都内をはじめ、主要都市を走るタクシーの左後部座席に設置されているデジタルサイネージ。このタブレット端末を搭載したタクシー数は、年々増加の一途をたどっている。
IRISが提供するタクシーサイネージメディア「Tokyo Prime」は、2016年に東京でのサービス開始以降、全国12都市へとエリアを拡大。2021年10月時点で、全国で約5万2000台を展開している。
さらに、このタクシーのデジタルサイネージへの広告出稿枠も、募集後にすぐ埋まってしまうほどの人気だ。Tokyo Primeのエントリー状況を見ると、2021年7月以降、募集開始3日でほとんどの枠が完売している。
タクシーのデジタルサイネージ広告がこれほどまで人気があるのはなぜなのだろうか。IRIS代表取締役副社長の宇木大介氏は、コロナ禍でタクシー利用シーンに変化が起きていることを要因に挙げる。
「2020年4~5月の初の緊急事態宣言下では、外出自粛やテレワークが広がり夜間帯の会食の機会も減ったことから、タクシーサイネージの広告表示回数(インプレッション)も落ち込んだ。しかしその後、テレワークでは対応できない仕事などで出社しなければいけない方々が、人が密集する電車よりもタクシーを利用するケースが増加。それにより、コロナ前よりも出勤時間帯や日中の利用頻度が上がった。また、利用者の属性もビジネスパーソンの利用割合が増加。これらの要因から、BtoB企業の出稿が相次いでいる」(宇木氏)
さらに、タクシーのデジタルサイネージに出稿した企業の広告を見た競合企業が、相乗効果で出稿に至るケースが多いことも人気に拍車を掛けている。
「Tokyo Primeの事例を見ると、例えばHR系では競合企業が揃って出稿している。また、これからスケーリングしていこうとするベンチャー企業が出稿していると、同じようなステージにいる他のベンチャー企業も『じゃあうちも出してみようか』となりやすい。タクシー広告による成功事例が年々積み上がっていった結果、現状の人気につながっていると分析している」(宇木氏)
「電子看板」を意味するデジタルサイネージ。従来は紙のポスターや看板だったものが、デジタル映像機器に置き換わることでより多くの情報を発信できるようになり、タクシー以外にも駅や商業施設など街の様々なところで活用されている。
駅構内のデジタルサイネージの一例が、JR品川駅の中央改札口から新幹線乗り場や港南口へ向かう自由通路に並んだものだ。また、薬局や病院の待合室、喫煙所内など、時間を持て余している人が滞留している場所で、動画素材を使った広告を掲出するパターンも増加している。
これらのデジタルサイネージと比べた、タクシー車内のサイネージの特徴は「動画の視聴の質が著しく高い空間であること」と宇木氏は語る。IRISの調査によるとタクシーの平均乗車人数は2人に満たない約1.8人で、平均乗車時間は約18分。つまり、タクシーに乗車した客のほとんどが目の前にサイネージが設置されている左後部座席に座り、18分もの間広告を見続けてもらえる可能性が高いということだ。エレベーター前のサイネージも「待ち時間に目を奪う」のに効果的な広告メディアだが、その時間は長くてもせいぜい数分だろう。
「サイネージを見続けてもらいやすい空間であることと、目を奪える時間が長いこと。この2つの掛け合わせにより、『タクシーの中で見たな』という印象に残りやすいことが、タクシーのデジタルサイネージ広告の最も大きなアドバンテージだと考えている」(宇木氏)
また、コロナ禍で日中にビジネス利用する乗客が増加したことで、ビジネスマンに効率よくターゲティングできることも強みだ。
「クライアント様となるBtoB企業は、自社の製品、サービスの知名度向上に課題をお持ちの方が多い。仕事の合間の移動手段にタクシーを使うビジネスパーソンが増えたということは、つまり“仕事モード”のときに広告が目につくということ。決裁者層やサービスの選定担当者へ向けた効果的な広告出稿ができるメディアとして、タクシーのデジタルサイネージが選ばれている」(宇木氏)
東京、大阪、福岡に計5店舗を展開する高級ステーキハウス「ウルフギャング・ステーキハウス by ウルフギャング・ズウィナー」も、タクシーのデジタルサイネージ広告を活用した企業のひとつだ。
1~11月に、日本交通と取り組んでいるタクシーデリバリーの認知拡大のため、人気漫画『ONE PIECE』とコラボした動画広告を掲出。同年11月1〜14日には、タクシーアプリ「GO」で使用できるクーポン付きコースメニューを訴求して来店促進につなげる「TAXI GO COUPON ADS』を放映した。同施策は、広告動画からQRコードを読み込むと「ウルフギャング・ステーキハウス」の予約サイトに遷移する仕組みで、各店限定20組が2000円分のタクシークーポン付きのコースを予約できる。
タクシーのデジタルサイネージ広告を出稿した狙いについて、ウルフギャング・ステーキハウスを運営するWDI JAPANのマーケティング部 部長の逆瀬川豊氏は「タクシーの利用頻度が高い方は外食機会も多く、高級業態であるウルフギャング・ステーキハウスのターゲットとも重なる。そのような富裕層に対し、テレビやスマートフォン以外でのブランドとの接触回数を増やす機会として活用した」と語る。
期間中、QRコードを読み込み予約サイトにアクセスした数は、前週比で8.4%増加。IMPもWDI JAPANの想定を上回る回数だったという。
「タクシー広告は、SNS広告に比べ表示回数が多くじっくり見てくれる可能性が高い。ウルフギャング・ステーキハウスと親和性が高い人たちに向け、効果的なリーチができたと思っている」(逆瀬川氏)
タクシーにまつわる交通広告は、車内のデジタルサイネージだけではない。走行中のタクシーを見る歩行者に向けた車窓サイネージも登場し、新たな屋外広告として注目を浴びている。IRISでは、タクシーシェルター(屋根付タクシー乗り場)のポスター広告と、Tokyo Primeのサイネージ広告をセットで販売する取り組みも開始している。
「『タクシーに乗ればタブレットから動画広告が流れている』ことが浸透したこの環境下で、今後は広告としての価値を上げていくことに力を入れていきたい。時間帯別でコンテンツを出し分けるメニューなど、商品開発はまだまだ発展の余地がある。タクシーのデジタルサイネージは、単なる広告を掲載するメディアではなく乗車体験を向上するための新しいメディアとして、チャレンジを続けていければと考えている」(宇木氏)
数あるマーケティング戦略の中でも、タクシー広告は今後も大きな注目を集めそうだ。
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