「源ノ角ゴシック」構想は25年前から--“フォント愛”あふれる米アドビ書体チームに聞く

 今やフォトレタッチからビジネス文書の作成、映像制作やDTP、さらにはウェブ制作に至るまで、あらゆるプロフェッショナルシーンに活用できるソフトウェアを提供しているアドビ。それらのソフトウェアに欠かせない、しかしあまり意識することのない要素の1つがフォントではないだろうか。写真の加工やドキュメントの作成時に普段何げなく使っている日本語テキストだが、日本語をグラフィックとして正しく表現するには、正しくデザインされたフォントが不可欠となる。

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米アドビで書体開発チームのシニアマネージャーを務めるダン・ラティガン氏(右)と、同タイプアーキテクトのケン・ランディ氏(左)

 そんなフォントの開発を先導してきたアドビのなかでも、初期から関わってきた技術者と責任者が、東京で開催されたフォントの祭典「ATypI」のために来日、本誌のインタビューに応じていただいた。米アドビで書体開発チームのシニアマネージャーを務めるダン・ラティガン氏と、同タイプアーキテクトのケン・ランディ氏の2人が、アドビがフォントに力を入れる理由、それぞれがフォント開発に携わることになったきっかけなどを語った。

フォントの限界まで追求した「源ノ角ゴシック」

――まずはお二人の自己紹介をお願いします。

ダン氏:私はもともとMonotype (世界最大級のフォントメーカー)に在籍しており、アドビに入社して3年、シニアマネージャーとしてケンを含むフォント開発のチームをまとめています。今回は東京で開催されているATypIというイベントのために来日しました。ATypIでは書体を開発している人とフォントを使っている人が一堂に会して意見交換できる大切な機会だと思っています。私たちとしても、日本でフォントを開発しているアドビのスタッフたちと話せる機会でもあります。

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書体開発チームのシニアマネージャー ダン・ラティガン氏

ケン氏:私は今週から新しくタイプアーキテクトという肩書きになりました。アドビには28年勤めていますが、これまでずっと同じ部署で働いてきました。基本的には同じ仕事をずっとです。28年前に入社したときは、日本語フォントの開発からスタートしました。フォントの仕様の策定とフォント自体の開発を担当しています。

――アドビではかなり以前からフォント開発に取り組んできました。アドビにとってフォントとはどういう位置づけなのでしょうか。

ダン氏:フォントを扱う部署はアドビが設立された初期からありました。なぜならアドビはページレイアウトのためのソフトウェアから始まっていて、そのレイアウトを正確に行うにあたってフォントは必要不可欠な要素だと創業者が考えていたからです。アドビとしては、多くのユーザーにより簡単に、より多彩なフォントを使ってものづくりをしてほしいと思っていますので、フォントの研究開発ユニットとして業界全体に貢献していきたい、という気持ちでやっています。

 しかし、さまざまなソフトウェアで所定のスペック通りに正確に表示できるようにするため、私たちが開発するフォントはどんどん複雑になってきています。ケンは、そのなかでも最も複雑なフォントの開発に携わっています。

ケン氏:すべてが正しく動くように、フォントで誤動作したらアプリケーションを直すというのが私の仕事です。フォントを開発しているのはアドビ以外にもあり、他のメーカーが作ったフォントがきちんとアドビ製品で動くようにすることも私たちの役割です。また、これまでフォントの中に内在していなかった新しい機能をフォントの仕様に埋め込んでいくというような活動もしています。

 例としては、10年ほど前に開発した「かづらきフォント」が挙げられます。日本人の西塚涼子氏(アドビシステムズ チーフタイプデザイナー)がデザインしたものですね。このフォントには2つの面白いポイントがあって、1つはかなと漢字の両方を、横書きと縦書きのどちらでも可変幅のプロポーショナルフォントとして使えること。もう1つは、複数の文字を連結する合字(リガチャー)に、縦書きのひらがなも対応しているところです。ただ、これがアプリケーションの動作に不具合を生じさせる原因にもなりますので、それをなるべくすぐに修正するわけです。

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タイプアーキテクトのケン・ランディ氏

――合字にも対応しているフォントという意味では、2014年にリリースしてアドビが現在も開発を続けている「Source Han Sans」や、それに含まれる「源ノ角ゴシック」は、1つのフォントファイルに何種類もの言語が収録され、画期的なフォントだと思いました。

ケン氏:本当にそうですよね。技術的な限界に達するところまで、たくさんのグリフ(字体のデータ)を詰め込んでいるという点でも革新的です。

ダン氏:そう、Source Han Sansはフォントファイルのサイズとして許容できる最大限のグリフ(65536グリフ)をもっているんです。

ケン氏:中国語、ハングル、日本語といった東アジアの複数の言語も含めることができるようになっていて、しかもオープンソースですからほとんどの人が無料で使えます。実はこういったフォントは25年前から考えていたことでした。

――最近になってそれが可能になったのは、何か技術的な革新があったからなのでしょうか。

ケン氏:25年前のフォントフォーマットでは、それらの機能はサポートはしていませんでしたし、アプリケーションも対応していませんでした。このプロジェクトを可能にしたのはGoogleとの協業なんです。

ダン氏:フォント全体をUnicode対応にするGoogleのNotoフォントファミリーのプロジェクトは、我々のやりたいことと一致していました。Notoプロジェクトの一部である(中国語、ハングル、日本語のフォントが含まれる)PanCJKについては、Notoのなかでも一番ややこしいものでしたから、Googleはその部分で専門性をもっているアドビに相談してきたんです。

 また、アドビには西塚さんをはじめとするデザインのプロフェッショナルもいますので、整合性を保った一体感のある美しいフォントをデザインできることも大きかったと思います。

アドビが“非英語圏”のフォントに力を入れる理由

――そもそも、米国企業であるアドビが、英語圏ではない言語のフォントにここまで力を入れるのはなぜでしょうか。

ケン氏:面白いから(笑)。だからやっているわけですけども、そういうのを面白いと思えるからこそ、アドビが我々を雇ったんだと思います。

ダン氏:ただ、アドビとしては、あらゆる言語がどのように機能しているか、開発者がきちんと把握していることが重要と考えています。アドビは世界中の人がさまざまなアプリケーションでものづくりしてほしいと考えていますし、世界中の人がそこで母国語のフォントを使いたいと考えているはずですので。

 実際のアプリケーションにおいて、あらゆるフォントのタイプセットの方法がわかるように、私たちは相当な数の言語に対応するフォントを作ってきました。たとえばアラビア語、ヒンズー語、キリル語、ヘブライ語などなど……。日本語はラテン語系の次に開発を始め、30年ほど前からはキリル文字やギリシャ文字も開発しています。アドビ製品をできるだけ多くの人たちに使ってもらえるようにすることが、私たちの変わらないミッションです。

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ケン氏:フォント開発における最も初期のパートナーの1つは日本のモリサワですね。今モリサワが成功しているのも、初期から我々と一緒に協力してくれたのが要因ではないかと思っています。

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