「僕らは5年後、10年後に10億円、100億円規模にスケールするビジネスアイデアを持ち込んだつもり。まずは1日も早く、1円、1ユーザーを獲得したい」ーーそう語るのは、NTTコミュニケーションズが2016年度から開催している社内の新規事業創出ビジネスコンテスト「DigiCom(デジコン)」で、2020年度の最優秀賞に選ばれたSpace Tech チームキャプテンの井上大夢氏だ。宇宙での通信事業をテーマにしたアイデアを披露した。
井上氏は、入社2年目の若手社員だ。新卒で入社して1年間、営業という立場で宇宙業界のさまざまな企業と関わる中で「NTT Comだからこそ、業界の課題を解決できる」という思いが芽生え、同期メンバー5人で新規事業創出に挑んだという。そこで、Space Tech チームがDigiComで発表した新規事業の内容やコロナ禍における準備、今後の展望などをチームメンバーに聞いた。
——まず、井上さんが宇宙事業に挑戦したいと思った理由を教えてください。
井上氏:私はビジネスソリューション本部に所属し、入社して1年間、宇宙ビジネスを手がける企業と、営業という立場で関わりました。宇宙系の大企業、ベンチャー企業、外資企業、さまざまな顧客と接するなかで、純粋にすごいなと思ったのが原体験です。自分でも、宇宙に関わるビジネスをやってみたいと思いました。
宇宙業界にはさまざまな課題があります。NTT Comの既存事業領域でもある「通信」で、宇宙ビジネスの課題を解決していきたいです。というより「インフラの会社として、やらなくていいのだろうか」という使命感のほうが強いかもしれません。
——宇宙ビジネスのどのようなところに、魅力や課題を感じたのでしょうか。
井上氏:宇宙ビジネスの「業界として確実に伸びていく」という点は面白いと思いました。日本、アメリカ、アジアでも、宇宙系のスタートアップ企業に集まる資金は増えており、実際に市場規模も伸びています。会社の規模感を問わず、いろいろなものが生まれている。これはめちゃくちゃ面白いと思いました。自分のアイデアで第一人者になれる可能性もありますし、NTT Comはインフラの会社ですので、“イノベーションの下支え”を担うことができます。
一方、課題として着眼したのは、業界全体的に設備事業の側面が大きく、莫大な固定費がかかる点です。これは、新規参入の障壁にもなっています。この固定費をわれわれが事業として担うことで、ベンチャー企業など新しいプレイヤーが参入しやすく、活躍できる環境を作っていきたいと考えています。
——DigiComでは見事、最優秀賞に選ばれました。その内容を聞かせてください。
井上氏:「宇宙と地球の通信」にフォーカスした事業です。人工衛星の中でも低軌道衛星に着目しました。
低軌道衛星とは、上空2000m以下の高度で地球の周りを1日4回ほどグルグル回っている衛星のことで、地表の1点を約10分で通過するため、地球との通信時間が1日40分しか取れないという課題があります。衛星からのデータダウンロード、衛星へのコマンド送信などを40分以内でやりくりしなくてはならず、この時間を増やすためには地上のアンテナを増やすしかありません。
しかし、地上局と呼ばれるインフラを宇宙系事業者が個社ごとに、世界中に増設して運用・保守するのは、とても非効率です。通信事業者であるわれわれが、地上側のインフラを整備し、事業者にご利用いただくことで、宇宙と地球との通信コストを下げられる、というアイデアを発表しました。データセンターと同じ発想ですね。
——Space Tech チームの皆さん5人は、どうやって集まったのでしょう。
井上氏:僕が発起人として、最初に友人で同期の松本くんに声をかけて、「宇宙をやりたい」「イノベーションを下支えできる通信事業をやりたい」と口説きました。
そして、新規事業創出には、設計ができる、ユーザーに向き合える、実装できる、UXやUIのデザインができる4名が必要だと考えて、それぞれの要素を持つ同期に声をかけてプレゼンして回りました。この5人のメンバーが固まるまで約2週間、もともと知らなかったメンバーも含めて「目的が合ってみんなで集まった」感じです。
——皆さんの本業と、Space Tech チームでの役割について教えていただけますか。
松本氏:私は普段はアプリケーションサービス部に所属し、電話系サービスを担当しています。大学では通信をテーマにした研究をしていました。Space Tech チームでは、システムの要件や事業計画など全体の構成や、サービス企画を担当しています。
児玉氏:私も松本くんと同じ部署で、映像解析のソリューション開発を担当しています。大学では画像処理の研究室でAIの技術にも触れていたので、衛星データの画像処理プラスAIというところで、松本くんから声をかけられました。今回の発表は、衛星データを使って何ができるかの検証や、資料を作成するにあたり衛星事業に関する詳細のリサーチなどを担当しました。
澤氏:私はソリューションサービス部に所属し、主に官公庁向けのネットワークソリューションを提供する業務を担当しています。本業もPM(プロジェクトマネージャー)として上流から下流工程まで管理しており、Space Tech チームでも同様に全体を見て問題点をチームにフィードバックしていくという役割を担いました。私も松本くんから活動のことを聞いて、非常に面白そうだと思ってジョインしました。
阪野氏:僕は1人だけNTTコミュニケーションズの子会社にあたるNTTPCコミュニケーションズに出向中で、BtoB向けの業務アプリケーションやインフラ基盤の設計構築を担当しています。
実は、別のアイデアでDigiComに参加していたところ、Slackで井上くんから声をかけられてジョインしました。Space Tech チームではデザイナーという立場で、宇宙ビジネスでどういう形のサービスがよいかなどを検討しました。また、ソフトウェアやアプリケーションのレイヤーの知識があるので、社内の既存サービスと外部サービスを結びつける仮説における現実解の検討なども担当しています。
——2020年はコロナ禍で、オンラインで集まることが多かったと思います。初対面同士のメンバーもいるなか、チームとして活動するにあたり、どのような工夫をしましたか。
井上氏:活動の9割はオンラインだったと思います。最初は、お互いに面識がないメンバーもいたので、対面で会うことも大事かなと思い、アイデアをまとめるという名目で2回くらいリアルで集まったりもしました。
阪野氏:僕は1人だけ別会社なので、リアルで頻繁に集まるより、リモート前提の方が集まりやすかったです。最初に、オンラインホワイトボードなどのツール選定もしっかりして、オンラインで頻繁に集まれたのが良かったと思います。
児玉氏:みんな本業が、慢性的あるいは突発的に忙しいなか、5人集まれないことも多々ありました。でも、そういう時、4人で話し合った内容を残りの1人に必ず共有して、5人がまとまって次のアクションを起こせるよう一体感を持って進められたことは、本業が忙しい中でもやってこられた一因だと思います。
——チーム結成からDigiCom本番まで、振り返ってみていかがでしたか。
井上氏:3つのフェーズがあったと思います。第1フェーズは、5〜6月の「業界理解」です。宇宙は、みんなが馴染みある分野ではありません。最初は僕が、メンバーへのプレゼンを兼ねて勉強会を開いたり、あとは資料を買う、読む、YouTubeを見る、宇宙ビジネスのアクセラレーターなど外部の方に話を聞くなど、使える手段はすべて使ってみんなで勉強しました。
松本氏:一番最初に話を聞いた時から面白いと思って「やるぞ」と決めていたので、趣味みたいな感じで常にアンテナを貼りながら情報収集しましたね。コロナ禍で外に出られない時間も長いので、没頭できるものがあるというのは、すごくありがたかったです。
——第2フェーズではどんなことに取り組みましたか。
井上氏:第2フェーズは7〜8月、「何をやるか」の選定です。業界の課題を再度洗い出し、その課題が本当の困りごとなのかを検証しました。具体的には、「本当にニーズがあるのか」「NTT Comがやるべき意義があるのか」「サービスの高度化、ビジネス拡大の可能性があるか」という3つの軸で検討を進めました。
児玉氏:私はこのフェーズが一番印象に残っています。「宇宙の新規事業をやりたいけれど、実際に何をすべきか」という方針を議論する際、衛星事業に関連する事業をすべて挙げて、フローチャートにまとめ、NTT Comが参入できるところや、解決できるソリューションは何かについて、5人全員で図面に起こしながら議論を煮詰めていくことで、方針が決まっていったと思います。
——宇宙に関する自社のアセットの掘り起こしも、当然されたと思います。
井上氏:関連する技術や事例の掘り起こしについては、阪野くんが言いたいことがあると思います(笑)。
阪野氏:社内のリソースの掘り起こしには苦労しました。弊社規模の事業者だと、事業や技術の領域が本当に幅広くて、自分たちのアイデアに何がどう組み込めそうか、パターンをあげるだけでも大変でした。さらに僕は別会社に所属しているため、なかなか詳しい情報に到達できず、結局は個人的なツテで詳しそうな方や担当者を紹介してもらうという地道な活動を続けていましたね。
——そこからコンテスト本番まで、もうわずか1〜2カ月ですよね。
井上氏:はい。第3フェーズでは、大きな方針転換はないのですが、ユーザーヒアリングを繰り返し行い、検証のアップデートをずっと回していました。その都度、資料を作り直し、ヒアリング項目を練り直して、大きなテーマは変わらないのですが、事業の解像度が上がるにつれて内容はかなり変わっていきました。
——ユーザーインタビュー先の企業はどうやって見つけたのでしょう。
阪野氏:僕はこの最後のフェーズが一番印象に残っているのですが、協力会社さんを見つけてつながっていく井上くんや松本くんの力が、本当にすごいと思いました。松本くんのフットサル仲間や、井上くんがもともと知っている会社さんのほか、問い合わせフォームからメールを出した企業さんの中には、いまも一緒に検討を進めていただいているベンチャー企業もあります。
——ユーザーヒアリングでの反響はいかがでしたか。
井上氏:「そのサービスはいつから使えるの?」と聞かれるなど、関心の高い企業さんもありましたし、NTTという存在が宇宙事業に取り組むことに対する期待値は高かったです。現在も、何社かとはそのまま協業などの可能性も含めて、お話を続けさせていただいています。
——先ほど、本業が忙しいというお話や、没頭できるものに救われたというコメントもありました。何が皆さんのモチベーションになっていたのでしょうか。
井上氏:やりたくてやっている「趣味の延長」みたいな感じで、同年代のメンバーで集まってやれたことだと思います。オンラインで話すことにも全員すごく慣れていたので、本業が終わった後や土日でも「いまから入りまーす」と気軽にみんなで話し合えたのは、お互いにいい時間だったと思っています。
澤氏:そうですね。この活動は、本業だけでは味わえない刺激がありました。全員同期2年目で、みんなが違った個性や力を持っていて、それを出し合って新しいことを生み出していく。「仕事っていうものは、こういうものなのかな」と改めて実感するきっかけにもなりました。
——最後に今後の展望についてお聞かせください。
井上氏:最初の1円、1ユーザーを、できるだけ早く獲得したいと思っています。僕らは、あくまで社内のビジネスコンテストでプレゼンしただけで、宇宙業界ないしは社会の何の役にも立っていません。まずは最初のビジネスを成立させて、そこから宇宙業界で裾野を広げていって、3年くらいで通信の“下支え”になれるよう頑張りたいです。
——DigiComではNTT Comの丸岡社長も「かなり期待している」とコメントされていましたね。
井上氏:はい、すごく嬉しかったです。宇宙事業を会社の施策でやるためには、役員にプレゼンする必要があると考えていましたが、いきなりメールを出しても上手くいかないことは目に見えています。DigiComの本戦まで残れば役員全員が見ている前でプレゼンできると聞いて参加したという経緯もあったので、社長から期待値の高いリアクションをいただけたことは、とてもよかったです。
——会社に対しては、どのようなことを期待していますか。
井上氏:僕たちは、新規プロダクトではなく新規事業を創りにきました。「5年後、10年後に、10億円、100億円にスケールするビジネスを創る」という今回のコンテストテーマに対して、それに見合うアイデアを持ち込んだつもりです。会社のアセットを使って100億円規模の新規事業を創るには、それだけの投資判断が必要だと考えています。「僕らは一生懸命やるので、それに一生懸命応えてほしい」というのが、会社に一番期待することです。
僕らSpace Tech チームのメンバーがそうだったように、まずは宇宙業界を知ってもらうことで興味も湧いてくると思います。逆にいうと知らないことには興味は湧かないものですよね。僕らからどんどん発信して、宇宙ビジネスをもっと知ってもらう活動も今後はしていきたいです。
なお、CNET Japanでは2月にオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021 〜『常識を再定義』するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く〜」を1カ月間(2月1〜26日)にわたり開催中だ。2月19日のセッションでは、DigiComのキーパーソンであるNTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門の斉藤久美子氏や、今回のSpace Tech チームを筆頭に、DemoDayで1〜3位に輝いたチームに登場してもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、DigiComの取り組みをより深く知りたい方はぜひ参加してほしい。
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