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“サ終”のDeNA「ハッカドール」歴代キーマン5人に聞く--5年間の戦いと今思うこと - (page 2)

佐藤和也 (編集部)2019年08月24日 09時30分
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「いつかは終わる」というドライな反応だった理由

ーー荒巻さんは、ほかのメンバーにサービスが終了することをあらかじめお話したと伺ってますが、どのような反応だったのでしょうか。

荒巻氏 :これまでハッカドールに関わってきた方々がいて、引き継いできたけれども私のところで終わることを決めたのは、申し訳ないという気持ちもありました。でも、嶋田は「いつかは終わると思っていた」、岩朝も「始まるものは、いつか終わるから」と、わりとドライな反応が……(一同笑)。寺嶋からは、大変な時期を引き継いだということで労いの言葉をいただきました。

岩朝氏 :ちゃんと「お疲れ様」と言いましたから(笑)。実は荒巻から話がある前に、上長の執行役員からなんとなく終わることは聞いていたんです。現場からの連絡があったときに、どう反応したらいいかいろいろ考えていたんですけど、無関心すぎるもの違うし、もっと長く続けられたと主張したり、逆に惜しんで残念がるのも違うと。

 そもそも僕がハッカドールから離れるとき、IPとサービスを引き継ぐにあたっては、もう箱にしまって何も語らないことが大事だと思ったんです。離れた後の展開に口を出すと、元祖と家元の戦いみたいなことになって混乱します。

嶋田氏 :僕も全く同じ考えで、そのことを意識していましたし、自分から対外的に話題にすることもなかったです。

岩朝氏 :会社とクリエーターとの間で、IPに対して醜い戦いが起こることもあるじゃないですか。かっこ悪く映ってしまうし、IPを汚すことにもつながるので、何を問われても基本的には答えないし、一般的な受け答えをしようと決めていたんです。そうしていた期間が長かったこともあるので、そのような回答になったんです。

ーー荒巻さんは、終了を決めたあとは、どのようなことを考えていましたか。

荒巻氏 :現在のメンバーも、ハッカドールが好きで関わっているので、サービスを終了することを知らせてからは、どのような終わらせ方、見せ方をすると、マスターさん(※ハッカドールの利用者やファンのこと)にとって一番いいのかを考えていました。

 8月15日に終了することを告知したとき、本当に反響が大きくて。ビジネス的に厳しかったけれど、いろんな方が関わってさまざまな形でハッカドールを作り上げてくれたわけですから。それがマスターさんや、それを超えてたところまで含めて惜しいと思ってもらえたのは、いいプロダクトだったと思います。

アクションを積まないと伸びない

ーー岡村さんも、初期から長くかかわってきた立場として、当時の思い出などはありますか。

岡村氏 :僕から見て、岩朝が立ち上げるフェーズ、嶋田と寺嶋のときが新機能、安定運用、マネタイズのフェーズ、荒巻のときはさらにもう一歩進めていくというフェーズという流れになるのですが、この順番でなければ、5年も続かなかった気がします。そのなかで、それぞれの悩みを抱えた歴代の事業責任者の姿を見てきました。

 今だから言ってもいいと思うのですけど、リリース直後のAndroid版のインストールが伸びなかったんです。そのときに、これまでDeNAがやっていたデジタルマーケティング一辺倒に終始してもだめなのではと、かなり議論をしていました。

 新しいサービスで初速が悪いと「やる意味があるの?」という見方をされてしまうので、なんとかしてインストールを増やすためのマイルストーンを、2014年末の冬コミまで設定していました。その設計をしていたのが印象深いです。冬コミも盛況だったし、実際(2015年の)1月、2月ぐらいからインストールが伸びて来たんです。

岩朝氏 :今でも、インストールが伸び悩んているプロジェクトの相談を受けることもあるのですけど、決まって答えるのは、アクションを積まないと伸びないということですね。当時いろんな人に相談をしたのですけど、みんな間違ってはいないような正論は言ってくれるけど、間違っていたり無駄かもしれないけど、やったほうがいいという話が出てこないのです。でもメンバーに話を聞くと、いろんなアイデアや施策案が出てくるんですよ。それらを採用してアクションを取って、少しずつ積み重ねて伸びていくところもありました。

 当時はプッシュ通知をたくさん送っていた時期もあれば、文面を細かく変えるなど、ABテストだらけだったときもあって。もう死に物狂いで、大変すぎてあまり記憶がないのですけど、そういうことの循環と積み重ねをしていましたね。

寺嶋氏 :僕は、初期のプロモーション周りが濃密だったことを覚えてます。

岩朝氏 :寺嶋も入った直後から、いきなり大変な状況になって……。

寺嶋氏 :当時のチームメンバーと「あれがだめだ、これがいい」という、知恵を絞っていろんなことをしている時期が半年ぐらいありました。

岡村氏 :生まれたけど問題があって、なんとかこの子を生かすという気迫みたいなものがありました。エンジニアも、結構な開発スピードで頑張ってました。

嶋田氏 :開発は、リリースまで実質的に4カ月程度でした。

岡村氏 :なんとか8月15日に間に合わせるというところが命題でしたから。

岩朝氏 :それで終わりではなく、すぐそのあとの9月に東京ゲームショウ(TGS)があって、プロモーションも本格化して……。

岡村氏 :チームでは、コミケの準備とハッカドールのサービスローンチもあって、TGSにはお手伝いはできないという話だったのですけど、出展にあたってのコンテンツ(ステージイベントなど)が足りないという話があって……。

岩朝氏 :当時のプロダクトマネージャーがTGSを担当することになって、いつのまにか岡村だけではなくエンジニアもステージに出ることになり、自分も脚本を書くという流れになって、どんどんTGSのほうへリソースが吸い取られていったんです。でもTGSに出展するなら、ゲームをリリースしようという話になって、ハッカゲームセンターができて。もう息切れどころか、息を止めているぐらいの状態でした。

ーーTGSだと、ステージイベントで3号の“男の娘”を告知したことが衝撃的でした。

TGS2014におけるステージイベントより。クイズコーナーの正解として、3号の“男の娘”を発表。場内がざわついていた
TGS2014におけるステージイベントより。クイズコーナーの正解として、3号の“男の娘”を発表。場内がざわついていた

岩朝氏 :あれは初期のころからちゃんと設定にありました。

嶋田氏 :メモを見直すと書いていたというぐらいで。設定は適当に喋ってメモして決めたぐらいの軽いノリで、記憶にないような感じでしたから。

岩朝氏 :そもそもキャラクターコンテンツとしての展開は想定してなかったです。コミケ向けのプロモーション施策で、アニメPVを作るのがいいだろう、キャラクターがあったほうがいいだろうというだけでしたから。気が付いたらテレビアニメ化までになりましたね。

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