21世紀の市民中心の国家とサービス指向の社会では、市民と組織をサポートするために各情報システムが統合され、全体として機能する必要がある。 そのためには、異なる組織と情報システムの間には相互運用性がなければならない。言い換えれば、国家と市民は協力して機能する必要がある。
電子的な行政システムを取り入れ、ブランディングに成功し、日本では「電子国家」と呼ばれるエストニア。この電子国家を維持するための技術が「X-Road」であり、このテクノロジーによって、エストニア人は毎年844年分の労働時間を節約できていると言われている。
2016年から同国に移住し、現地のタリン工科大学を卒業した筆者(26歳)が、電子国家としてのエストニアを支える技術をご紹介する。ただし、あくまでも筆者の実体験に基づく内容であることをご理解いただきたい。
エストニアが「電子国家」と呼ばれている理由の1つは、行政に電子的なソリューションを取り入れていることが挙げられる。税金、医療、教育、交通などの行政サービスは基本的には電子的に行われる、あるいはそのための設備を構築している。
現状、紙媒体での手続きが必要なものは大まかに「結婚、離婚、不動産売却」くらいしかない。これらの手続きががいまだに紙媒体で行われる理由としては、人生を左右する大きな決断を電子化して容易にすることの危険性が挙げられている。
ただし、行政サービスが電子的に行われるからといって、会計士や税理士がいなくなったというのは大袈裟である。実際には、街中にも事務所は存在しているし、移住手続きもわざわざ警察署に行って紙のドキュメントを提出したりと、アナログな作業も当たり前のように行われている。
X-Roadは、エストニアのバックボーンになっている。目には見えるものではないが、エストニアの電子国家実現に極めて重要な役割を果たしており、国のさまざまな公共および民間セクターの電子サービス情報システムを調和して機能させることが可能である。
エストニアのe-solution環境には、一般向けに幅広くサービスが含まれているが、各サービスにはもちろん独自の情報システムが存在する。X-Roadはそれらの分散されたデータベースを安全に連携させるプラットフォームであり、転送を確保したり、すべての送信データをデジタル署名などで暗号化したりすることで記録できる。
言い換えれば、複数の行政システムへの書き込み、大規模なデータセットの送信、情報システムでの検索を同時に実行できるツール、それがX-Roadである。また、さらなる拡張を念頭に置いて設計されているため、新しいeサービスやプラットフォームができれば、それを統合して規模を拡大することも可能である。
この技術によって、通常なら大量のペーパーワークが発生するような作業の効率化が実現でき、844年分の労働時間を節約することができたとも言われている。
現在は、フィンランド、キルギスタン、フェロー諸島、アイスランド、日本およびその他の国で、同様の仕組みを採用しようという動きがある。実際にはそれぞれの国の問題やシステムがあるため、実現には時間を要するかもしれないが、エストニア電子政府の仕組みが参考になっていることは確かである。
ブロックチェーンは、トランザクションを変更から保護し、データの整合性を確保するチェーンにトランザクションを格納する、分散型パブリックデータベースである。データベースに格納されたブロックは、暗号化ハッシュ関数を使用して相互にリンクされる。
X-Road Security Serverのメッセージログアーカイブファイルには、Security Serverによって処理されたすべてのメッセージが内部にあり、暗号化ハッシュ関数を使用して相互リンクされる。ファイルはローカルに保存され、ホストサーバーがファイルを作成する。各セキュリティサーバーには、処理されたメッセージの独自チェーンがあり、それ以外のX-Roadのエコシステムメンバーは、ファイルにアクセスすることができない。
ベースレジストリなどのサービスプロデューサーと、それを消費するWebポータルなどのコンシューマーのIDは、X-Roadオペレーターによって一元的に管理され、すべてのデータ連携はデータコンシューマーとプロバイダーの間で直接行われる。データ交換に関する履歴は双方のローカルに保存され、第三者がデータにアクセスすることはできない。そして、タイムスタンプとデジタル署名により、X-Roadを介して送信されるデータの否認不可が保証される。
ブロックチェーンとX-Roadの共通要素は、どちらもデータのリンクに暗号化ハッシュ関数を使用するところにある。逆に言えば、これ以外での共通点はあまりない。
元来のブロックチェーンとX-Roadでは、使用目的が異なる。暗号化ハッシュ機能はブロックチェーンが生まれる以前から存在している。つまり、暗号化ハッシュタグをX-Roadで使っているからといって、X-Roadがブロックチェーンを基盤としていることにはならない。
X-Roadはエストニア政府が開発した情報連携プラットフォームだが、MITライセンスのもとにオープンソースとして公開されている。X-Roadとブロックチェーンを混同している人が日本でも多く見られるが、X-Roadの根底のシステムがブロックチェーンというのは間違った認識と言える。
X-Road導入に携わっているエストニア発のテクノロジー企業Cyberneticaは1997年に設立されたIT企業だ。ソフトウェアシステム・製品、海上監視、無線通信ソリューションを開発・販売している。これまで、エストニアのX-Road、i-Voting、e-Customsなどの重要な電子政府システムの開発に積極的に取り組んできた実績がある。
しかし、その前身はエストニアの学術研究グループであるAcademy of Science of Estoniaが1960年に設立したサイバーネティクス研究所だ。その応用研究ユニットの後継者として1997年に民間有限会社として設立された。そのため、博士号取得者を多数抱える頭脳集団でもある。
今日、同社はX-Roadやインターネット投票ソフトウェアの開発など、世界的に有名な電子政府プロジェクトの主要な企業として知られている。また、情報セキュリティ研究所は、欧州のトップの大学と協力しているだけでなく、米国と日本の機関とも協力している。
2001年、Cyberneticaは政府からの申請でX-Roadをローンチした。そして現在に至るまでに、アップデートと拡張を繰り返し、電子国家エストニアの骨組みを構築してきた。2002年には、デジタル署名法に関する法律の制定や、エストニアのIDカードの試験運用を実施。2005年には、インターネット投票ソリューションにも関わっている。
2016年は、VAT詐欺検出システムをエストニアの税関と税関委員会に導入し、Smart-IDデジタルIDサービスとSplitKeyテクノロジーに基づくSK IDソリューションを作成した。
この中でもX-Road開発の貢献はエストニアにとって大きい。病院、診療所、薬局などのシステムやデータベースが連携することで、処方箋情報が即座に薬局で確認できたり、異なる病院・診療所での治療・検診において、患者のこれまでのデータを参照することが可能となった。これは患者のデータが国民IDに紐づけられていることも関係している。
また、裁判所、警察、検察、刑務所、弁護士などのシステムとデータベースも連携され、裁判プロセスの効率化も実現され始めている。このことが、844年分の労働時間を節約すると言われる理由であろう。
エストニアは4社のユニコーンを輩出し、それぞれは目まぐるしい成長とともに注目を浴びているが、今回のように電子国家エストニアの基盤を作った企業や、この他にも注目すべきスタートアップは生まれてきている。
国と企業がうまく連携してイノベーションを起こし、それを一丸になって海外にも展開していく。このエストニアの姿勢は、国家と民間が協力して機能する新しい形なのではないだろうか。
齊藤大将
Estify Consultants OÜ 代表
エストニア・タリン在住。2016年にタリン工科大学物理学科入学。在学中にはエストニア小型人工衛星開発や修士研究に従事しつつ、コンサルティング会社を設立。現地ハッカソンでの受賞多数。2018年夏に同大学卒業後、エストニアでビジネスをする人のサポートを続けつつ、日本アニメなどのコンテンツ文化を広めるために、ベラルーシのコスプレイベントで審査員を務めたり、コンテンツ制作するなど、文化事業での活動を始める。国内外での登壇やワークショップなどの活動も精力的に行う、数々のスタートアップが熱視線を送る若者。タリン工科大学テニス夏大会で2度のチャンピオン。
Twitter @T_I_SHOW_global
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