スピルバーグ監督の「A.I.」から20年--ガジェットの未来について考えてみた

Scott Stein (CNET News) 翻訳校正: 川村インターナショナル2021年07月29日 07時30分
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 公開から20年経った今も、映画「A.I.」をどう評価すればいいのか確信が持てない。だが、いまだに1年か2年に1度は見返し続けていて、そのたびに心を乱されている。理由は自分で分かっている、と思う。

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Spielberg監督のA.I.は、年齢を重ねるにつれ面白くなっていく。
提供:Warner Bros. screenshot by Scott Stein/CNET

 故Stanley Kubrick監督があたためていた構想をSteven Spielberg監督が完成させたこの映画は、2001年6月末に公開された。Spielberg監督にとっては、1998年の「プライベート・ライアン」以来の作品だ。筆者は当時、西海岸に住んでいたので、ロサンゼルスの映画館で見た。暗がりの中、不思議な感覚に包まれたのを覚えている。

 A.I.は、監督自身の子ども時代の夢の成就を語った作品なのだろうか。それとも、筆者が子どもの頃に見たSpielberg作品の裏返しなのだろうか。心を揺さぶる感動作と、シニカルで暗い戦争作品、そんな監督の両面が混ざったものなのだろうか。筆者がこの作品を何度も見てしまうのは、人類が死に絶えたときの、ガジェットの未来を繰り返し想起させるからなのだ。

 A.I.は、「デイビット」という少年型ロボットのプロトタイプをめぐる物語だ。いったんは、彼(それ?ロボットの正しい代名詞は何だろう)を作った会社の従業員のもとで、養子として育てられる。従業員とその妻の実の息子が、難病のため冷凍睡眠しているからだ。だが、その息子が奇跡的に回復すると、一家はデイビッドがいらなくなり、疎んじるようになり、やがては危険視するようになって、ついには遺棄してしまう。ここから、物語はロボット少年の流離譚(りゅうりたん)となる。変わり果てた残酷な世界を目撃しつつ、少年は創造主を探し出そうとする。「ピノキオ」のような展開だが、一方では完璧を追求して行きすぎたテクノロジー企業のストーリーともいえる。「ジュラシック・パーク」に通じる部分もあるが、恐竜と違ってこの作品ではロボットが人類より長く生き延び、元の時代設定から、さらに2000年後の世界で幕を閉じる。

 Spielberg監督とKubrick監督という組み合わせは、不思議なカクテルのような感じだ。Kubrick監督といえば冷徹な鬼才の監督であり、筆者が見て育ったSpielberg監督の作品はどちらかというと感傷的な感動作寄りという印象を受けてきた。だが、大人になるにつれて、冷淡なSpielberg作品を好むようになった(「ミュンヘン」「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」「マイノリティ・リポート」「ブリッジ・オブ・スパイ」)。A.I.の全編を貫く冷淡なトーンは、公開から20年経った今もなお、未来を感じさせる。ドア越しに未知の世界を垣間見るような気分だ。

 A.I.は、嫌いだという人も多いし、Spielberg監督の歴代作品の中で順位が高い方でもない。筆者としては、好きなSF映画の上位に入ると思うこともあるが、アラもある。場面によっては、ぎこちなさ、安っぽさが目立つ(デイビッドの「両親」の感情の移り変わりとか、テーマパークのような「ルージュ・シティ」で本物の人間が登場する場面の多くなど)。おとぎ話の世界と迫真のサイバーパンクとをつなぐ映画全体の感情的な描き方にも、ほころびがある(長ったらしく感じるシーンがあるかと思うと、唐突に展開するシーンがある)。テクノロジーの描写にしても、時代感に一貫性がない(スマートフォンは誰も持っていない。にもかかわらず、物語上のある重要な場面では、キオスク風の端末が、高性能な検索エンジンのような機能を果たしている。同じことを携帯端末でやっていてもよさそうなのに)。2時間半近い尺のかなりの部分が、エピローグ的な終盤部分に使われており、うんざりするほどの遅さで展開される。それでも、見ると必ず引き付けられてしまう。

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