農林水産省は3月17日、「農林水産業・食品産業の現場の新たな作業安全対策に関するシンポジウム」を開催した。なお、新型コロナウイルス対策として無観客で行われ、当日の動画は農林水産省のウェブサイトで見られる。
本シンポジウムは、農林水産業・食品産業においてはこれまでも作業安全対策が講じられてきたものの、引き続き作業事故が多発していることから、これらの産業を若者が自らの未来を託せる産業にしていくことを目指し、分野を横断して新たな運動を開始することを業界内外に表明するキックオフとし、全国の農林水産業・食品産業の関係者と連携した取り組みの機運を醸成することを目的として開催された。
基調講演では、労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所 所長の梅崎重夫氏、クボタ 代表取締役会長の木股昌俊氏、農林水産省 事務次官の末松広行氏が登壇し、それぞれの立場から作業安全作業対策への提言や取り組みを発表した。
冒頭には梅崎氏が登壇し、「農林水産業・食品産業で労働災害防止のために検討すべき事項の提案」と題した講演が行われた。
農林水産省が農林水産業・食品産業の新たな作業安全対策を進めるためには、以下の5つの検討が必要だと説明する。
1.典型災害事例の活用とリスクアセスメントの実施
2.機械安全規格に基づくリスク低減戦略の活用
3.安全管理のための4領域図の活用
4.日本の現場力と国際的な機械安全技術の高次の次元での融合
5.農業水産分野での安全技術高度化のための研究推進
日本では年間3万件近くの機械災害が発生しているが、分析するとそのうち約75%が16種類の機械によって生じているという。
「死傷災害では木材加工用機械やフォークリフト、食品加工用機械など、実は少数の機械で多発している。同じように死亡災害においても全体の85%はわずか16種類の機械で生じており、少数の機械に集中して多発しているのが現状。そこで、これらの災害が多発する機械を対象に、過去の災害を基にした『典型災害事例』を作成した」(梅崎氏)
たとえばフォークリフトの典型災害事例の場合、「マスト」と「ヘッドガード」と呼ばれる部分の間に頭などが挟まれてしまう災害、作業者が前進中あるいは後退中にフォークリフトに激突する災害などが多発している。
「そこでこれらの典型災害事例を基に、『うちの現場ではありそうだから、こういう事態の対策をしよう』、あるいは『適切に対応しているから作業者が激突することはない』など、上から順番にリスクアセスメントを実施する。そうすれば簡単かつ再現性があり、重大な災害を見逃さない。多くの団体、企業、研究所らは豊富な典型災害事例を持っており、過去の遺産を有効活用する観点からも、ぜひ典型災害事例の活用について検討いただきたい」と提言した。
2つめの対策は、国際安全規格である「ISO12100」の活用だ。労働安全衛生法は安全管理組織の整備や作業手順の整備、教育訓練などによって機械のユーザーが安全対策を施すのに対し、「ISO12100は、機械メーカーや設計製造者が行う安全対策を対象としている」と説明する。
「機械の設計製造者が最初にリスクアセスメントを行い、その結果に基づいてステップ1の『本質的な安全性方策』、ステップ2の「安全防護」などを行う。この2つの設備的な安全方策によって当初のリスクを大きく減少させ、最終的には適切なリスク低減まで持っていくのがISO12100の基本的なリスク低減戦略だ」(梅崎氏)
ステップ1の本質的安全設計方策では、設備や作業の見直しによる危険源の除去、力・速度・エネルギーの制限、自動化、保全性の向上、人間工学的原則の遵守などを行うなど、「生産技術的な観点から安全方策を進めるもの」という。
ステップ2は柵や囲い込み、覆いなどのガードや保護装置による対策だ。「安全方策というとガードや安全装置などのステップ2が着目されるが、実は国際規格の中で最重要なのがステップ1の本質的安全設計方策だ。要するに、生産技術的観点から設備や作業を見直して危険源をなくす、あるいは危険なエネルギーを制限したり、自動化したりする。実はこういう方策の方が優先順位は高く、それがどうしてもできない場合に次善の策としてガードや安全装置による対策に進むということをぜひ念頭に置いていただきたい」(梅崎氏)
続いて、ドイツにおける灰皿を加工するプレス機械の事例を紹介した。左右側面、上部、下部、背面にガードを施し、作業者の手が進入する前面だけを開口部とする。その開口部には、光線式安全装置を設置して監視する安全防護対策が施されていた。
「ガードというと非常にローテクに見えるが、われわれの調査では全体の67%、約3分の2の災害をガードで防止できる。これに保護装置、制御システムの安全関連部などの対策を徹底することで、死亡災害の8割近くを防げるというのが調査研究結果から得られている」(梅崎氏)
続いてメーカーによる機械の設計製造段階におけるリスクアセスメントについて紹介した。
一般的にリスクアセスメントというとリスクの評価と推定に目が行きがちだが、「本当に重要なのは、機械の使用上の制限の決定と危険源の特定」という。
「機械の使用上の制限というのは、通常の使用だけでなく、『予見可能な誤使用』を明確にすることが重要だ。これは日本に比べて欧米の方が予見可能な誤使用の範囲をはるかに広く捉えていることに注意が必要になる。PL対策、製造責任の対策が日本と欧米で異なるのは、実はこの点の認識の違いが起因している。ライフサイクルとしては通常作業だけでなく段取り、トラブル処理、保守・点検、修理、清掃、改造、廃棄などの作業を含めた全ライフサイクルの対策が必要になる」(梅崎氏)
次に危険源の特定という点では「危険源、危険状態、危険事象、危害。という一連の災害発生シナリオをきちんと把握していくことが何より重要」と語った。
3つめの対策として「安全管理のための4領域図」を紹介した。
日本では現場の優秀な作業者や管理監督者の能力に依存し、人の注意力に依存した安全対策を実施しているのが現状だが、現場でできることには限界がある。そこで「現場だけでなく、経営者、上級管理者、あるいは機械設計製造者も含めた総合的な安全管理が必要」と説く。
「安全管理は『哲学』『技術』『人的・組織的マネジメント』『社会制度』という4領域からの手法が必要だ。このうち現場段階でできる対策は『技術』『人的・組織的マネジメント』程度に過ぎない。前述したさまざまな関係者を含めた総合的な安全管理を実施することが、今後の日本では不可欠なのではないかと考えている」(梅崎氏)
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