大企業が新たなビジネス創出を目指し、新規事業開発やオープンイノベーションに取り組む動きが盛んになっている。しかしながら、自社のリソースを有効活用するにしても、あるいはベンチャー企業など他社の協力を得るにしても、アイデアの広がりや実現可能な範囲には限りがある。
企業における本当の意味での挑戦する文化、斬新で社会的な影響力もあるビジネスを生み出すには、業界をまたぎ、大企業同士がそれぞれの強みを持ち寄ってアイデアを出し合えるような場が必要だ。そんな考えがもとになって立ち上がったコミュニティ「ONE JAPAN」に、近年注目が集まりつつある。
各企業の中で、すでに新規事業開発やイノベーション活動に携わっている若手・中堅社員が、新たな視点やつながりを求めて参加してくるというONE JAPAN。2016年にスタートした同組織は、いまや内資・外資の大手企業を中心に55社、3000人のメンバーを抱える一大コミュニティに成長している。一体どんなコミュニティなのか。
ONE JAPANの共同発起人・共同代表の濱松誠氏は、元々パナソニックに約12年間勤めていた人物。2010年頃からのパナソニック電工、三洋電機との合併にともなう事業再編で、当時の社長が「One Panasonic」というスローガンを口にしたことをきっかけに、個人や組織の活性化、共創の文化の醸成などを目指し、2012年に同名のコミュニティを立ち上げた。
主に社内の若手・中堅社員が参加するOne Panasonicで、所属部署の業務の枠を越えた活動を進めていくなか、濱松氏はそういった取り組みの必要性はどんな大企業にもあることに気づき、2016年9月に企業間の壁を超えた取り組みができるようにとスタートさせたのが「ONE JAPAN」だ。同氏は現在、フリーランスとして他に本業をもちながら、いわば事務局長的な役割で運営に携わっている。
ONE JAPANのミッションは「挑戦する文化をつくる」こと。「人・モノ・カネ・情報などのリソースを活用し、新たな価値創出をすることが、これからの大企業にとって重要なこと」と考え、オープンイノベーションやインキュベーションなどの活動を通じた「価値づくり」、社内起業家育成や社内有志活動などの支援を通じた「人・土壌づくり」、調査提言、カンファレンスなどのイベントを通じた「空気づくり」を三位一体的に回しながら活動を展開している。
濱松氏は、現時点では、ONE JAPANを「大企業に所属する有志の若手・中堅社員のための実践コミュニティ」と位置付けている。ベンチャーや他セクターなどとの連携は行うとしても、参加者は大企業に所属していることが特徴の一つ。主メンバーは「志をもつ若手・中堅」であることと、各企業で社内有志活動をしていることが求められる。
したがって、参加メンバーは2021年8月現在、国内大手や外資系の企業などで占められている。パナソニックはもちろんのこと、NTTグループ、トヨタ、電通、JT、日本郵便やSOMPO、旭化成など、そうそうたる55社の3000名もの社員だ。
基本的には全員が、各企業内においてすでに社内コミュニティ活動に励んでおり、そのうえでさらなるビジネスの発展につながるきっかけづくりなどを求めてONE JAPANへの参加を熱望してきた人たち。大企業であっても個人での加盟は認めておらず、一定規模以上の人数で継続的に活動している団体のみ受け入れている。参加ハードルは決して低くないが、直接の問い合わせや口コミなどで、月に2、3社程度の参加要望がある状況だという。
ONE JAPANでは「単なる勉強、ノウハウの共有」ではなく「実践すること」に重きを置く。参加要件を継続的に活動している一定規模以上の団体としているのも「実践」が重要だからだ。「人数が少ないと、出る杭は打たれるの法則で社内活動が止まる場合があるし、家庭の事情などでどうしても中断してしまいやすい。ONE JAPANで得たことを社内に持ち帰って広げてもらうことも大事で、数人では正直難しい」と濱松氏は理由を説明する。
反対に十分な数のアクティブなメンバーがいるところは結果につなげやすいとも話す。ポイントとなるのは「実行力があるか、周囲を巻き込むことができるか、何のために活動するかを共有できているか」で、「アウトプットを出してやろうという強い信念をもつリーダー、コアメンバーがいるところは、チームワークもしっかりしている」と同氏。もしくはビジネス環境の変化にさらされるなどして「企業として危機感をもっているところ」も長く継続しやすいことがわかっている。
ONE JAPANでの活動内容としては、たとえばリアル・オンラインのイベントにおける各社の取り組みのTipsの報告、仲間探しがわかりやすい例となる。他社の教訓をもとに自社の業務・プロジェクト改善に活かすこともあれば、互いの議論のなかから新たなアイデアを思いつき、その後ONE JAPANとは別のところで共創事業としてプロジェクト化することもある。ONE JAPANはあくまでも場として機能し、現時点では、各社の具体的な取り組みに直接的に関わることは基本的にはない。
これまでにONE JAPANが起点となって実際のビジネスにつながった例として、1つには日本郵便とマッキャン・ワールドグループによる「マゴ写レター」がある。ONE JAPANメンバーである日本郵便の中村翔大郎氏とマッキャンの吉富亮介氏が主導して形にしたもので、スマートフォンから写真付きの往復はがきを相手に送れるようにし、相手はその返事を返信用はがきで送れるというもの。スマートフォンをもつ孫と、デジタルに疎い祖父母との間で気軽にコミュニケーションをとれるようにする、という使い方を想定したサービスだ。
同じくマッキャン・ワールドグループとフードロス解消に取り組むベンチャー企業のビューティフルスマイルが共同で企画・開発した「ロスゼロ不定期便」もONE JAPAN発のプロジェクト。オープンイノベーションを推進する「ONE JAPAN事業共創プロジェクト」の中で、これもマッキャンの吉富氏がビューティフルスマイルの文美月社長と意気投合して始まった企画だという。余剰分の食品が発生したタイミングでそれが手元に届くサブスクリプション型サービスで、「届いてもうれしいし、予定通り届かなくてもフードロスが減っていることを実感できてうれしい」というユニークな内容だ。
さらに、ONE JAPANが実施した新規事業創出プログラム「CHANGE」で2020年度グランプリを獲得した事業アイデアが、本業のビジネスにつながり始めているパターンもある。災害によって避難生活を強いられる被災者に温かい食事を提供できるよう、石灰を用いた発熱の仕組みを考案したもので、愛知製鋼の林太郎氏が社内で正式なサービス化に向けて取り組みを続けている。他にも10件以上のプロジェクトがONE JAPANをきっかけに動き始めているという。
こうした具体的なビジネスにつながるきっかけづくりができるのは、ONE JAPANに社員が加わることの企業側にとってのメリットと言えるが、濱松氏によれば、社員1人1人にとってもONE JAPANを通した影響や気づきは小さくないという。
「大企業で働いている場合、本業ばかりに集中していると、どうしても視野が狭く、視座が低くなりがち。ONE JAPANで他社の事例や自分にない考え方をもつ人物に触れることで、自分たちがそういう状況にあることに気付くきっかけになる」とする。
また、各社内のコミュニティ活動だけではちょっとした内的・外的要因で挫折し、活動が中断しやすいが、ONE JAPANのような大きなコミュニティとのつながりがあることで、「他の人たちの活動に刺激を受け、熱量の連鎖みたいな形で途中で諦めるようなことも少なくなる」と話す。大企業のなかでもモチベーションを失わずに続けられるようにする、という意味でも、ONE JAPANが貢献しているわけだ。
ONE JAPANの目標は、1社でも多くの企業が「挑戦する文化をもてるように」すること。そのためにも、まずは5年後のあるべき姿に向けて、「今の55社が100社、500社、1000社になるのに必要なことは何か。あるいは若手・中堅社員だけでは実現が難しい部分を担う、ミドル層以上の立場の人を巻き込むにはどうするべきか」が鍵になる。
「個々の点としての取り組みから、いかに線や面の取り組みにしていけるかも今後重要になってくる。もういくつかの手は打ち始めている」と話す濱松氏。「ONE JAPANを立ち上げて5年。できたこともできなかったこともある。ここからの5年、10年はONE JAPANの裾野をもっと広げて、大企業を変革する人や活動をもっと増やしたい。諦めたり、組織に染まって思ったことができなくなるような人を減らすことができれば」というのが今の願いだ。
なお、ONE JAPANでは、10月31日にオンラインカンファレンス「ONE JAPAN CONFERENCE 2021」を開催する予定。こちらは一般の人でも申し込み可能。また、ONE JAPANにすでに加盟している団体・企業向けページもあるが、こちらは別途パスワードが必要になるため、各社有志団体メンバーまで個別に連絡してほしいとしている。
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