ここ数年、テクノロジー系スタートアップがマザーズ市場に次々と上場するなど、日本におけるスタートアップ市場への期待値は年々高まっている。また、このコロナ禍で社会全体の働き方が見直されるとともに、多くの企業でDXの大号令が飛び交うなど、急速なオンラインシフトの波も、テクノロジー系スタートアップにとっては追い風だ。
しかしながら、香港を本拠にもつ投資会社であるタイボーン・キャピタル・マネジメント(以下、タイボーン)の持田昌幸氏は、「成長資金を確保するための手段として上場を急ぐだけでなく、海外の機関投資家が日本のスタートアップに強い関心を持ち、資金の出し手として投資機会を探っていることを日本の起業家には知ってもらいたい」と語る。香港在住の同氏にタイボーンでの活動内容や、日本のスタートアップ市場に対して感じていることなどを聞いた。
——まず、タイボーンにおける持田さんの役割などを教えていただけますか。
私は2015年に入社して、現在のポジションは日本株投資責任者になります。従業員は40人弱いますが、投資チームはそのうち私を含めて10人余り。米国人、中国人、インド人が数人ずつで、日本人は私だけです。現在のタイボーンの運用規模は1兆円弱で、日本市場への投資事例として公になっているものは、決済サービスのPaidy、ECプラットフォームのBASEなどがあります。
——持田さんがタイボーンに入社するまでのキャリアも聞かせてください。
小さい頃から海外に行きたいという思いが強くありました。私の周りにはたまたま外国人が多かった影響もあり、高校の時にはニュージーランドに留学し、日本の大学を卒業した後は、投資銀行が面白そうだと思い、2008年から新卒でニューヨークの投資銀行に勤めました。
5年ほど勤めましたが、かなり仕事がハードな一方で、金融、社会人としての基礎を叩き込まれたので非常に良い経験でした。また、自分の意見をストレートに言うという習慣が身に付きましたし、英語力も磨かれました。
あとは、今の投資の仕事にはあまり活かされないスキルかもしれませんが、一生懸命やることの大切さも身に染みましたね。というのも、もともと優秀な人はいいと思いますが、自分はだいたい何事においても優秀ではない。だったら、せめて一生懸命頑張るということだけは大事にしようと思って仕事をしていました。
——5年務めた投資銀行を辞めたのはなぜでしょうか。
MBAを取得するためにビジネススクールで学びたかったんです。会社の同期がみんな米国で教育を受けていて、一緒にいて話が合わない時もあり、米国の教育機関はどういう感じなのかという興味もありましたし、忙しすぎたのでちょっとゆっくりしたいなという思いもあって(笑)。
MBA取得後に、そのまま米国に残って転職する選択肢もありましたが、日本やアジアで働いてみるのもいいかなと考えました。MBAを学ぶ人たちは、就職前の1年間にどこかの企業にインターンシップに行くことが多いのですが、そこで私は今のタイボーンを含め、いくつかのファンドでインターンシップを経験し、当時一番自分に合っていると思う、タイボーンに入社を決めました。
——米国にも多くのファンドがある中で香港というエリア、それもタイボーンを選んだ決め手はなんだったのでしょう。
私がタイボーンに入社した2015年ごろは、まだ運用規模は今の数分の1程度のアジアの中でも中小規模のファンドでした。
MBAの人たちの間では「ストレッチ・エクスペリエンス」というコンセプトがあります。ビジネススクールという安全な環境の中にいるのだから、普段やれないことを積極的に経験しにいこう、という考え方ですね。
米国や日本の企業でもインターンシップの機会はあったのですが、自分にとってのストレッチ・エクスペリエンスは何だろうと考えたとき、自分が働いたことのある米国や、生まれ育った日本で働くのは自分からするとあまりストレッチ・エクスペリエンスではないなと。だから、もっと新しさを感じられることをやろうと思って、香港に行くことにしました。2カ月半くらいのインターンシップですし、あまり将来住む機会もないだろうから良い人生経験かなと。
香港でいくつかインターンをさせていただいたのですが、私としては、ファンダメンタルを見て長期投資するタイボーンの方が今までの経験も生かせるし、性に合っていると思いました。投資対象の企業としっかり腰を落ち着けて話をしたりして、1つ1つ深く調べて投資判断や成長戦略を考えられることが面白かったんです。
インターンシップが終わった後、最終的にタイボーンに入社することにしました。たとえば、大手企業だとどのような会社なのかある程度想像できるところもあると思いますが、ファンドはいわば中小企業なので、実際に中に入ってみないと企業風土や文化が本当にわからない。
私はタイボーンの雰囲気が好きだと思ったし、私の知人からの評判も良く、ファウンダーも当時は優しかったので(笑)。
——タイボーンに入社してみて、改めて気付いたファンドとしての強みや特徴はありますか。
アジアを中心拠点にしたファンドでこれだけ長期投資を考えさせてくれるファンドはそんなに多くはない、というのが1つ。あとは、自分が面白いと思っているものを好きなように見ていいというか、自由度が高いところですね。ファンドサイズが成長したこともあり、リソースもかなりあります。好きなことを好きに調べていいし、PL(損益計算)にさえ責任を持っていれば自由にやっていい。上場企業だけでなく未上場企業も手がけていて、その未上場企業に対する投資の判断も早い。そのあたりはファンドとして特徴的なところだと思いますね。
もう1つ特徴として言えるのは、真の意味でのグローバル投資をしていることです。われわれは米国、アジア、欧州、オセアニアを投資の対象としています。たとえば、アジアにあるファンドはアジアのみにフォーカスすることが多くて、グローバル投資をしているところは実はそんなに多くないんです。
われわれはグローバルファンドであるおかげで、米国にいるスタッフやアナリストとナレッジを共有し合って、アジアでの投資のヒントにすることもあります。たとえば、日本だと決済サービスのPaidyに出資していますが、そういったペイメントサービスへの出資を検討する段階で、他のグローバルの決済サービスと比較しながら成長戦略を議論していくこともできます。あるいは他国の決済プラットフォームとの連携を考えることもできるわけです。そうやってグローバルの知見を交換できるのは、アジアにあるファンドとしては珍しいと思いますし、仕事としてもやりがいを感じますね。
——ちなみに、タイボーンは日本市場をどう捉えているのでしょう。
日本は世界の投資家からするとすごく大事な国です。日本の株式市場は流動性が高いですし、米国や中国に次ぐ大きなマーケットなので、われわれも大事な投資先の1つとして捉えています。もちろん未上場会社に関しても興味があり、これからもより一層積極的に投資させていただきたいと思っているところです。
グローバル投資というと、米国や中国の市場に目が行きやすいと思うのですが、日本は世界第3位の経済大国で、インフラも整っていますし、最近はスタートアップが育ってきて、盛り上がりをみせています。とりわけ日本は独特の商習慣、独特の言語をもつ国でもあるので、ローカルなスタートアップが成功する確率は大いにあると思います。日本のことを知らない海外企業が、既存のアセットを日本に持って来てすぐに成功する、というような簡単な市場ではないのも面白いですよね。
とはいえ、いろいろな指標を見るとキャッシュレスやソフトウェア領域など、他国と比べて成長余地が大きい分野があるのも事実です。また、投資ラウンドで言うとレイター期で投資するような人たちは、増えてきてはいるものの、米国、中国と比較すると日本はそう多くありません。この段階になるとスタートアップがすぐに上場してしまうイメージもありますが、私たちとしては、急いで上場してしまうのは会社の中長期的な成長のためには必ずしも良いとは言えないところもあると考えています。
——米中などと比べて、なかなか日本から世界で戦えるスタートアップが生まれていない状況についてはどう考えますか。
そもそも日本から世界に出ていくことが必ずしも企業の成功の定義であるのかな、と私は思うんです。日本は経済規模がものすごく大きい国ですから。たしかに、かつてスタートアップ企業だったAmazonのように、本国以外でもあれだけ成功している企業は日本にはありません。
当然、世界進出して海外で成功できるに越したことはないですし、創業者やアントレプレナーとしてそこを目指したい気持ちはわかりますが、少し海外進出にフォーカスしすぎている会社が多い気もします。海外で成功しなかったら、日本でいくら成功していても成功じゃない、なんてことは投資家の誰も思っていませんよ。われわれからしてみれば、競合が多く、外部環境も違う海外進出に多額の投資をするくらいなら、それをROIが高い国内事業に回して既存の成長率を高めた方が良いと思うこともあります。投資家としては海外に行くことが必ずしも是とはしていないんです。ケースバイケースですが。
たとえば、テンセントやアリババの成長には目を見張るものがありますが、ほとんど中国国内に留まっていますよね。韓国のNAVERも東南アジアのGrabも、グローバルに浸透しているわけではありません。インターネットの世界で、米国企業以外でグローバルに広がっている企業は多くありません。
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