大企業における積極的な新規事業開発の例は、今や珍しくなくなってきた。しかしながら、規模の大きい企業ほど複雑な承認プロセスや縦割り構造のような既存の仕組みが根強く、それが新規事業開発を進める際の壁にもなりやすい。社内の理解を得られず、あるいは社内にあるはずのノウハウをうまく活用できずに、志半ばでしぼんでしまうプロジェクトも少なくないはずだ。
NTTコミュニケーションズも新規事業開発を推進している企業として知られている。既存事業を新規事業に成長させていくことを目的とした「OPEN INNOVATION PROGRAM」に加えて、1からの新規事業創出を支援する「Business Innovation Challenge」(BIチャレンジ)というプログラムを展開しており、グループで1万人を超える従業員を抱える大企業にも関わらず、その動きは活発だ。
実は、同社が新規事業開発を加速させているその裏側には、新規事業開発支援をサービスとして提供しているビザスクとフィラメントという2社の存在がある。10月12日に開催されたオンラインセミナーでは、NTTコミュニケーションズが新規事業開発にどのような体制で取り組んでいるのか、そこにビザスクとフィラメントがいかに関わって成功に結びつけているのか、3社の担当および代表が語った。
オンラインセミナーで登壇したのは、NTTコミュニケーションズでBIチャレンジ事務局を運営し、自身も働き改革を軸に据えた3つの新規事業開発を担当しているという同社イノベーションセンターの山本清人氏。そして、ビザスク執行役員の田中亮氏と、フィラメント代表取締役CEOの角勝氏の3人。
ビザスクは、専門的な知識をもつフリーのアドバイザーによるコンサルテーションを提供するマッチングプラットフォームを運営しており、登録アドバイザーを国内に約10万人、国外に約1万人を擁している。企業はこのマッチングプラットフォームで自社の目的に合ったアドバイザーを見つけ、対面や電話などでインタビューを実施したり、アンケート調査や想定顧客層へのヒアリングを依頼したりできる。
他方、フィラメントは企業の新規事業開発において、従業員のマインドセットを整えるところから関わり、アイディエーション、事業設計、パートナーの発見と提案、ローンチと、初期から事業運営まで一気通貫でサポートする伴走型の支援事業をしている。ビザスクとフィラメントは9月に業務提携を発表しており、NTTコミュニケーションズに対しては、それぞれの得意分野を持ち寄ってBIチャレンジに協力しているという形になる。
セミナーでNTTコミュニケーションズの山本氏はまず、BIチャレンジにおいて重視している点を紹介した。同氏によると、1つ目は「できるだけ中に閉じず、初期の段階から社外の声を取り入れるようにしている」こと。たとえばアイデア出し1つとっても、社内だけでは客観的な視点から妥当かどうか判断することは難しい。そのため、ビザスクのプラットフォームを利用し、想定顧客などにヒアリングした結果と合わせる形で提案し社内の合意を得ているという。
もう1つは、プロトタイプを展示会などの社外イベントに出展して市場の声を幅広く聞くようにしていること。ただし、「なるべくプロトタイプを早く作りすぎないようにする」ことも意識している。一度形にしてしまうと、外部にヒアリングしても「作ったそのものに対しての良し悪し」だけで判断されてしまい、「アイデアの方向性が固まりすぎてしまう」からだ。
このような形で多くのノウハウを溜めてきている同社だが、悩みも少なくない。新規事業担当者は専任ではなく、本業が他にあるなかで新規事業にも携わっている。「どうしても今までの本業のやり方、本業での知識の範囲内で進めてしまう」ことが多いため、新しいことをするという「マインドセットにいかに改めていくか」が課題になっている。
新規事業開発に取り組むなかで、NTTコミュニケーションズも当然ながら成功も失敗も重ねてきている。そのなかで山本氏は、いくつかの成功パターン、失敗パターンも見えてきていると語った。
成功パターンの1つは、同氏によると「メンバーのモチベーション維持が上手いチーム」だという。1年単位という比較的長いスパンで活動するBIチャレンジでは、メンバーのモチベーションをいかに保ち、盛り上げるかが鍵になる。
こういった部分ではビザスクやフィラメントが提供しているメンタリングによるサポートなどを活用し、担当者にマイルストーンごとの進捗に手応えを感じさせることが重要だとした。また、そういったメンタリングをはじめとするサービス・ツールを「使い倒しているチーム」も成功しやすいという。
反対に「従来のやり方に固執してしまったり、本業が忙しくなってモチベーションが続かなくなってしまったり、上司の理解が得られなかったり」といった、他の大企業でよく見られるようなパターンに陥ると、やはりうまく進まなくなるようだ。
これらに対して角氏は「自分たちが楽しくやっていて、学びを積極的に楽しんでいるチームは続きやすい感じはする」とし、メンタリングの際にチームで独自にどんなことを試したのかを報告してくれるようなチームも「次のステップアップの糸口が見つかったりしてどんどん洗練されていく」ことが多いとコメントした。
展示会などのイベントに出展するのも「めちゃくちゃ効く」。それまでのインタビューで得たものを超える分が1日で集まることもあり、角氏は「そこで蓄積された学びを次にどう活かしていくか、ひたすら考えること」がメンバーのパッションやモチベーション維持にもつながると述べた。
続いて田中氏が、NTTコミュニケーションズにおける新規事業開発1チームの人数について質問した。これに対して山本氏は「制限は特にない」としながらも、2、3人以上を推奨していると回答。1人ではプロジェクトが止まってしまいがちで、逆に多いケースでは「10人を超えるチームもあるが、合意形成が難しいことがある」のがネックになると考えているようだ。
「学びを加速させるという意味では、1人だとうまく進まない。2、3人のチームがいいと我々も思っている」と同意する田中氏。しかし角氏は「10人の大所帯でもうまくいっているチームはある」とする。その場合は「全員でやることにこだわらず、集まれるメンバーで進めておいて、他のメンバーはそのときに決まったことにちゃんと従っていくこと」が大切だという。
人数の多寡に関係なく「役割分担ができていればいい」と角氏。反対に「一番しんどいのは、みんなの意見が合わないと前に進められないとき。“最大公倍数”を取りにいくパターンは意思決定の時間がかかる」ということの方が問題だと述べた。
山本氏は、ビザスクやフィラメントのソリューション、サービスのどんなところにメリットがあると感じているのだろうか。同氏はビザスクについて、カバーしている業種・業界が広く、マッチング率が「異常に高い」ことを利点として挙げた。こだわった条件で探す場合でも「エキスパートの方を探し始めてからマッチするまで数営業日。マッチしなかったという話はあまり聞かない」という。
また、フィラメントによるメンタリングについては、コロナ禍以前からSlackやオンライン会議でも対応してもらっていること、業界に関連しそうな時事ニュースなどのインプットも頻繁にあることなどが「寄り添ってもらっているようで、非常に心強い」と評価している。
ビザスクのプラットフォームを利用してユーザーへインタビューした後、そこで得られた情報や学びをどう活かせばいいのか悩むこともあるという山本氏。それをフィラメントがメンタリングでフォローし、具体的な活用アイデアやビジネスモデルの見直す方向性を提示してくれることもあるといい、「2社の組み合わせ、掛け合わせ」による相乗効果も大きいようだ。
視聴者として参加しているユーザーからの質問にも答えた。1つ目の質問である「管理職がBIチャレンジに参加してもらうための仕掛け」については、トップから管理職の人が評価されることも狙い、「トップを巻き込むこと」が大事だと山本氏。役員クラスの人を新規事業開発のプログラムに巻き込んで、審査員として参加してもらったり、応援メッセージを出してもらったりして、「なるべく全社的な取り組みにする」ことを意識しているという。
ただし、オフィスの会議室ではなくオンラインでのミーティングがメインとなっている現在では、役員であっても1ユーザーとして画面に表示されるだけになり、社員にとっては「参加しているのかわからない」状態になる。そのため、役員に「コメントしてもらう時間を作ったり、イントラネットに応援メッセージを載せてもらったり」といった“巻き込み感が見える”手段が有効だとした。
一方で新規事業開発においては、担当する人の「熱量」や「パッション」も重要と言われる。これを維持し、高め続けられるかどうかが成功のカギを握っていると言っても過言ではない。パッションを高めるにはどうしたらいのか、という質問について角氏は、「多くの人間に共通する幸せを感じるポイントがある。自分がやっていることが誰かの役に立っているという認識、これを持てるとやる気が出てくる」と説明する。
同じ社内からの視点では、どうしても社内の基準で活動内容の価値を測られてしまう。新しいアイデアが出ても自分たちでその価値に気付けない場合もある。そこでフィラメントのように「いろいろな業界のいろいろな物差しを知っている」外部の立場が重要になる。その業界における価値をしっかり伝えることができれば、「自分がやっていることの価値に気付き、途端にパッションが上がることが多い」と角氏。つまり「外部の目線で価値を伝えること」が特に重要なのだとした。
最後に、新規事業開発の進める際の最も重要な点について田中氏は、「新規事業、仮説検証をどう進めていくかはものすごく難しい。とにかくどんどん外に出てくことが大事」だと言い、「社内の物差しでなく、社外の客観的な目で捉えてもらったり、社外の人と触れ合ったりすることで新しい発想にたどり着ける。社内に閉じず、外にある使えるものはどんどん使い倒してほしい」と視聴者にエールを送る。
角氏は「新しい事業のアイデアを考えるのはすごく楽しいこと。自分のアイデアが世の中を良くしていくかもしれない、昨日よりも良い明日を作る立場になれるかもしれない、そう考えるとワクワクする。ただ、アイデアだけでは価値がない。なぜなら実証されていない思いつきの状態だから。実証されていない仮説であるアイデアをどんどん検証し、確実性を高めていくプロセスを楽しんでいってほしい」と話す。
山本氏も角氏と同様に、アイデアだけあっても意味がないとしたうえで、「同じようなアイデアは毎年たくさん出てくる。そんな中でも前に進むアイデアには、パッションをもって継続できる人がいる」と改めてパッションの重要性を強調。外部の知見を得て、次のアクションにどんどん繋げていくことの大切さも訴えた。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス