「KDDI DIGITAL GATE」が“3週間”でプロダクトを開発できるワケ--山根センター長に聞く

 新規事業を始めたくても、社内に開発部隊がなく、そこに割くリソースもないーー。そんな大企業のデジタルトランスフォーメーションを支援するビジネス開発拠点として、2018年9月に設立されたのが「KDDI DIGITAL GATE」だ。現在、東京、大阪、沖縄の3カ所に拠点があり、クライアント企業ごとにチームを結成して、システムやビジネスを開発している。

 それだけ聞くと「外注先として開発を依頼できる拠点」と思ってしまいそうだが、実態はまるで違う。KDDI DIGITAL GATEでは、新規事業を始めたい企業の担当者が同拠点のエンジニアやデザイナーらと1つのチームを作り、そこに常駐する形で共同でプロジェクトを進めていく。そして、わずか1カ月前後の短期間で、新規事業開発の一連のプロセスをスピーディーにやり切ってしまう。

KDDI DIGITAL GATE センター長の山根隆行氏
KDDI DIGITAL GATE センター長の山根隆行氏

 通常の開発よりも低コストでスタートできることもあり、すでに数百社が相談をもちかけているほか、新規事業が成功してリピーターとなっている企業も少なくないという。一体どんな手法でプロジェクトを進めているのか、KDDI DIGITAL GATE センター長の山根隆行氏に話を聞いた。

開設から1年半で「リピーター」企業も

——通信キャリアであるKDDIにとって、ビジネス開発拠点であるKDDI DIGITAL GATEはどのような位置付けにあたるのでしょうか。

 4Gまでは、フィーチャーフォンやスマートフォンという端末が通信サービスとセットで売れる時代でした。しかしIoTが登場し、5Gになってくると、通信と実際の端末の利用シーンが分離されてきます。通信がいろいろなものに溶け込み、「通信をどう使うか」が大事な時代に変わってきました。これまで端末と通信、それにコンテンツをセットで提供してきたキャリアのビジネスモデルに変革が求められているわけです。

 そんななか、米国のAT&Tという通信会社は、AT&T Foundryという取り組みをしています。そこでは他の企業と一緒にIoTのさまざまな実証実験を行い、通信を使った新しいビジネスを生み出して拡大させ、結果としてAT&Tの通信がビジネスに埋め込まれる状態を作っているのです。我々としても通信を使って新しいビジネスやサービスを、他のお客様とともに作ることによって、結果として我々の通信が世の中に広まっていくような世界を作りたいと考えました。

 不確実性の高い新規サービス開発では、オーバープランニングをしがちなウォーターフォール型の作り方よりも、早い段階から実物を作って、顧客のフィードバックを得ながら素早く改善を繰り返していくアジャイル開発の方が様々なリスクを抑えることができます。

 KDDIは、2013年から一部のサービス開発をアジャイル開発で、かつ内製で取り組んできました。KDDIがこれまで自社サービスでやってきたアジャイル開発の取り組みを、他の企業の新規ビジネス開発に応用できれば、我々のもつアジャイル開発のノウハウを共有するという価値を提供できるうえに、通信を広げることもできると考えました。

——KDDI DIGITAL GATE開設から1年半が経ち、「共創」の事例はどれほどの数に増えているのでしょうか。

 これまでに来訪された企業の累計としてはのべ380社で、実行した案件数は40件ほどです。お客様にはKDDI DIGITAL GATEの拠点にお越しいただき、KDDIのアジャイル開発チームと一緒にチームを組んでいただきます。デザイン思考型のアプローチで、ユーザーの潜在的な課題を観察したり共感しながら発見し、そこからチームで何を作るかというサービスコンセプトを定め、そのコンセプトに沿って優先順位の高いものから小さく素早く開発していくことになります。 最近だと同じ会社のリピーター案件も増えてきていますね。

5Gでは遅延はわずか数ms。器具が障害物に当たった感触がリアルに伝わり正確に操作できるが、遅延が数百msになる4G LTEでは操作すらままならない

“3週間”でプロダクト開発を実現する手法とは?

——KDDI DIGITAL GATEではどのようにプロジェクトを進めているのか教えてください。

 最初はプレワークショップのような形で、3時間から半日程度で、お客様の課題や実際にやりたいことをインタビューを通じて引き出していき、テーマを合意します。その後、デザイン思考型のワークショップでそのテーマについてユーザーを中心に深掘りしていきます。たとえば、ユーザーが企業の人事担当者であれば、彼または彼女が日々の業務の中で何を見ていて、何を考えて、何を聞いているか、といった事実の断片を組み合わせることで、潜在的な課題や願望を発見します。次にそこからソリューションアイデアを発想し、簡易的なプロトタイプを作り、それを実際のユーザーで検証するといったようなことを素早く5日間で進めるんです。

 ポイントは、「中途で入ってきた人が辞めてしまわないかな」とか「また採用しなきゃな」とか、実際どんな環境下にあるのかを、「人」を中心に据えて考えていきます。そして、この人の1日をどうすると悩みや痛みが解消されるのかという、ユーザーのサクセスストーリーみたいなものを作るんです。

 たとえば朝、人事部の管理ページのダッシュボードでは中途採用者の方のモチベーションの数字が見えていて、それに対してアクションプランが示されているので、そのアクションプランを実行すると定着率が上がります、というようなサクセスストーリーを作っていく。手法としては、従業員がいくつかの質問項目に答えたら、それをAIで分析してモチベーションの傾向値がわかるようにし、ダッシュボードに毎日表示する機能を実装していくことが考えられます。

KDDI DIGITAL GATEにおけるプロセスのサイクル
KDDI DIGITAL GATEにおけるプロセスのサイクル

 実装の段階でも、まだそのプロダクトにユーザーが価値を感じるかはわかりません。ですので、実際にユーザーのところへプロダクトを持って行って意見をもらったり、反応を観察することで、それをもとに翌日、プロダクトに反映していきます。毎日改善して、エンジニアとお客様が一緒のチームで1日1回リリースを繰り返します。このスピード感ですとだいたい3~5週間、1カ月程度続けると、商用化に進むのか、方向転換(ピボット)するのかを判断できる情報が揃ってきます。

——1サイクルが3〜5週間とかなり短いですね。1日に作るものとそうでないものを決めるときの、切り分けの基準みたいなものはありますか。

 その日に開発する内容(ユーザーストーリー)の優先順位の決定権はプロダクトオーナーがもちます。プロダクトオーナーは前日に得たユーザーからのフィードバックという最新の情報から開発する順番や内容を決めて、その内容を開発チームに説明します。その後、開発チームがその内容をタスクに分解して、見積りを行い、その日にやることが合意されます。それが朝の30分の計画会議で実施することです。

 プロダクトオーナーはお客様企業の方が担当されますが、慣れていない人がいきなりプロダクトオーナーを任されても難しいので、我々のメンバーがプロダクトオーナーのサポートに入ります。

——KDDI DIGITAL GATEの参加企業が、自社の現場の人も巻き込みながらスピーディーに進めるにはどうするのがいいのでしょうか。

 ワークショップの場に現場の方に来てもらうことですね。現場の人を巻き込むことの一番のメリットは、「現場の人自身がその判断に携わった」という自分ごと化された心理状態に持っていけることです。


 ワークショップだと、みんなで協力して物事を決めていけるのも大きいです。そこでみんなで合意したという事実が大事で、それによって現場の人が自分事化してすごく協力的になるんです。ですので、方向性を決める最初のワークショップで、ステークホルダー、決定権を持った人、キーマンや関係者は全員集めておくことが大事ですね。

成功しやすい「条件」と共創事例

——どのような企業のプロジェクトがうまくいきやすいのでしょう。成功のパターンのようなものはありますか。

 KDDI DIGITAL GATEにいらっしゃる方が新規事業を生み出すことに対してどれだけコミットしてくれるか、というところ次第かと感じます。シンプルに言うと、自分自身で新しいことを生み出したいと本気で考えているかです。新規事業開発だけが自分たちのミッションになっているケースは比較的成功しやすいですね。既存事業を伸ばしつつ新規事業も生み出したい、というように掛け持ちしているとうまくいきにくいです。

 既存事業の拡大と新規事業の創出は全く別のマネジメントが必要ですし、評価の方法も違います。新規事業ってそもそも難しいものなんです。やめる理由なんて途中でいくらでも出てくるので、柔軟に変化しながらも粘り強く最後までやり抜くことが大事。「うまくいけばいいね」程度だと厳しいですね。

KDDI DIGITAL GATEのオフィスフロア
KDDI DIGITAL GATEのオフィスフロア

 もう1つ成功の条件としては、企業のトップの合意があるかどうかが大きいと思います。新規事業は既存事業に比べて収益が上がりにくいので、既存事業と同じ決裁の方法だと、「じゃあ何年で回収するの」とか、「既存事業が数百億円の売上規模なのに、これは数千万円にしかならないの」みたいに言われて潰されてしまう。新規事業は、後からビジネスとして伸びていくための仕込みの段階です。既存事業と新規事業を分けて考えられる経営層の方がいらっしゃると、うまくいくことが多いですね。

——共創したプロジェクトのなかで、特に印象に残っている事例を挙げるとすれば何でしょうか?

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