企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発やリモートワークに通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。前編に続き、「ご近所シェフトモ」(以下、シェフトモ)事業を手がけるライオン 廣岡茜さんとの対談後編をお届けします。今回は、サービスをスケールさせるために奮闘している現状と、廣岡さんの心の内を伺いました。
角氏 : これまでのお話の中で、シェフトモの事業化までは比較的順調に進んだという印象を受けましたが、苦労話は?
廣岡氏 : 今まさに課題になっているのが、店舗へのケアです。稼働して回せるようになるまでのアフターサポートが足りていなくて、お申し込みいただいている店舗のうち4分の1くらいしかサービスを始められていないんです。
角氏 : なぜ、そういう状況に?
廣岡氏 : お店としても献立を考えるのが大変なんです。家庭のペインがそのまま飲食店に行ってしまった形で……。飲食店さんは外食を作るプロですが、家庭料理を作るプロではないんです。
角氏 : 確かにそうですね。
廣岡氏 : お店の方は朝から夜まで忙しいことと、PCを仕事ではあまり使わない方が多いことも原因です。マニュアルも用意し、ログインしてここに献立を入れて下さいとお伝えしてもなかなか難しくて。今はカスタマサポートもなく、私ともう1人、そこに兼任の2人で回しているので、手厚くサポートができないんです。話をする時もオンラインではなく、対面で対応することが多くて。
角氏 : 調理場はオンラインにフレンドリーな環境ではないですもんね(笑)
廣岡氏 : 何でそうなっているか、説明して腹落ちしてもらわないと回っていかないところがあって、その辺を甘く見ていましたね。営業出身ですがルート営業でしたし、ビジネスマンとしか商談をしてこなかったので、新規営業を体験して初めて営業の難しさを知りました。契約を採るだけが営業の仕事じゃなかったんだと。
角氏 : 飲食店も店舗によって事情が違うし、リテラシーを含めて背景もさまざま。そこに寄り添うのは大変でしょうね。
廣岡氏 : お客様にとっては注文システムの使い勝手を改善するよりも、おいしい料理が手に入る方がいい体験になるじゃないですか。そのためには、まずは飲食店さんに前向きになってもらわないといけないし、負荷がかかりすぎてもいけない。そこを一番の課題として動いているところです。
角氏 : 大企業の新規事業部隊なら会社の予算や人を使ってやれるだろうと思っている人もいるでしょうが、実はそうじゃないと。
廣岡氏 : 全くそんなことはないです。私もいろんな部署にリクエストをしていますが人集めは非常に難しいです。
角氏 : そこは専任にしたのだから頑張れというのが暗にあるのかもしれませんね。
角氏 : お客さん側はいかがでしょう?毎日使っているユーザーが成功事例になると思うのですが、どういう特徴があるのですか?
廣岡氏 : 私と全く同じ環境で、ワンオペ育児でフルタイムで働いていて、都心暮らしで子どもを保育園に通わせている30代後半の女性が多いです。そんな方がたくさんいます。
角氏 : 事業を広げていくための戦略はありますか?
廣岡氏 : シュフトモをテイクアウトだけにしたのは、デリバリー機能を持たせるとビジネスとして難しくなるし、他のサービスと一緒だという理由だったのですが、蓋を開けてみたらお互いの顔が見え、そこに価値があることがわかりました。
現在は1人前が840〜1000円が多いので、そこを多少会社に補助してもらうという福利厚生型のスキームを企業にアピールしていく計画もあります。オフィスの近くの飲食店さんに作ってもらって買って帰るとか。そこから広げていくことを考えています。
角氏 : 俯瞰して見るとよくできていると思います。前の週に注文でき、会社帰りにピックアップして、家でお皿に盛りつけてみんなで食べる。無駄がないんですね。ビジネスモデルもデリバリーサービスは3者マッチングですが、そうなるとパラメーターが増えるのでマッチングの成立が難しいし中抜きする人も増えますが、その点2社マッチングの方が安定性という部分でも優位性がある。その上で絆も暖められる。
廣岡氏 : 意外にそこが肝だったりします。もともとシェフトモは、かかりつけのシェフができるサービスを想定していますから。
角氏 : ライオンさんの場合、他の大企業と違って複数のプロジェクトリーダーがARCHに入居している形ですが、リーダー同士コミュニケーションはあるんですか?
廣岡氏 : 慰め合いですね……(笑)。情報交換もしていますが、一番助かっているのが励まし合いと居場所があることです。メディアに取り上げていただいた際はうまくいったところが掲載されることが多いので、周りからはうまくいっているように見られてしまうけど、中身は課題だらけ。クレームも本当に辛辣なものが来るし、ため息をつくことが多いんです。でもリーダーとしてはチームのメンバーにそんな顔は見せられません。そういう部分をわかり合える精神的なつながりができています。
今は集まりにくいご時世ですが、対面で会えると元気はもらえますよね。こういった場所で外の方と話すと勉強にもなるし、元気も出ますし。
角氏 : もともと好きで始められたわけですけど、嫌になりそうなことはないですか?
廣岡氏 : クレームが来た時はそう思うこともあります。商品開発をしていた時もクレームはありましたが、お客様センターに集約された声がレポートとしてわれわれのところに来ていたので、お客様の言葉も口調もわかりませんでした。でも今は私が問い合わせ担当なので全部私に来て、自分事としてお詫びをしている状態です。
角氏 : そうなりますよね。
廣岡氏 : 一番ショックだったのは、忙しい方の時間を生み出したいと思って作っているサービスなのに、飲食店さんとの連携がうまくいっていなくて、お店の方が注文を受けているのを忘れていて、お客様の保育園のお迎えを遅らせてしまった時です。いい体験を生み出そうとしているのに、凄く悪い体験を生み出してしまいました。もっといいシステムを作っておけばお店の方も忘れなかったと思うのですが、できていなかったからそうなってしまった。
角氏 : そういったフォローが、今の人数ではできないと。
廣岡氏 : そうですね。1→10フェーズの苦しみを実感しています。PoCの頃が一番質が良かったんじゃないかと思う程です。当時は私がアナログで対応して、深夜にLINEで注文が入っても、「ご注文ありがとうございます!」と返信していたんです。すると、「サービスを開発した廣岡さんですか?こんな時間までお仕事お疲れ様です!」と反応していただいてファンミーティング的なこともできていたんです。
ただ、お客様が増えて自動返信など対応も事務的になり、クレームも当初は「まあそういうこともありますよね」という反応だったものが、今は「何なんですか」とダイレクトに怒りをぶつけられてしまうようこともあります。100%われわれが悪いので申し訳ない気持ちしかありませんが、自分の責任を感じでグサグサきますね。
角氏 : 手放していかないといけない時期がくるから、0→1から1→10のフェーズに移るとそういうことが起きてしまいますよね。
廣岡氏 : それがつらいですね。飲食店さんとも前はコミュニケーションが取れていたのですが、今は前よりはマメに連絡や訪問ができなくなったり。でも手放さないとスケールしないというジレンマを抱えています。
角氏 : PoCの時が一番良かったと思うというのは大きな学びで、プロダクトにそれと同じ体験をさせられるよう落とし込めばいい。スタートアップだとそれを作りこむインプリのフェーズだと思うのですが、そこは進んでいますか?
廣岡氏 : 再設計している途中です。ただ、本格的なプロダクトを開発するのはちょっと長い戦いになりそうです。サービスのプロダクトを作るノウハウが社内にはほとんどないので。
角氏 : それこそ(廣岡氏が入居するインキュベーション施設の)ARCHの皆様に聞いてみれば、情報があるんじゃないですか。周りに失敗を経験した人がたくさんいて失敗から吸収できることが、こういう場所にいることのメリットだと思います。そこをうまく使うべきです。
廣岡氏 : そうですね、ありがとうございます。
角氏 : お話を伺ってみて、廣岡さんは相手に何か協力したいと思わせてしまうものをお持ちだと感じました。今やるべきことは、そこをうまく追い風に受けて走っていくことかなと。僕もARCHのメンターに就任したので、サポートできますよ。
廣岡氏 : 確かに巻き込み力は強いといわれています(笑)。システム作りに関して私は何もできないのですが、皆様のお力を借りながらこれからも頑張っていきます!
角氏 : 1→10の壁を越えてサービスがグロースしていくことをお祈りしています。あと、私が住んでいる大阪にもぜひ進出してください(笑)
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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