スマートフォンネイティブが見ている世界

「小説紹介クリエイター」のけんごさんに見るTikTokが中高生に刺さり本が売れるワケ

 TikTokでモノが売れる「TikTok売れ」が話題だ。中でも話題となっているのが「#本の紹介」による書籍のヒットや増刷だ。なぜ、TikTokでは本が売れるのかについて深堀りしてみたい。

動画の再生数ではなく「本の増刷」が望み

 日本における書籍のTikTok売れを紹介する時に欠かせない人物は間違いなく、「小説紹介クリエイター」を名乗る「けんご」さんだろう。最近、残念ながら今後はTikTokでの紹介をやめることを宣言したが、InstagramやTwitterなどでも小説紹介を行っている。TikTokでのフォロワー数は27万5000人以上だ。

キャプション
けんごさんのTikTok

 TikTokではあらすじや「泣ける」「感動する」「共感する」などの内容を紹介しているため、その世界観に惹かれた中高生たちは本を入手する。その際、なんと「その作品ってどこで手に入るんですか」と聞かれたこともあるといい、書店の存在を知らないフォロワーも、動画をきっかけに本を手にしているという驚きの実態があるのだ。

 なお、Instagramでは「エモい小説まとめ」「背筋が凍る小説まとめ」「心が疲れたときに読みたい小説まとめ」などとテキストで紹介しており、紹介の仕方も異なっている。

 けんごさんがTikTokで紹介したことで増刷した本は多数ある。約30年前の筒井康隆さんの『残像に口紅を』が紹介4カ月で11万5000部の増刷につながった。また、安楽死が合法となった近未来の日本を描く楪一志(ゆずりはいっし)さんの『レゾンデートルの祈り』も5刷となった。発売から3年経った櫻いいよさんの『交換ウソ日記』も2.5万部の増刷となっている。

 2021年12月には、けんごさんが一人で選ぶ「けんご大賞」も発表された。「ベストオブけんご大賞」は綾崎隼さんの『死にたがりの君に贈る物語』。そのほか、道尾秀介さんの『N』、綿矢りささんの『オーラの発表会』、東野圭吾さんの『白鳥とコウモリ』、山本文緒さんの『ばにらさま』などが選ばれている。

 これほど話題になっているけんごさんだが、小説紹介は本業というわけではなく、本業は別にある。出版社から多くの献本が送られてくるが、あくまで自分が面白いと思った本の紹介にこだわるという。YouTuberなどであれば動画の再生数が収入に直結するが、TikTokなのでそれもない。動画の再生数ではなくてその本の増刷を望んでいるという、あくまで本を愛するクリエイターなのだ。

その本を読むとどんな感情になるのか?

「#BookTok」
「#BookTok」

 TikTokでの本の紹介は、実は世界中で行われているものだ。たとえば書籍紹介で使われるハッシュタグ「#BookTok」は、313億回再生の人気ぶりであり、TikTokで本を紹介するインフルエンサーはBookTokerと呼ばれている。著名俳優のウィル・スミスさんも「#BookTok」を使った動画を多数投稿しているが、多くは一般のユーザーだ。

 大手書店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルも、全米各地の店舗に「BookTok」コーナーを設置し、TikTokで人気に火がついた作品を並べている。一方、InstagramやTwitterで話題になった作品は置いていない。TikTokで話題になった本は売れるが、他のSNSで話題になっても販売につながらないためだ。

 「#BookTok」動画は、本の紹介といっても、内容が紹介されているというわけではない。表紙や写真など雰囲気を伝えつつも、あらすじさえわからないものがほとんどだ。

 あくまでその本を読んでいる時の自分の様子や、読み終わったときの様子などを動画にして、読んだらどのような気持ちになるのかを表した動画が多いのだ。読んで泣く様子が話題になった本の売れ行きが伸び、増刷につながるなど、同じような気持ちになりたい人たちが興味を持って手に取ることで売上につながっているようだ。

コロナ禍のセレンディピティにつながるTikTok

 YouTubeなどは自らクリックしないと動画を見られることもなく、そもそも興味がなければ見に来ることもない。InstagramやTwitterなども同様で、フォローされなければ見られることもなく、ハッシュタグなどでその壁を乗り越えられることは多くはない。

 ところがTikTokは、AIで自動的にそのような動画を好みそうな人のもとに動画が表示される仕組みがある。表示される動画の中には、それまで興味を持っていなかったようなものが混じっていることがあり、思わぬ出会いにつながり、ヒットにつながっている。

 けんごさんは、小説が苦手な人や普段小説を読まない人に見てほしいと考えて、中高生が多いTikTokを選んだという。TikTokならおすすめ機能で自動的に動画が流れるため、興味のあるなしに関わらず、その動画を視聴することになる。これがセレンディピティにつながると考えたというわけだ。この考えは、完全にマッチしていたと考えられるだろう。

 ITセキュリティ企業のCloudflareによると、2021年後半のドメイン1位はGoogleではなく、TikTokだったという。TikTokはコロナ禍で利用が高まっており、9月には月間アクティブユーザー数は10億人を超えている。外出自粛が続く中で人々は、娯楽や息抜きを求めてTikTokへと向かったというわけだ。

 ふらっと入った書店での出会いのような出会いが起きる場が、コロナ禍の今はTikTokになっている。気になった方は、この機会にTikTokを覗いてみるといいかもしれない。

高橋暁子

ITジャーナリスト、成蹊大学客員教授。SNS、10代のネット利用、情報モラルリテラシーが専門。スマホやインターネット関連の事件やトラブル、ICT教育に詳しい。執筆・講演・メディア出演・監修などを手掛ける。教育出版中学国語教科書にコラム 掲載中。元小学校教員。

公式サイト:https://www.akiakatsuki.com/

Twitter:@akiakatsuki

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