中国IT教育の「10年の変遷」--Scratchは使用禁止、家庭学習で使われる進化版電子かばん

向 菲(クララオンライン コンサルティング事業部 リーガルコンサルタント)2021年12月24日 09時00分
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 この10年ほどでITサービスやデジタル産業が急速に発展し、中国は今や「IT先進国」と呼ばれるようになった。子どもへの教育熱の高さは連載の第1回「大学のレベルで人生が決まる中国--勉強漬けの子どもたち、政府の『宿題禁止令』の影響は」でお伝えした通りだが、未来を担う子どもたちへのIT教育はどの程度進んでいるのだろうか。

 第2回となる今回は、中国の学校教育へのIT導入事情について紹介し、日本でも話題となっているプログラミング教育の現状やITを使った校務管理のスマート化事例についてお伝えする。

2010年から1人1台タブレット--「中国IT教育」の黎明期

 中国で学校教育へのIT導入が始まったきっかけは、2012年に発表された「教育事業の第12次5カ年計画(2011-2015年)」と「教育情報化の10年発展計画(2011-2020年)」にIT教育が盛り込まれたことによる。

 とりわけ上海市では、全国に先駆けて2010年ごろからIT教育の試験導入が進められた。モデル校に指定された小学校では、子どもたちに1人1台ずつノートPCやタブレット端末が配布され、デジタル教科書やデジタル教材を使って授業が行われた。

 当時、モデル校の子どもたちが使ったのは「電子書包(電子かばん)」と呼ばれるアプリケーションだ。デジタル教科書としての機能に加えて、教師が電子かばんを通じて宿題を出したり、オンラインで補習をしたりできる。保護者向けに、学校との連絡、成績通知、面談といった機能も備えていた。

 いま思えば、いささか時代を先取りしすぎたのだろうか。当時は、授業を通じて自然と子どもたちのITスキルが高くなる、教科書が詰まった重いかばんを持っていかなくて済む、学校のペーパーレス化でエコになるなどと、電子かばんを歓迎する声は多かった。メディアも「10年後には中国のすべての子どもがタブレット端末を片手に通学する」などと派手に取り上げていたほどだ。

 しかし実際には、端末が1台数千元もする、統一規格がないため学校によって端末のスペックが違う、利用できるデジタル教材の数が少ない、端末の故障やトラブルのメンテナンスが追い付かないなどの理由から、ついに全国の学校へ広がることはなかった。

 かたや、沿海部に比べて発展が遅れていた中西部地域や貧困地域では、まずは学校に通信インフラを整備するところからのスタートだった。なお、2021年6月までに全国の行政村の99%以上で光回線と4G回線の敷設が完了しているが、インターネットの普及率は、都市部で78.3%、農村部では59.2%と、依然として19ポイントもの開きがある。(中国互聯網絡信息中心、2021年9月)

電子かばんに代わり「デジタル教材」の活用広がる

 日本では、義務教育の子どもに1人1台のタブレット端末を配布し、学校に高速ネットワーク環境を整備する「GIGAスクール構想」が進められている。コロナ禍で計画が前倒しされたこともあり、2021年度中に全国の96%あまりの自治体で1人1台が実現する見通しとなっている(文部科学省、2021年8月)。

 しかし中国では、電子かばんの試験導入から10年が経つが、現在も全員が1人1台の端末でデジタル教科書を使うような状況には至っていない。地域の間や学校の間、そして家庭の間での経済的、教育的な格差が大きい上に、中国には義務教育段階の子どもたちがおよそ2億人いることを考えると、無理もないだろう。

 その代わりに、授業では積極的にデジタル教材が用いられるようになった。先進的な取り組みを行う都市部の学校では、従来の黒板に代わって電子黒板を導入し、デジタル教材を表示して、教師が直接モニターに書き込みながら授業を進めている。電子黒板が導入されていない学校では、大型モニターやプロジェクターでデジタル教材を表示し、板書は従来の黒板を使うというハイブリッド授業が行われている。

 デジタル教材の多くは教育部に属する教科書出版社である人民教育出版社などが制作している。デジタル教材は、動画や音声を使ったコンテンツによって授業への理解がより深まるというが、とりわけ広い中国では、地方や農村部でも教師のレベルに関わらず均一な教育を行えるという大きなメリットがある。

デジタル教材と従来の黒板を使ったハイブリッド授業の様子(昆明市武成小学、https://www.meipian.cn/2ja5ktdzより画像引用)
デジタル教材と従来の黒板を使ったハイブリッド授業の様子(昆明市武成小学より画像引用)

小学1年生から始まる「情報教育」--Scratchは使用禁止

 日本の小学校には情報教育の専門科目がなく、国語や算数、総合学習などの時間にPCやタブレット端末を使った学習を取り入れている。必修化されたプログラミングの授業も同様に、他の科目や総合学習の時間に取り組むよう文部科学省が指導している。中学校では、技術の授業の中で、PCの操作やプログラミングに関する初歩的な内容を学ぶことになる。

 一方の中国では、小学1年生から情報教育科目の授業が始まる。標準授業時数は地域にもよるが年間100時間ほどで、都市部の小学校であればPCを1人1台使って授業を受けている。低学年ではPCの基本的な操作を学び、高学年になるとオフィスソフトを使ったプレゼンテーション資料の作成、AIやプログラミングの基礎知識などを学ぶ。

 プログラミング教育では、多くの学校で子ども向けプログラミング学習ツールの「Kitten(編程猫)」を導入している。Kittenは中国企業が運営するツールで、日本でも多くの子どもたちが学んでいる「Scratch」の中国版と言えばイメージがわくだろうか。Scratchと同じようにブロックを組み立てる感覚でプログラムを組むことができ、遊びながらプログラミングの基本的な考え方が身に付くという教材だ。

 教師が慣れないプログラミングの指導に不安を感じるのは中国でも同じだが、Kittenは運営企業が学校向けの総合ソリューションを用意している。教師を対象とした導入研修から、授業案の作成、学習レベルに応じた教材の選定、学習進度の管理ツールの提供まで徹底したサポートを行っており、全国どの学校でも同じレベルの授業ができるという点が大きく評価されている。

 また子どもの習いごととしても人気で、さまざまなタイプのプログラミング教室が登場している。まずはKittenからスタートし、高学年になるにつれて本格的な開発言語に挑戦するコースが一般的だが、中学生や高校生を対象にプログラミング能力認定試験への合格やプログラミング大会への参加を目指す実践的なコースもある。

 レッスン料には幅があり、教室に通うのであれば週に1回で年間1〜3万元(約18〜54万円)かかるが、オンラインレッスンであれば、1単元10回分でライブ配信の授業が1000元前後(約1.8万円)、録画授業ならば500元前後(約9000円)が目安となる。

Kitten(編程猫)の操作画面(公式サイトより画像引用)
Kitten(編程猫)の操作画面(公式サイトより画像引用)

 なお、試験的な取り組みではあるが、浙江省や山東省の一部の小学校では授業でPythonを学習し、大学入試の科目でPythonを選択することも可能だ。

 また、Scratchは2020年8月に中国政府がアクセスを遮断したため、実質的な利用禁止となっている。国営メディアはScratchを禁止した理由として、香港や台湾を1つの国家として国名選択のリストに入れていること、ユーザーフォーラムに中国を侮辱したり、歴史をねじ曲げたりするような投稿があることなどを挙げ、子どもたちの正しい人生観や価値観の育成に悪影響をおよぼすためだと説明している。

 Scratchは江蘇省、湖南省、河北省、広東省、浙江省等の小学校では教科書にも採用され、習いごととしても人気だった。中国の登録ユーザー数はScratchだけで約300万人、Scratchをベースに開発された派生サービスも含めると500万人を超える子どもたちが学んでいたとされる。

家庭学習に使われる「進化版電子かばん」

 未来の勉強スタイルと期待された電子かばんだが、いまやその機能と役割はオンライン学習アプリに取って代わられている。この10年でスマートフォンが普及し、自宅でのオンライン学習に対する需要が高まったためだ。

 たとえば、学習補助アプリの「一起学」や「一起作業」には、全国の地域や学年に対応した豊富なデジタル教材が揃っている。塾に通う代わりに自宅でスマートフォンを使い、動画授業を見ながら復習したり、デジタル教材のドリルをやったりするのは、もはや普通のことだ。オンラインで家庭教師に勉強を見てもらうという子どもも少なくない。

 2021年初めに政府が全面的に禁止してしまったが、それまでは教師がスマートフォンのオンライン学習アプリの中から宿題を出し、子どもたちもスマートフォンで回答を提出するといったことが広く行われていた。

オンラインで提出した宿題(クララオンライン画像提供)
オンラインで提出した宿題(クララオンライン画像提供)

 このように多くの子どもが日常的にオンライン学習アプリを使い、オンライン授業を経験していたことから、2020年春に新型コロナウイルスの感染が拡大し、休校でオンライン授業になった際にも抵抗や不安を感じる家庭は多くなかったと伝え聞く。

 ちなみに、宿題の多い小中学生には欠かせない「宿題の答え検索アプリ」だが、現在は一斉に姿を消している。計算問題などを写真に撮ると、AIが膨大なデータを検索してすぐに正しい答えを表示してくれるというサービスなのだが、2021年7月に中国政府が発表した宿題と塾に関する制限令で禁止されてしまった。オンライン学習アプリの「作業幇」の場合、2021年8月初めごろまでにバージョンアップに合わせて答え検索機能を削除している。現在はライブ配信によるオンライン授業、練習問題の提供、英単語辞書、作文の例文検索といった機能のみを提供している。

学校はITでスマートキャンパスへと飛躍

 子どもへのIT教育が進む傍ら、学校管理や校務にITを取り入れスマート化しようという動きも出ている。米リマーク・ホールディングスが提供するAIを活用したスマートキャンパスソリューション「KANKAN AI」もその1つで、中国では直近2年間に300校あまりが導入している。

 KANKAN AIには、顔認識による登校管理システム、教師や生徒の健康状況を記録する健康管理システム、学校の省エネ化を図る電力管理システム、校内への出入りをQRコードで管理する電子チケットシステム、コロナ禍に対応した疫病予防管理システムなど様々な機能が用意されており、教師の校務の負担が大幅に軽減できるのだという。

 たとえば、登校管理システムでは、校舎の入り口に設置したカメラで子ども1人1人を自動的に識別し、誰が何時に登校したか、体温は何度だったのかを記録する。教師はPCやスマートフォンから、学校全体やクラスごとにリアルタイムで表示される登校者数、遅刻者数、早退者数、登校時間の分布などを確認することができる。健康管理システムや疫病予防管理システムのデータとあわせて、さまざまな角度から学校全体の状況を把握することができるため、特にコロナ禍の今は科学的な感染予防対策に活用されているという。

KANKAN AIの疫病予防管理システムのモニター画面(公式SNSより画像引用)
KANKAN AIの疫病予防管理システムのモニター画面(公式SNSより画像引用)

日本とは違う中国のIT教育の目的とは

 日本のIT教育は、子どもたちの情報活用能力の育成に主軸が置かれている。授業を通じて基本的なITスキルを身に付け、さまざまな情報を収集して活用する経験を通じて、自分で考えて行動できる創造的な人材を育てることが目的とされる。

 一方の中国は、国家戦略としてSTEM教育(科学・技術・工学・数学の理系教育)を重視しており、IT教育は将来のIT・ハイテク関連人材の育成につなげることを直接的な目的としている。実際、中国政府が2017年に発表した「次世代AI発展計画」では、2030年までに中国が世界トップのAI大国になることを宣言している。小学1年生から年間100時間もの時間を割いて情報教育を行うのは、まさに彼らが10年後のAI大国を担う世代となるからだ。

 中国のテクノロジー企業は、ITサービスやAI、ビッグデータといった領域ですでに世界をけん引する存在となっており、専門人材の不足は直接国力に影響することになる。足元では地域や家庭間の格差が影を落としているが、IT教育にまつわる課題もまた、得意のイノベーションで一足飛びに解決してしまうことを期待したい。

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