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エストニアは本当に「電子国家」なのか--現地に移住した日本の若者がみた実情

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 近年、デジタル化政策を次々と推し進め、世界の中でも最前線を行く「電子国家」として日本でも有名になっている、人口わずか130万人の小国がある。それがエストニアである。

 「e-government」と呼ばれる国民データベースにより、国民はICチップ付きIDカードによって全ての行政サービスを受けることができる。また国民の96%がインターネット上で所得税申告を行うなど、行政インフラのIT化が進んでいる。現在では「eResidency」という制度によって世界中の人々に「virtual国籍」を発行するというユニークな政策も行なっている国である。まるで国全体がスタートアップ組織のようだ。

エストニアの街並み
エストニアの街並み

 しかし、国が打ち出す電子国家としてのイメージとは裏腹に、実際には多くの人がいまだに現金を使っていたり、ネット投票を利用していなかったりと、後進的な部分もまだまだ残っている。だからこそ、この先エストニアという小国がどのような世界を見せてくれるのか期待できるのである。

 4年前から同国に移住し、現地のタリン工科大学を卒業した筆者(26歳)が、日々の暮らしの中で感じた、エストニアという国の実情をご紹介する。ただし、あくまでも筆者の実体験に基づく内容であり、すべての国民には当てはまらないことをご理解いただきたい。

「電子国家」の正体とは?

 エストニアの電子サービスとして紹介されることが多いのは、「e-Residency」という電子国民IDやインターネット投票、電子裁判などである。電子国家と呼ばれているが、国民が未来的な生活をしているわけではなく、行政サービスが非常に整った国ということだ。

エストニアの国民IDカード
エストニアの国民IDカード

 もっと言えば、エストニアは、国家が安全で信頼できる個人情報管理システムを提供する“OS”として機能し、その上でスタートアップという“アプリケーション”が実装された国である。エストニア政府は、デジタル時代に適切なポジションを取っており、国家がOSを提供することで、その上で民間がサービスを開発・提供しやすくしている。政府が“ミドルウェア”というイメージだ。

 エストニアの電子国家戦略は「政府が電子化すれば、コストを抑えながら行政サービスを提供できる」という考えのもとに始まった。そして「政府は最低限のインフラしか提供しない」ということである。インフラ上で国民IDによって本人確認ができるため、民間サービスも生まれやすい。国民の安全を守るために、国が国民の個人情報を守る。そして、それを利用してスタートアップが様々なサービスを世界に向けて構築していく。国家と民間がそれぞれ役割分担をし、うまく機能している国がエストニアと言える。

 それを実現可能にした技術の1つが「X-Road」である。分散したデータベース間の情報共有を安全に行う技術で、エストニアの企業Cyberneticaが導入した。

 X-Roadは、公的機関がインターネットを介して情報を交換できるようにするオープンソースのデータ交換レイヤーソリューションである。情報交換に重きを置き、その情報システム間を集中管理することによって、データ交換当事者間の機密性、完全性、相互運用性を保証している。

 技術的にはSOAP1.1、WSDL1.1などXML Webサービスの技術を用いており、汎用性が高いXMLベースのプロトコルを使い、各行政機関、医療機関、研究機関などをX-Roadを使って連携させることで、異なる機関のシステムやデータベースを安全かつスムーズにやりとりできるのだ。

「X-Road」の仕組み(公式サイトより)
「X-Road」の仕組み(公式サイトより)

 たとえば、異なる病院の治療・検診、および患者のデータベースをそれぞれ病院間で連携することによって、患者が他の病院に訪れた際も、医師側は患者の過去の健康データを参照できるため、患者が今までどのような病気で病院に診断に来ていたか、また患者の健康状態などを把握した上で治療に専念できる。病院に限らず、警察、刑務所、弁護士、不動産、裁判のシステムやデータベースも連携しており、様々な行政機関の効率化が実現されつつある。

 X-Roadで民間と政府のデータベースを繋ぎ、セキュリティは国が担保した上で「あとは民間のみなさん、好きにやっちゃって」という発想である。筆者自身も現地エストニアのビジネスイベントにおいて、実際に手を動かしてエストニア国内の病院データベースの連携と、そこからチャットボットでの遠隔診断、最適な病院への自動予約システムの提案と開発にトライもしてみた。

 現在X-Roadはフィンランド、アゼルバイジャンなどでも導入されており、今後はよりいろいろな国や地域で導入されていくのだろう。

国を奪われても「再出発」できる仕組み

 旧ソ連下にあったエストニアは、独立時にはデータベースも散在しており、ゼロからシステムを作り上げていく必要があった。歴史的に、デンマーク、ドイツ騎士団、スウェーデン、ロシア帝国、そしてソ連へと次々に支配者が変わっていった。ソ連時代は、娯楽が許されず、チューインガムですら他人が噛んだ1つのガムをみんなで噛み回すほど貧乏だったと当時を知る人は言う。

 欧州とロシアのちょうど境目にあるエストニアが、このまま国家として存続できるかは誰も保証できない。だからこそ、物理的に国が奪われたとしても、オンライン上に電子的に国をデータとして保護しておくことで、いつでもまた再出発でき、国民を守るという考えが根元にあるのだ。それはまるで、ハードウェアが壊れてもまた新しいハードウェアにOSをインストールするという行為に似ている。国家のシステムは常にアップデートされ続け、 他国に自国のバックアップを取っておく。そうやって国が国民の情報を電子的に保護していくのだ。

 電子国家としてのエストニアは、本来、国と民族を永続させるためにとった戦略であり、それは単にテクノロジーによって生活を便利にするだけでなく、自分たちの歴史、生活、そして自由を守るためのものだ。国という中央集権的な存在が、ブロックチェーンという非中央集権的な仕組みを重要視しているこのエストニアの姿勢は、これからの国家の新しいあり方・新しい役割としてのモデルになるのではないだろうか。

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