そうした状況に業を煮やした菅政権の影響を少なからず感じさせたのが、NTTによるドコモの完全子会社化である。9月29に発表されたこの買収劇は、業界全体に激震を与えたといっても過言ではないだろう。
NTTの代表取締役社長である澤田純氏は、完全子会社化の理由の1つに、ドコモの利益が携帯大手3社の中で最も低い水準にあるなど業績が芳しくないことを挙げている。完全子会社化した後、同じ完全子会社であるドコモとNTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアとの統合を検討するなど、グループのリソースを活用して競争力を強化する考えのようだ。
また澤田氏は、国内の通信事業がGAFAなどの海外巨大企業に押され存在感を発揮できていないことから、NTTとドコモの研究開発リソースを融合させ、NTTが打ち出す「IOWN構想」を軸とした通信技術で5G、6G時代に世界市場での存在感を高めたい考えも示している。NTTは6月にNECとの資本業務提携も発表しており、NTTが軸となって日本の通信事業を再興したいと澤田氏は考えているようだ。
ただ、NTTグループはかつての電電公社であり、国の資金を投じて整備した設備を多数持つなど競争上優位性が大きいことから、これまで政府によって分離・分割が進められた経緯がある。にもかかわらず、NTTがドコモを完全子会社化するというのは、ライバル他社からしてみればNTTグループが再集結する動きにも見え、公正競争が阻害される懸念もある。そうしたことから28の通信事業者が、11月11日に「日本電信電話(NTT)によるドコモの完全子会社化に係る意見申出書」を提出するに至った。
また、そもそもNTTの大株主は政府であり、NTTグループの分離・分割は政府が主導してきたものでもある。にもかかわらず、なぜ政府がNTTがそれとは逆の動きとなるドコモの完全子会社化を認めたのかと考えると、浮かんでくるのが菅政権の携帯料金引き下げである。
NTTはドコモの完全子会社化を、菅政権が誕生する前の4月頃より検討していたとして、料金引き下げとの直接的な関連性については否定している。だが菅氏は前任の安倍晋三政権下で官房長官という非常に重要なポストを担っており、安倍政権内でも影響力は大きかったといえる。
そのため、競争力強化のためドコモを完全子会社化したいNTTと、菅氏が訴え続けている携帯料金の大幅な引き下げを実現したい政府との思惑が一致し、完全子会社化の実現につながったと見ることができるわけだ。実際、NTT出身の井伊基之氏がドコモの代表取締役に就任した後の12月7日に発表された料金プラン「ahamo(アハモ)」は、菅政権の影響を強く受けていることを印象付けている。
ahamoは複雑な割引がなく月額2980円、かつ20GBの高速データ通信が使えるプランとして大きな評判となった。一方でahamoユーザーはドコモショップでのサポートが受けられないなど、既存のドコモの料金プランとは仕組みが全く異なっている。にもかかわらず、別のブランドではなくドコモブランドの料金プランとして提供されるなど不可解な点が多いのだ。
そして先にも触れた通り、ahamo発表の直前に武田大臣がサブブランドでの料金引き下げを評価しない姿勢を示していた。ゆえにドコモは大臣の姿勢変化を受けて急遽、サブブランドとして提供しようとしていたahamoをメインブランドの料金プランとして発表するに至ったのではないか、と見る向きは多い。
しかも、ahamoの発表翌日となる12月4日に実施された武田大臣や菅総理の記者会見を見ると、ahamoと見られる料金プランに触れ「メインブランドで2018年から7割安い」と、絶賛するかのような発言が相次いだ。従来の料金プランとは全く異なり同列に評価するのが難しいahamoを、メインブランドのプランとして提供されたというだけで同列に評価することには少なからず疑問が沸くだけに、ahamoに関する一連の動きは政府とNTT、ひいてはドコモとの結びつきを印象付けたともいえるわけだ。
確かにahamoの登場は、これまで複雑な割引が絡む携帯電話料金の仕組みを大きく変えたものであり、とりわけインターネットやスマートフォンに詳しい若い世代からも高い支持を得ているようだ。ahamo発表の約1週間後となる12月9日にKDDIが発表した「データMAX 5G with Amazonプライム」が、従来通り複雑な割引を適用しないと安価にならない仕組みで、なおかつ発表会で割引前の高額な料金を示さなかったことで、不誠実に映りSNSで炎上を招く騒ぎとなったことが、その支持の高さを示しているといえよう。
その騒動を意識してか、12月22日にahamo対抗の「Sonftbank on LINE」など新料金プランを発表したソフトバンクは、割引前の料金を説明するなどシンプルで分かりやすいことの説明に苦心していた。ahamoの登場で、消費者が従来の分かりにくい料金プランに「NO」を突き付けたことの意味は大きかったといえる。
しかし、だからといって、政治によって携帯電話の料金が安くなることを歓迎してしまえば、民間企業の自由が失われ、逆に政治によって料金が高くなることも認めざるを得なくなることを忘れてはならない。菅政権は2021年も携帯電話料金引き下げに向けた手を緩めないと見られるが、国の資産である電波を扱う事業とはいえ、自由化されている民間企業が展開する携帯電話の事業に、必要以上に政治が介入することの問題点は、もっと多くの人が認識すべきではないだろうか。
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