食品メーカーとしてニチレイは、食に関するさまざまな研究を行っているが、そのなかでも美味しさについては、味、香り、食感といった品質が及ぼす影響のみならず、心理的な影響から個人差が大きく、個人の味の好みを定量化することは難易度が非常に高いものだったという。
conomeal kitchenの中核を担う食嗜好分析には、同社と中央大学理工学部が共同研究した「心」を見える化する分析技術「心理計量学(サイコメトリクス)」が用いられている。それにはどのような特徴があるのだろうか。
「調査をすると、必ず『献立を決めるのが大変』という悩みが上位に上がってくる。献立の情報自体はたくさんあるのに悩むのはなぜかと考えたところ、『選び出すのが大変』ということに気付いた。選ぶためにも『暑いからさっぱりしたものがいい』、『今日は誰々がいるから何にしよう、この素材はやめよう』などキーワードが必要になる。AIの食嗜好分析によってある程度絞り込んで提供することが、献立の悩みに対する価値になると考えている。献立を決めても、買い物や作る作業といった工程が残っている。ストレスを減らすために、時短で作れるようにサポートするのがポイント」(関屋氏)
スタート時点でのレシピ数は350レシピで、主菜と副菜が1対2程度の割合だという。他のレシピサイトと比べると少ないようにも思えるが、「必要最低限、飽きのこないメニュー数に絞り込んだ」と関屋氏は語る。今後は季節に合わせたメニューなども増やしていく予定とのことだ。
そもそも、なぜ食品メーカーのニチレイがconomealという新規事業をスタートしようと考えたのか。そこにはメーカーとしての大きな危機感があった。
「食の産業構造は利益がなかなか出ないなど危険な状況にある。サプライチェーンの隙間に入っているデジタル企業が大きな利益を得られる環境になりつつある今、食品メーカーとして何ができるのか。食品メーカーだからこそできるデータの活用をしたいと考えた」(関屋氏)
ニチレイは消費者の口に入る食品を製造しているものの、卸を経由して小売業が販売するという商習慣で事業を行ってきた。そのため、一般消費者とのタッチポイントがなく、食に対する意識や傾向などに関するマーケティングを直接できなかった。簡単な質問に答えるだけで自分の食嗜好を分析して献立を提案してくれるconomeal kitchenを提供することで消費者との直接の接点をつくり、食に対するさまざまなデータを収集し、サービスの向上や商品開発などに結びつけていく狙いだ。
「たとえば当社の商品を購入された方が、なぜそれを購入したのかという理由を購入したそのタイミングで把握することは難しい。同じ商品でも、購入する理由は人によって異なり、それを理解することで次に提案するものも変わってくる。それをやりたいと考えたときに、まずは食のタイプを知ろうと考えた。ある食の嗜好を持つ人たちが実際に何を選んでいるのかというデータがたまってくると、買う『理由』と買った『結果』が分かってくるので、今までにない、これまでの食品メーカーにはできなかったマーケティングができるようになるのではないかと思っている」(関屋氏)
conomeal kitchenのメインターゲットは30代〜40代の家族がいる女性と40代の男性で、どちらも週4回以上は料理をしている人だという。では、どのようにしてターゲット層に訴求していくのか。
「conomeal kitchenを使うことで自分の時間を有効に活用できることが提供価値としてターゲット層に響くのではないかと考えている。現在(新型コロナウイルス禍)の環境下においては作り置きをする方が無駄な買い物をせずに済むため適切だと思うし、フードロスの低減にもつながる。そうした課題意識を持って生活を送っている人の方が、食の体験そのものを幸せに感じるというリサーチ結果もある。なので、なるべく経済的で、無駄なものを使わずに、上手に情報を使うことが幸せにつながるとすれば、このアプリの訴求ポイントになるのではないかと思う」(関屋氏)
関屋氏とともにconomealプロジェクトを牽引するのは、大手企業の新規事業案件に特化した事業を展開するスペックホルダー代表取締役社長の大野泰敬氏だ。大野氏は「conomeal kitchenはプロジェクトの第1弾で、最終目的は『食のOS(基本ソフト)』づくりや新しいビジネスの展開にある」と語る。
食のOSとはどういうものなのか。
「食材の情報を入れると、その食材をどのような人が好むのか、どのようなレシピになっていれば特定の層が買ってくれるのか……といったアプローチができるもの。逆にこういう人たち向けにはこういう配合のレシピを作るといいなど、人が頭の中でしていたマーケティング活動をデジタルでできることをイメージしている。ファッション通販サイトの『ZOZOTOWN』で、閲覧している商品をAIが分析し、それに似た商品を提案する仕組みがあるが、イメージはそういうものに近い」(関屋氏)
大野氏はこう続ける。「conomealのDB(データベース)にたまったデータを活用しながら、食品産業用のシミュレーターや食意識マーケティングツールなどを作り、それを食品メーカーやこれから出てくるであろう家庭用ロボット調理器メーカー、小売業など、さまざまなサービス事業者向けにAPI(アプリケーション開発インターフェース)を開放し、幅広く使ってもらえるような仕組み作りをしていきたい」(大野氏)
関屋氏も「ロボットが料理を作る場合でも、単にレシピのデータを入れるのと、食意識のデータを入れて反映させるのでは、出てくる料理の質がかなり違ってくるだろう。そういったものを全部構造化していくつもりだ」と語った。
食意識マーケティングツールについて関屋氏は「これから価値があるかどうか検証していく段階」としつつ、現時点での構想について語った。
「たとえばここにいる全員が同じ日に偶然ファストフード店に行ったとして、その一人ひとりに対して明日はどう提案するのか。時短を優先する意識の人と手ごろな値段でおなか一杯食べたいという人とでは、次に提案するお店が変わる。これまではそういうアプローチで食品を分析できていなかった。食意識マーケティングツールは、なぜそこに行ったのかを分析して、次の手を考えるということができればいいと思っている」(関屋氏)
conomealの中核技術として、食嗜好を分析するサイコメトリクスがあるが、それに加えて香りを分析する「MS Nose(エムエスノーズ)」も活用していく。MS Noseとは食べ物をそしゃくする際にのどの奥から鼻腔に抜けて感じる、「レトロネーザルアロマ」と呼ばれる香りを測定して可視化できるもの。鼻から直接嗅ぐ「オルソネーザルアロマ」と呼ばれる香りの測定では分析できない、食べ物をかみ砕いたり飲み込んだりする時に刻々と変わっていく香りの変化を秒間約50回の精度で計測できる。
「レトロネーザルアロマの研究で、食事は『味』ではなく『風味』で味わっていることが分かっている。当初のconomeal kitchenアプリでは料理を構造化し、自家製ミールキットの調理手順として出てくるような形になっている。MS Noseの技術は現時点ではまだアプリの中に入れていないが、MS Noseによっておいしさを定量的に分析することが可能になっており、それを先ほど申し上げた『食のOS化』に向けて組み込んでいく」(関屋氏)
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