」に入居して新規事業に取り組んでいる大手企業の担当者さんを紹介しています。
今回は、ライオン ビジネス開発センター ビジネスインキュベーション 主任部員の廣岡茜さんにお話を伺いました。廣岡さんは、自らの経験をもとに考案した、近くのお店に夕飯づくりをお任せできるテイクアウトサービス「ご近所シェフトモ」(以降、シェフトモ)の事業開発責任者です。前編では、シェフトモ開発した経緯と立ち上げまでの話を伺います。
角氏:廣岡さんはイントレプレナーとして活躍されていますが、大企業内で新規事業に挑戦している女性ってまだ少ないんですよね。個人的には女性のイントレプレナーをもっと増やしたいと思っていて、廣岡さんにロールモデルになってもらえればとの期待を込めて今回お招きしました。まずは自己紹介と、シェフトモを考案されるまでの話をお聞かせください。
廣岡氏:2006年に新卒でライオンに入社しまして、最初の2年半は札幌で営業を担当していました。雪が降る中で洗剤の段ボールを担ぎ、ドラッグストアなどの店舗で商品の陳列をしていたのですが、心の中では入社時からマーケティング部門や本部で働きたいと思っていました。それで、当時人材育成の一環として実施していた事業アイデアコンテストに初年度から応募して、何とか爪痕を残そうと機会を伺っていたんです。
角氏:毎年応募していたのですか?
廣岡氏:はい。毎年最終選考まで行っていて、3年目に優勝できました。それがきっかけでしょうか。2009年4月からマーケティング部門の衣料用洗剤の開発の部署、ファブリックケア事業部に異動しました。
角氏:花形部署じゃないですか。
廣岡氏:あこがれの部署に移ることができ、その後商品企画の仕事を続けていたのですが、途中産休・育休で半年休んだんです。仕事が好きなので半年で戻ったのですが、仕事に復帰したときに夫が忙しくてワンオペ育児になってしまい、家の中のことが全然できなくなってしまいました。その中で特に苦痛だったのが料理だったんですね。
角氏:料理には時間がかかりますしね。
廣岡氏:料理を趣味にできる人はリフレッシュできるからいいと思うのですが、私の場合は冷蔵庫の中身の管理から買い物、献立を考えて作って洗い物をしてというのがすごく苦痛で。飲食店に行って食べるのは大好きなのですが、前後を自分でやるのは苦痛に感じていて、もっとこの時間をプライベートの子どもと接する時間や仕事の時間に使いたいと思っていました。
角氏:僕は料理ができないので妻が作ってくれるのですが、廣岡さんのご事情はわかります。旦那に晩御飯の献立を聞いても、「何でもいい」と言いがちですし。仕事が好きで仕事がしたいのに、そこにエネルギーと時間を投下しなければならない苦痛は共感できます。
廣岡氏:そういう原体験があって、仕事とプライベートが織り交ざっている中で生まれたのがシェフトモなんです。
角氏:なるほど、そうだったんですね。
廣岡氏:とはいっても家族が食べていかなくてはならないので、夕食のおかずを近くの飲食店さんに作ってもらったのがそもそもの発端です。それが凄く良くて周りに勧めたら、結構な人に共感してもらえたんです。それでこれはビジネスになるかも?と思い始めた時に、社内で新価値創造プログラム「NOIL」というビジコンが始まりまして、思いをぶつけたところ評価してもらい採用されました。いま3年目になります。
角氏:シェフトモの事業内容について教えていただけますか。
廣岡氏:一言でいうと、近くのお店に夕飯のおかず作りを頼めるサービスです。ターゲットは利用者側は共働き家庭がメインで、飲食店側は中小規模の個人飲食店が中心で、双方を地域内でマッチングするイメージですね。デリバリーではなくテイクアウトで、お弁当ではなく、食卓に並べられるようなおかずを作ってもらいます。近くのお店の日替わりの献立表がLINEで送られてきて、利用者がそれを見て注文する形で、前週の金曜日までに注文する予約販売制になります。
角氏:一般的なデリバリーやテイクアウトメニューとどこが違うんですか?
廣岡氏:メニューが一般的な家庭料理風になっているところですね。通常のデリバリーやテイクアウトサービスは、お店で出しているメニューが提供される形ですが、シュフトモは食卓で普段食べているような家庭料理風のメニューを飲食店に作ってもらっています。
角氏:たとえば、インパクトのあるグリーンカレーではなく、家のカレーを出してくれると。
廣岡氏:イメージとしてはそうです。そうなっていない店もありますが(笑)。あとは献立を考える部分です。私自身デリバリーサービスも頼むのですが、店を選んでいる作業は献立作りと一緒ですから、その考えるところまでをお店に任せてしまおうと。
角氏:なるほど、わかりました。材料を買ってきて何を作るか考えて調理するまでの一連のプロセス全部が料理であって、それを代行してもらっていると。デリバリーサービスだとまだ考えるところが残っているということですね。
廣岡氏:そうです。
角氏:ちなみにシェフトモを考えたのは、コロナの前?
廣岡氏:考えたのは前です。PoC(※アイデアを実現する前の概念実証)も。
角氏:その時からすると、状況がだいぶ変わっていますが。
廣岡氏:私たちのサービスには追い風でした。飲食店さんがマネタイズポイントを増やすためにテイクアウトやデリバリーをやらざるを得ない状況になって、容器もノウハウもありましたし。予約販売に関しても、個人経営の店舗だといきなり「20分後に配達員が行きます」と連絡が来ると大変ですが、シェフトモは前週の金曜日に注文数が決まっているので、次の週に仕入れて準備すればいいですから。
角氏:なるほど。それはやりやすいですね。
廣岡氏:お客様からしても、デリバリーサービスを頼むときは、「今日は忙しいからスマホで簡単に頼もう」といった具合にレスキュー的な利用が多いですが、シェフトモはあらかじめこの日とこの日と決まっているので、「今日は作らなくていい日」と、朝から時間を有意義に使えます。
角氏:休みの日があらかじめ決まっているようなものですね。コロナになってから爆発的に利用者は増えましたか?
廣岡氏:そこまでは(笑)。でもシェフトモが飲食店さんの営業に少しでもお役に立てればと思います。
角氏:廣岡さんの事業開発の形は理想的というか、顧客理解の解像度が全然違うんですね。自分が使ってお金を払いたいと思うかという考えがキーになっている。自分の周りで使ってみてからとのお話でしたが、プロダクトのプロトタイプにあたるものを自分の周りの飲食店に頼んでやってもらったということですか?
廣岡氏:そうですね。たまたまPoCができていた形です。
角氏:まさに「ナチュラルボーン新規事業担当者」なんですね(笑)
廣岡氏:商品開発をしているときから、お客様のペインを解消するような商品作りをしたいという思いが強かったんです。衣料用洗剤はいろいろなメーカーが自社の商品を選んでもらうために技術を高め、パッケージや香りを工夫してCMを打ち、切磋琢磨しているんですね。でも隣に100円安い洗剤が売られていたらお客様はそっちを買ってしまう。それが空しくて、以前から「これなら喜んでお金を払う」とお客様に思ってもらえるビジネスを作りたかったんです。
角氏:マーケティングの工夫で売るのではなく、プロダクトの価値で売るものを作りたいと。
廣岡氏:それでシェフトモに友だちが飛びついてくれた時に、これは筋がいいのではと思えたんです。ただ食系の事業はライオンらしくないので、東京都のスタートアップコンテストに応募しようと思っていたんですね。そのタイミングでNOILが始まり、ネーミングもLIONを逆から呼んでNOILとしているように、既成の概念を壊してほしいという趣旨のプログラムだったので社内で手を上げました。
角氏:なるほど。NOILでどのような過程を経て事業化されたんですか?
廣岡氏:4カ月の選考の中で最終選考で4名が選ばれまして、そこから外に出てスタートアップ的に開発する事業とライオン内新規事業に振り分けられ、私は後者で2か月後に新規事業開発の専門部署に異動しました。
角氏:それは凄い。なかなかスパルタな形ですね。
廣岡氏:こちらも専任になるので、言い訳はできなくなります。そういう覚悟を持たせる意図で。
角氏:実際その仕組みはどうでした?
廣岡氏:良かったですね。周りはみんなNOILを経て異動してきた人たちですが、みな覚悟を決めています。
角氏:その中からスケールした事業はあるのですか?
廣岡氏:「休日ハック」は一度外に出てスタートアップ的に開発をしていましたが、先日ライオンに買い戻されて、今年よりライオンのグループ会社として事業を展開しています。私がスケールする際はどのような形態になるかはわかりませんが、自分がこの事業のトップになり経営することになります。
角氏:正直、大企業の中で新規事業作りに成功すること事態が稀で、普通は事業部に移管されるんですね。だから自分がトップとしてやり続けることはあまりないんです。
廣岡氏:そうなんですね。
角氏:そのパターンを続けるとどうなるかは、読者さんにいい学びになると思います。ではそのまま普通にいくと、ライオンさんでは事業のオーナーとして経営者になるということですね?シェフトモもそうなっていくかもしれないと。
廣岡氏:スケールの判断がでたらそうなると思いますが、社内新規事業のメリットを享受できるなら、できるだけ価値づくりの方に専念したいのが本音ですね。
後編では、サービスをスケールさせるために格闘している現状と、大企業の新規事業開発担当者の心の内についてお伝えします。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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