本連載の第1回では中国の自動車産業の成り立ちについて、第2回では中国の次世代モビリティの現状を紹介した。第3回目となる今回は、中国の新興自動車メーカーの挑戦を取り上げる。
中国では近年、新エネルギー車分野で新興メーカーが続々と生まれている。その数は完成車メーカーだけで60社とも100社とも言われており、周辺産業まで含めると関連企業は2019年時点で19.2万社に上る。2019年の1年間に4.7万社が新規参入していることは、前回の記事で触れた通りだ。
数ある新興メーカーだが、むろん成功しているのは少数にすぎない。創業からわずか数年で上場にこぎつけたメーカーがある一方で、生産ライセンスを持ちながらも諸般の事情から一度も工場が稼働していないメーカーもあり、昨今のコロナ禍のあおりもあって経営状況が悪化し、倒産したメーカーも少なくない。
ここでは販売台数の多いメーカーの中から、大都市を皮切りに高級車で勝負する蔚来(NIO)と地方都市住民のニーズを狙って販売台数を伸ばしている上汽通用五菱(SGMW)の2社を取り上げ、最後に新エネルギー車にとって最大の課題であるバッテリーの発火・爆発事故について近年の状況を紹介しよう。
中国の新興メーカーの中でもトップクラスの実力と人気を誇るのが上海蔚来汽車有限公司(NIO)だ。高い自動運転技術を有し、高級モデルを中心に展開していることから中国では「中国版テスラ」とも呼ばれている。
創業は2014年11月で、わずか4年後の2018年9月には米ニューヨーク証券取引所への上場を果たした。現在、中国国内はもとより、米国、ドイツ、イギリスに設計・開発拠点を置いており、この5月には欧州進出の足がかりとしてノルウェー市場への進出を発表したばかりだ。
創業者の李斌氏(ウィリアム・リー)は1974年生まれの47歳で、中国のEC市場を作りあげたアリババ創業者の馬雲氏(ジャック・マー)や京東(JD.com)創業者の劉強東氏(リチャード・リュー)より一回り下の世代にあたる。李氏は北京大学の在学中にIT企業を創業した後、2000年に中国初の総合自動車情報サイト「易車(BitAuto)」を運営する易車公司を創業した。易車公司も2010年に米ニューヨーク証券取引所に上場している。
NIOが急成長を続けているのは、創業当初から絶え間なく資金調達を行い、タイミング良く企業や地方政府と提携を結ぶことで、資金力と技術力、そして飛躍のための足場をきっちり固めているからだ。さらに従来あった自動車メーカーのイメージを刷新し、ライフスタイルブランドとしての地位を確立して差別化を図っていることも大きい。
まず資金調達では、創業から2018年の上場までにベンチャーキャピタルなどから合計20億米ドル(約2200億円)を超える資金を調達してきた。上場後は度々キャッシュフローに問題を抱えていると報じられてきたが、直近では米国預託株式(ADS)の売却を通じた資金調達に成功している。
そして提携の面では、2016年に中堅国有自動車メーカーの江淮汽車と、2017年に同じく国有の長安汽車とそれぞれ戦略的パートナーシップを締結し、共同で新エネルギー車の開発・生産に取り組んでいる。とりわけ江淮汽車は、NIOの車両生産を請け負う重要なパートナーだ。江淮汽車が拠点を置くという縁から、NIOと安徽省合肥市政府との関係は深く、2020年2月には合肥市政府と協力枠組み協定を結び、同市へのNIO本部の移転や新工場建設などを含む100億元(約1720億円)の投資を取り付けている。
さらにこの4月には協定に基づき、合肥新橋国際空港の近くに世界最大規模のEV産業パーク「NeoPark(新橋智能電動汽車産業園)」が着工したばかりだ。将来はスマートEV領域の企業が数百社入居する産業チェーンの集積地となり、テスラを上回る年間100万台の生産を目指すとしている。
そしてNIOは、もはや単なる自動車メーカーではなく、「NIOのクルマがある生活」という体験を売るライフスタイルブランドだ。洗練されたデザインや充電のいらないバッテリー交換システムの採用といったハード面での特徴はもちろん、専用アプリでのコミュニティ形成や、オーナー同士が交流するためのラウンジ「NIO House」の運営、デザイン性の高いオフィシャルグッズの販売などが相乗効果となって顧客ロイヤリティを高めていることが伺える。
目下、NIOはノルウェー市場への進出を進めている。9月にはSUV「ES8」を投入し、2022年にはドイツを含む欧州5カ国に進出する計画を明らかにしている。しかしノルウェーには小鵬汽車(Xpeng Motors)や比亜迪(BYD)らが先に進出を果たしており、NIOが今後どれだけのシェアを握れるのかは未知数だ。
一方、中国国内では4月に開かれた上海モーターショーで、地方の中小規模都市への出店を積極的に進め、現在全国に260ある販売店を366店舗に増やす計画を明らかにしている。さらに6月には、NIOグループ傘下に20万元前後(約340万円)の低価格帯ブランドを設立する動きが報じられた。これは同社がテスラと併せてベンチマークにしているBMWとアウディについて、地方都市での平均販売価格が20万元ほどであることを踏まえた戦略とみられる。2021年はNIOの本格的な地方進出「元年」となりそうだ。
今日までの中国の自動車産業の発展は合弁メーカーの功績によるものと言っても過言ではないが、新エネルギー車の分野でも合弁メーカーが躍進している。なかでも2020年の新エネルギー車販売台数で2位につけた上汽通用五菱汽車(SGMW)は、超小型EV市場で約40%のシェアを握っている。
超小型EVはマイクロカーとも呼ばれ、軽自動車よりも小さなサイズの2人乗りEVだ。2020年末にトヨタが発売した「C+pod(シーポッド)」もこれに該当する。中国語で「代歩車」と呼ばれるように、まさに「歩く代わり」に乗る車として近隣への買い物や学校への子供の送迎といったシーンでの利用を想定している。
SGMWは、上海汽車集団、米ゼネラルモーターズ、広西汽車集団の3社が2002年に設立した合弁自動車メーカーだ。本格的に乗用車の生産を始めたのは2010年からで、新エネルギー車市場に参入したのも2017年という後発ながら、2020年には国内の自動車メーカーで最初に生産台数2200万台を突破している。中核をなす広西汽車集団は、「五菱」のブランド名でワンボックス車や小型トラック、小型バスなどを生産する商用車に強いメーカーとして知られる。1980年代から構築してきた販売網は、地方の中小都市や農村部にまで広がっている。
SGMWはセダンやSUVも生産しているが、新エネルギー車では超小型EVに絞っている。2020年7月に発売した「宏光MINI」は、エントリーモデルが2.88万元(約49万円)という破格の価格設定ということもあって、2020年は発売からのわずか5カ月間で12.7万台を販売し、2021年1〜3月の販売実績も合計7.2万台と順調な売れ行きを見せている。
超小型EVを購入するのは主に地方に住む40歳以下の若い世代だ。山東省、広西チワン族自治区、河南省の購入者が全体の約半分を占めており、さらに県や郷鎮と呼ばれる地方の農村地域に住む購入者の割合が37%に達している(2020年中国小型EV乗用車旅行ビッグデータ報告より)。1台100万元前後(約1700万円)のテスラとは購入層が全く違うとはいえ、販売台数でテスラを超えることができたのは、宏光MINIが生活にゆとりができた地方の人々のニーズをつかんだことはもちろん、五菱ブランドが地方で培ってきた販売網の強さも一役買っているのだろう。
一昔前まで「代歩車」と言えば、それは農村の高齢者が乗る鉛バッテリーの低速電動車のことを指していた。決して若者が乗るようなシロモノではなかったのだが、時を経て代歩車は超小型EVへと進化し、若者が好んで選ぶクルマに生まれ変わった。宏光MINIのような2人乗りの超小型EVは、これから都市部の2台目需要やデリバリーの配送車両としての利用が期待できる。SGMWがほぼ一強となっているこの市場で、どこまで販売台数を伸ばせるのか注目だ。
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