日本国内では2〜3月頃から感染拡大の兆候が見られ始めた新型コロナウイルス。その影響は学校の卒業・入学時期を直撃し、社会に大きな混乱を生じさせた。感染防止のため休校処置がとられた地域が多く、教育の機会を満足に得られないことに対する懸念が高まるのと同時に、小さな子どものいる家庭では常に自宅で過ごさざるを得ないことから、在宅勤務さえままならないという親たちの悲鳴も聞こえてきた。
当然ながら、もう一方の当事者である教育現場においても、深刻な影響があったことは想像に難くない。6月に入ってからは再開される学校が徐々に増え、少しずつ平常時の状態に向かいつつあるものの、刻々と状況が変わっていったこの数カ月間、現場はどのように判断し、対処してきたのだろうか。
CNET Japanは6月27日に「教育」をテーマにしたオンラインセミナーを開催。筑波大学附属高等学校の山田研也氏、城南進学研究社の村上潤氏、そして通信教育大手Z会の柳恵里子氏をパネリストとして迎え、学校、塾、通信教育と、立場は異なるものの同じ教育分野に身を置いている三者に、休校期間の取り組みと今後の教育のあり方について話を聞いた。
「先導的教育拠点」に位置付けられる国立大学附属高等学校として、他校のモデルとなるような先進的な教育にチャレンジしていく使命をもった筑波大学附属高等学校。休校期間中は、山田氏が中心となってプロジェクトチームを立ち上げ、授業のデジタル化・オンライン化を進め、可能な限り早い段階からそれらを利用できるように環境を整備していったという。
まず、同校では当初予定していた国際交流などが不可能になったため、その分の予算が浮くことを見越してIT機器の本格的な整備に予算を回し、Chromebookやモバイルルーターを必要な家庭に配布。4月中旬には全生徒がオンライン授業を受けられるようにした。さらに同校において2014年から導入を始めていた「G Suite for Education」も、オンライン化のスムーズな移行に大きな役割を果たした。
教師と生徒との間では、Google Classroomを用いて課題のやりとりなどを容易に行えるようにし、授業のライブ配信、ホームルームや個人面談にはZoomやGoogle Meetといったビデオ会議ツールを活用。あらかじめ録画しておいた授業内容をYouTubeを通じて配信し、スクールカウンセラーによるカウンセリングにもZoomを用いた。
オンライン授業が本格化した4~5月は、1日最大4コマからなる「オンライン時間割」に沿って授業を進めていった。単純に動画として配信するだけでなく、生徒同士が英語のみでディスカッションをする授業や、2人の教員の掛け合いを交えながらの授業なども取り入れることで、「生徒自身が参加している感覚」を演出するという工夫も凝らした。
Microsoft PowerPointのスライドにペンタブレットで書き込みながら生徒からの質問に答えたり、Zoomの投票機能やGoogle Classroomを通じて授業内容に関するコメントを得ることで生徒の反応を確認したりするなどの授業を実施した。教員を対象にしたGoogle ClassroomやZoomの講習会も実施して、オンライン化における学校側のスキルアップにも努めた。
休校により生活リズムが崩れて昼夜が逆転する生徒も最初のうちは多かったが、毎日授業前の決まった時間にオンラインで「朝体操」を実施することで改善したとのこと。
ところが、休校期間中に2度に分けて実施した生活実態調査から、精神的な面で不調を訴える生徒が多く、大学受験を意識する高学年になるほどオンライン授業に対する負担感が増していることも明らかになった。スクールカウンセラーによるカウンセリングで対応していける部分はあるものの、こうした緊急事態下の生徒の精神面のケアについては今後の課題の1つとして残されたようだ。
それでも、授業のオンライン化で新たな気付きも多くあったと山田氏は話す。たとえば、各種ツールを通じて生徒1人1人とコミュニケーションを取ることで「個に応じた教育ができる」ことや、1つのドキュメント上で共同作業することで効率の良いやり取りができるというメリットを挙げた。自身が担当する数学の授業では、これまで「発展的な内容」も積極的に取り入れてきたが、それをあくまでもオプションに据えて通常の授業内容を手厚くしたことで、多くの生徒にとって理解しやすいカリキュラムにできたとも語る。
一方で、オンライン授業を行ったことにより、リアルの授業の良さも再確認したという。対面であれば、その場の空気感から生徒が説明を理解できているのか、いないのかがなんとなく把握できる。伝わっていないようなら改めて説明する、ということもできるが、Zoomではその判断が難しい。生徒によっては消化不良のまま授業を終えてしまうことにもなっていたかもしれない。
「学校は授業だけじゃない。オンラインでできないことは山ほどあり、行事、部活動、生徒同士の会話も含め、(あらゆることが)学校の教育活動全体を形作っている」とした山田氏。そうしたリアルの重要性を認識するとともに、休校期間中に得られた成果も教育に活かしたいと述べ、今後もZoomによるオンライン授業を一部で実施することも検討していきたいと話した。
城南進学研究社は、関東を中心に展開する進学塾「城南予備校」からスタートした企業だ。現在は個別指導を中心に、乳幼児から学生、社会人まで、幅広いターゲットに多様なブランドで学習の場を提供している。同社では、2月頃から主に個別指導についてオンライン授業への移行の検討を始め、首相による休校要請があった直後、3月初めにはオンライン授業を暫定的にスタートさせられる体制を整えた。
村上氏によると、3月初旬のアンケートでは、オンライン授業が始まってもこれまで通り教室に通う形での対面指導を望む生徒が8割を占めていた。しかし、全面的にオンラインに移行した緊急事態宣言後の4~5月には、オンラインでの指導を受け入れる生徒が大半となった。オンラインが不可で休学・退学を選んだ生徒は4月に1割、5月に2割で、この数字は同社にとって「想定より少ない」数字。「生徒も我々も、意外に(オンラインで)やれるという感触を早い段階でもてた」という。
これまでは教室という“場”ありきで考え、不可能だと思い込んでいたオンライン化。それが可能になったことで、「塾という業界においては、個人的にはかなり大きなパラダイムの変化が起きた」とした村上氏。教室に通わなくても十分に勉強ができ、「教室という場所が絶対ではなくなった」ことに気付かされたことから、今後は学習塾の役割が、「生徒に対して教室で何ができるかではなく、教室から離れている時間で何ができるか」に変わっていくのではないか、と考えるきっかけになったと話す。
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