「Engineerがつくる移動と交通の未来」と題したカンファレンス「MOBILITY dev 2019」が10月末に開催された。このカンファレンスでは、変革するモビリティサービスに求められる、テクノロジーの“今と未来”が様々な切り口から紹介された。
最初のセッションでは、東京大学 生産技術研究所の伊藤昌毅氏が登壇。情報と交通の両分野に通じ、国土交通省や経済産業省などの委員会にも多数所属する同氏が、「ITエンジニアこそ実現できるモビリティのサービス化」をテーマに語った。
自動運転やコネクテッドカーなど、大きく進化し始めたモビリティ。その中で、ITエンジニアがこの分野にチャレンジするケースが増えている。初開催となるこのカンファレンスも、主にはエンジニアに向けたイベントだ。講演の冒頭、来場者に「エンジニアの方はどのくらいいますか?」と伊藤氏が尋ねると、およそ7割の人が手を上げた。
そんな質問の後、伊藤氏は「モビリティは100年に一度の大変革の時代」という、トヨタ自動車の豊田章男社長の言葉を引き合いに出しながら、「この時間は、具体的に何が変わるのか、どんな革命が起きるのかを、エンジニア視点で整理したい」と趣旨を説明した。
では、どんな変革が起きるのか。まず車両や移動体そのものにおいては、「CASE」がキーワードとして挙げられた。CASEとは、4つの言葉の頭文字で、「通信・ネットワーク化」「自動運転」「サービス化」「電動化」という、今後の自動車産業が見据える4つの方向性を意味する。
「イーロン・マスクが率いるテスラ社の自動車は、CASEの最先端といえる例だ。まだ初期段階の自動運転しかできないものの、それに必要なセンサー類、ハードウェアはすでに搭載されている。何よりの特徴は、スマホと同様にソフトウェアアップデートを頻繁に行い、機能進化できる点だ」(伊藤氏)。
伊藤氏は「ITエンジニアが作る車」のプロトタイプこそが「テスラではないか」と言う。そして、このような開発を目指して、他の大手自動車メーカーもITエンジニアの採用に注力していると述べる。
ここまでは“移動体がどう変わるか”という目線だが、伊藤氏は「今ある車が進化するだけの話ではない」と念を押す。移動体そのものの進化はもとより、都市や社会におけるモビリティのあり方、人々との関わり方も変わると説明する。
そのひとつが、近年語られることの多いMaaS(Mobility as a Service)である。これまでさまざまな領域が“サービス化”されていったが、同様のことがモビリティにも起きると伊藤氏は見ている。「たとえばクラウドコンピューティングができる前は、オンプレイスでサーバーなどを買っていた。しかし、クラウドになると、サーバーのストレージやネットワーク資源は事実上無限にあり、欲しい時に欲しい分だけネット上で調達できるようになった」(伊藤氏)。
これがモビリティ領域でも起きると伊藤氏は話す。これまでは車を買って所有するのが当たり前だったが、MaaSの時代になると、必要な時にスマホで操作すれば、必要な分だけの移動手段が手に入る。「移動体そのものを所有することなく、その場の要望に合わせて手段がカスタマイズされる」。そんな世界になるという。
MaaSの全体像を明確にした上で、伊藤氏は、その世界にITエンジニアがどう関わっていくかを説明していく。
「ITエンジニアにとって、これまではサービスのフロントエンドがスマホであり、その後ろ、バックエンドにクラウドなどの一式があった。MaaSになると、アウトプットはスマホに閉じず、今までオフラインだった実世界を取り込んだフロントエンドとバックエンドになる。そこに技術をつぎ込むのが、MaaSにおけるエンジニア像だ」(伊藤氏)。
具体的には、どんなサービスが考えられるのか。一例で挙がったのがフィンランド・ヘルシンキのMaaS Globalが展開する「Whim」。目的地を設定すると、徒歩、電車、バスなどの移動手段を組み合わせた経路を検索できる。それだけなら従来のアプリでも可能だが、Whimはそのままシームレスに各移動手段の予約・チケット購入までアプリ上で完結する。
こういった「交通に対するスムーズで連続的なUI/UXを追求することが、フロントエンドにおけるエンジニアの仕事」と伊藤氏。一方のバックエンドでは、「高度かつ低コストに移動手段をシェアする仕組み」が構築されるという。
「個人が所有する車を見ると、実はほとんどの時間が利用されていない。MaaSの世界では、その“空き時間”をいかに減らせるか、空白を減らしてどれだけいろいろな人を乗せられるかという仕組みづくりが求められる。つまりMaaSのバックエンドは、ITインフラだけでなく車両や運行管理、さらには鉄道やバス、タクシーなどをITインフラ上でより効率的にシェアする技術を生み出す役目」(伊藤氏)。
この点でも、先端事例が紹介された。Uber Technologiesが米国で提供する「Uber Express Pool」だ。従来のUberをベースに、近い目的地に行く人をまとめ、集合場所を作って一緒に乗せる。より安価で効率的なライドシェアを実現した。伊藤氏は「ITならではの高度な移動の仕組み」と説明する。
これら2つの事例は、アプリを通じてユーザーと交通事業者をつなぐサービスだ。伊藤氏は、このようなつなぎ役となる「MaaSオペレーターが続々登場する」と話す。実際、自動車メーカーや鉄道会社なども、次々に同様のアプリをローンチしている。Whimも12月には日本に上陸予定で、まずは千葉県・柏の葉で実験的なサービス運用を開始する。
今後は、Maasオペレーターをはじめ、高度な移動の仕組みを作ることがITエンジニアに求められる。「今までITの世界でやってきた方法論を使い、エンジニアがリアルを巻き込んで大規模に人の移動を実施するようになる」と伊藤氏。それはつまり「ITの方法論が浸透する社会になる」と表現する。
「MaaSの発展は、エンジニアにとってすごくワクワクする話。なぜなら、移動が変われば街や暮らしそのものも変わるから。自動運転が普及すると、道路標識は減り、駐車場も近場に作る必要はなくなるのでは。車を降りた後、自動で遠くの駐車場に行くためだ。そうすると、街にゆとりができ、より安全になる。エンジニアの仕事が都市そのものを変えていく」(伊藤氏)。
一連の話を踏まえ、伊藤氏は「ITエンジニアだからこそできるモビリティがある」と言い切る。だからこそ、今までの方法論を活用して「エンジニアがどんどんモビリティに進出して欲しい」と要望。その言葉とともにセッションを締めくくった。
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