日本はメタバースを国家戦略として取り組むべき--クラスター加藤代表が語る展望 - (page 4)

メタバースは“なりたい自分”よりも“救いの場”

――メタバース、しいてはバーチャル空間が“なりたい自分になれる”みたいな言われ方もされています。これについては、どう思いますか。

 確かに、そういうキャッチコピーがついてまわっているところがあります。今までなかったような、身体性から解き放たれたアバターの姿で声も変えられて、全く自分になれることができる。そして、現実世界の身分を捨ててコミュニケーションができて、今まで得られなかったようなコミュニケーション体験やコミュニティ形成ができるというのは、すごいことです。

 僕としては、なりたい自分なのかどうかという精神的ところよりは、シンプルに外見から解き放たれること、質量や物理的な制限から解き放たれることが大きいのかなと。そして、なりたい自分になるというよりも、救いの場になるんじゃないかなと。

 日本がメタバース領域でいい位置にいる理由には、メタバースを描いた作品が日本で多いこともあります。「ソードアート・オンライン」もそうですし、2021年にアニメ映画「竜とそばかすの姫」が上映されましたけど、これも印象的です。見ていていいなと思ったのは、作中にある仮想世界が救いとして描かれていることです。

 主人公や登場人物にとって、仮想空間が現実から解放された救いの場になっている。その観点はすごく大事なんですね。僕自身も引きこもっていたからわかるところもあるんですけど、物理世界として地方や地域、経済的な問題があって、救われたいと心の中で叫んでいる人たちは多いと感じてます。

 アンドリーセン・ホロウィッツという投資会社のマーク・アンドリーセンは、VRとARでは一般的にARのほうが市場が大きくなると言われてますけど、彼はVRのほうがマーケットが大きくなると主張しているんです。なぜかというと「現実世界が明るいもの、ワクワクしながら朝を起きている人は少ない。世の中の多くの人は、現実世界が救いようのない地獄だと思って朝起きている。だから救いとしてのVRが選ばれていくのではないか。世の中のエリートたちは、それに気づけていないのではないか」と言ってるんです。

 僕もその感覚に近いんです。この世界が素晴らしいと思って朝起きる人もいるとは思いますけど、99%はそうじゃないと思うんです。身体や容姿、土地や経済といったものに縛られて、何らかのマイナスの感情を抱えて生活をしている。そういった人たちにとってメタバースのような空間は救いになると。これから先、メタバースの世界に救いを見出す人たちが増えるだろうし、そういう生活を選択する人も増えればいいと。clusterにとっても、救いの場になればいいと思いますね。

メタバースは、人間の根源的な価値に到達しうる領域の世界

――2022年以降のメタバース領域というのは、どのようになっていくと思いますか。

 メタバースはまだまだ黎明期で、キャズムは超えてません。アバターをまとってバーチャル空間上で生活する、そこを生活の場とする方々がすでに現れていますが、キャズムの手前になります。これからキャズムを超えるような数千万人から数億人規模となるプラットフォームが出てくるでしょうし、clusterとしてもそこを狙っていきます。その最短距離が生活空間を作ってイベントをやっていくこと、そして日本のコンテンツとコラボしながらやっていくことだと思ってます。

 メタバースの領域は、ある意味総合格闘技ですね。これからいろんなプレイヤーが出てくるでしょうし、いろんな切り口から乱戦状態になって盛り上がっていくだろうと推察しています。少なくともこれから先もっと盛り上がるだろうということは、事業家や投資家たちと話しをしていても出てきてます。今の段階は言葉の一人歩きも含めて盛り上がり過ぎてますけど、どのように世界が切り分けられていくのかが、まだ見えてないです。

 これが、時間が経つにつれて少しずつ明確になっていきます。明確になればなるほど、投資できる人たちが増えて投資マネーが流れてくる。たぶん2021年よりも、2022年のほうが参入者も投資マネーも多くなっていく。ただ、今の段階ではまだわかってないことも多く、定義もふわふわした状態にあるのが、現在のメタバース。そこからどのようなバリューチェーンが生まれていくのか、わかっていないところはまだまだあります。

 技術的なところでは、メタバースを作るのはゲームの技術であることは間違いがないぐらいに思っていて、ゲームを作っている会社などは参入しやすい。それが今後のキーポイントになるとも感じてます。

 世界的に見てみると、Robloxがディベロッパーやクリエーターを成長させるためのエコシステムにコストをかけてます。クリエーターのエコシステムとして、自己表現も儲けることもできて、そして生活の場にすることができるのか、ここをうまく構築できたところが大きなシェアを獲得できるのは間違いないでしょう。

――clusterとして、直近では2021年11月に大規模アップデートアップデートを実施しました。

 大きいところではOculus Quest 2への対応ですね。あとはアバターの制限解放もそうですし、clusterの中でアバターを作ることができるAvatarMaker、ツールいらずで簡単にその世界を作ることができるワールドクラフトも導入しました。よりカジュアルに参加しやすい環境を整えることを目的としたものです。

「ワールドクラフト」
「ワールドクラフト」

 作るコストがどんどん下がっていく世界が正しいですし、それがみんなに求められていることだろうと。これから先はもっとカジュアルに、スマホなどで見た目を調整することができて、自分のいる世界をスマホやVRでいじることができる世界になっていくでしょうし、clusterとしてもそこは強化していきます。

――そして、産学連携でのメタバース研究所を設立しました。

メタバース研究所設立
メタバース研究所設立

 この先、メタバースの社会はどうなっていくかと本気で考えないといけないタイミングだと感じてのことです。そもそも単にアバターを持ってバーチャル上で友だちと遊ぶだけだと、生活がそのままデジタル化されただけで、焼き直しでしかない。リアル世界とやることが一緒なら、あまり意味は無いと思っていて。

 身体や空間のデジタル化、そしてそのなかで生活することの本質的な価値は、身体という自分と外界の間に存在している境界線を溶かすことです。例えば腕が3本になってもいいし、腕が無くてもいい。同じアバターのなかに複数人が入ってもいいし、自分が複数のアバターにはいってもいい。自分が空間そのものになってもいいし、空間を自由自在に操ってもいい。今までの想像を超える生活スタイルができうることが、メタバースの普及した社会で、それを本気で考えなければいけないと。

 今はまだ、VRはヘッドセットを装着してコントローラを持たなければいけないという身体性に紐づくものですけど、それを完全に捨て去るには、脳と直結しなければいけない。その世界を今のうちから描いておくこと。そして自分たちから発信して、そこに向かって我々が技術をR&Dをしつつ発表していくことについて、clusterにとっても世界にとっても価値があることだと考えて、メタバース研究所を設立しました。

――こうした研究を主体とする取り組みは、以前から考えられていたのでしょうか。

 もともとclusterを立ち上げたときから、研究所は作りたいと考えていたんです。中退しましたけど、京都大学の大学院に在籍してまして、研究者としてのバックグランドもあるので、経営者として金稼ぎするだけで研究にトライしないなんてありえないです。第一原理的に、人間はこうあってもいいよね、身体が物理法則に縛られている必要はないよねという考えで、それが僕の思想として元から存在していたんです。

 こういうことがやりたいとふわふわと妄想していたところに、メタバースというトレンドが出てきたと。幸いなことにclusterの事業として黒字となっているなかで、こういう研究にも投資をかけて取り組むことがができるようになったからです。

――2つの研究所とは、具体的にどのようなことを研究していくのでしょうか。

 まず東京大学稲見研究室は、身体情報学という研究をしているところで、なぜ身体がひとつではないとダメなのかなど、身体自体を拡張して身体性自体をゼロから考え直そうという研究室です。

 そして京都大学神谷研究室は、脳が考えている情報をデコーディングしていく情報学科の研究室です。ディープラーニングやその他の機械学習のアプローチを用いて、この脳はどういうことを考えているのか、何を見ているのかというのを映像としてアウトプットする試みをしています。

 僕はVRと脳の連携について、書き込みよりも読み出すことから発展していくだろうと思ってます。今考えていることがバーチャル空間に影響をあたえていく、考えているものがそのままバーチャル空間に書き出されて、それを通じてコミュニケーションをする世界ですね。考えていることが言葉ではなく、2Dや3Dで出して相手に見てもらうことができるとなると、コミュニケーションというものが大きく変わって「人間とはなんぞや?」という本質に近づく研究になると考えています。

 メタバースの価値というのは、単なる次世代のビジネス事業領域の話ではなく、人間の根源的な価値に到達しうる領域だと思ってます。またclusterではこれまで運営してきたなかで、バーチャル空間上でのコンテンツやそこで行われてきたこと、そこで生活している方々のことまでデータを全てとれていて、アーカイブとして再現することもできます(※一時期一般公開していたが、現在はカスタマーサポートや治安維持でのみの活用)。その過去をアーカイブしたデータ自体が、研究やユーザーの価値に還元していくうえに役立ちます。こうした取り組みやデータの活用を通じて、人類の未来の生活スタイルを提示するというところまで踏み込むことができたらと考えてます。

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