人間の脳の適応力は非常に高い。脳は、心拍数を制御したり、悪夢を見たり、短いメロディから数十年前に聴いた歌を思い出したり、全く新しい言語を習得したりすることもできる。
こうしたことができるのは、脳が可塑性を持つからだ。脳の可塑性とは、新しいスキルを習得したり、環境の変化に順応したりするときに使う伝達経路を再配線できることを指す。神経可塑性によって、脳は環境あるいは身体そのものの変化に対応している。だが、われわれの脳は間もなく最大の課題に直面しそうだ。それは、ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)を介したコンピューターとの接続だ。これにより、世界や自分の身体に対する見方、さらには世界に変化をもたらす速度さえ変わる可能性がある。
ほとんどの侵襲的(つまり、頭蓋骨の内部に侵入する)BCIインターフェースは、脳の表面に電極を置き、細胞組織を通過する電気信号を拾い上げる。当然ながら、基本的な生物学的レベルでは脳はシリコンチップを置くようにはできていない。脳は電極の周囲に線維性組織と呼ばれる小さな瘢痕を生成する。そう聞くと心配になるし、BCIはまだ新しい技術でもあるが、脳が瘢痕を生成する反応は、ユーザーが心配しなければならないような大きな混乱を脳にもたらすことはないと考えられている。
それに、BCIを使うことでもたらされる脳の瘢痕以外の変化は、より広範囲で魅力的なものだ。
脳は一般に変化への順応が得意だ。新しい道具や新しい環境に順応する。例えば、鉛筆の持ち方を学ぶ時、脳は自分自身に対する考えと、鉛筆によってできるようになる新しいスキル(字を書いたり絵を描いたりすること)を習得するためにできることの範囲を広げる。運転でも、スマートフォンを使うことでも、針仕事でも、ガスバーナーを使うことでも同様だ。新しいスキルを習得するごとに、何ができるかという考えが拡大する。
実際に手に道具を持つことと、BCI(これも基本的には道具の1つではあるが)を頭に埋め込むことの違いは、BCIは外界と関わる役割を担う神経にダイレクトにつながることだと、バテル記念研究所のテクニカルフェロー、Justin Sanchez氏は語る。「したがって、BCIが直接接続した神経の可能性は(手に道具を持つ場合よりも)かなり高い。(中略)BCIを使うと脳の可塑性が生じ、その可塑性は人によって様々な広い方法で変化する可能性がある」とSanchez氏。
2019年に発表された論文によると、非侵襲的BCI(頭の中に埋め込むのではなく、頭の表面に装着するセンサーで脳信号を読み取るBCI)を短時間使うだけでも、脳の可塑性が誘導されるという。この研究では、非侵襲的BCIを使った人に特定の動作について想像するよう求めたところ、1時間後には変化が見られた。
この方法で脳を再配線する機能は、例えば脳卒中や脊髄損傷などで神経系に損傷のある人々にとって、特に役立ちそうだ。
可塑性はBCIにとって特に重要だ。研究者たちは、このシステムで脳や脊髄に損傷のある人が手足の麻痺や触覚喪失を克服できるようにしたいと考えている。神経系を地域公共交通網に例えると、脳卒中は大渋滞のようなものだ。何も出入りできなくなる。BCIは脳卒中を起こした人が、この大渋滞を回避する別ルートを見つけるのに役立つ。そうすることで、神経が伝達すべき情報は目的地を目指すことができる。
ウィスコンシン大学マディソン校で神経インターフェース技術を研究する生体医工学教授、Justin Williams氏は次のように語る。「脳卒中からの回復にこの技術を使える。既に存在はしていたがそれまで使ったことのなかった別の接続ルートを見つけることができる。BCIの支援で、脳卒中のリハビリの黄金律とみなされている試行錯誤よりはるかに早く、新しい接続ルートを見つけられる」
この再配線機能は、身体の各部分が脳とやり取りする方法にも影響を与える可能性がある。将来的には、BCIはロボット人工装具を使う四肢まひの人のために使われるかもしれない。BCIは、例えば、腕がまひしている人の神経信号を復号し、この信号をロボット義手の操作に使うかもしれない。
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