沖電気工業(以下、OKI)は2017年8月から、SDGs(国際連合サミットで採択された持続可能な開発目標)による社会課題を解決する「OKIイノベーション・コンパス(羅針盤)」を目指す活動を続けてきた。2018年4月に発足したイノベーション推進部が中心に新規事業創出活動の基盤となる「Yume Pro」をスタートさせている。
その背景にはOKIが目指す将来像が不明確で、実行体制の欠落や教育・事業の加速プロセス、外部活用に消極的な企業文化があった。ビジネスモデルの変革やビジョンの明確化、創業期に掲げた「進取の精神」を取り戻す原点回帰を実現するにはSDGsへ焦点を当てる必要があると語るのは、イノベーション推進部を率いる同社執行役員兼チーフ・イノベーション・オフィサーの横田俊之氏。今回は横田氏にYume Proの取り組みやOKIが目指す企業像を伺った。
――Yume Proの活動に至るまでの背景を聞かせください。
ISO(国際標準化機構)が、イノベーション・マネジメントを標準化する「ISO 56002」が2019年6月に採択されました。このイノベーション・マネジメント・システムの流れに乗り遅れると、その企業は数年後になくなっているかも知れないという専門家もいます。2年前の経営会議で説明した際、社長(OKI 代表取締役社長執行役員 鎌上信也氏)から、「横田さんが責任者になってイノベーション・マネジメント改革をやってほしい」と言われたのが切っ掛けでした。
2017年8月に、同年10月のイノベーション推進プロジェクトチーム立ち上げに先立ち、全役員を含む50名にインタビューを行ったところ、顧客への提案能力やイノベーションを支援する企業文化が足りないといった課題が明確になりました。これまで弊社は大手の優良顧客に恵まれてきました。顧客の課題を解決することが成功の極意だったんですね。しかし、顧客自身の課題が不明確になると提案しないと受注できません。さらに弊社は自前主義でしたが、1社で顧客課題を解決する時代は終わりました。
顧客の先にいるエンドユーザーと彼らを取り巻く社会環境の変化にアプローチし、顧客と共に社会課題の解決に取り組まなければなりません。そこから生まれる価値提供でビジネスが成り立つ時代です。そのためのSDGsでした。弊社ではSDGsを掲げる理由として「ビジネスモデルの変革」「ビジョンの明確化」「原点回帰」という3つの理由を持たせています。1つ目は今お話したエンドユーザーを視野に含める姿勢を指し、2つ目は「より安全で便利な社会のインフラを支える」という従来のビジョンが更に具体的になります。
そして3つ目は弊社の成り立ちがあります。1881年に日本最初の通信機器メーカーとして創業しましたが、当初から社会のお困りごとを解決することを目標に掲げてきました。だからこそ138年も続けられたのでしょう。極端な表現を用いれば「金を稼がなくてもいいんだ! 社会課題を解決しよう!」ですが、本当に社会課題を解決して、世の中に価値を提供できれば、お金は自然と後から付いてくるはずです。お金を稼ぐことを目的から手段に変え、収益を原資にして次の課題に挑戦するように、発想を逆転させなければなりません。
そもそもSDGsは、17分野169のターゲットが設けられていますが、たとえばターゲット3.4「2030年までに非感染症疾患による早期死亡を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健および福祉を促進する」であれば、糖尿病や認知症の早期検知による行動変容というアイデアが出てきます。また、ターゲット3.6「交通事故による死亡者半減」であれば弊社のITS(高度道路交通)技術も利用可能です。このような観点からSDGsに焦点を当てました。
2017年11月に社長がSDGsへの取り組みをOKIプレミアムフェアで対外的に公表し、同年12月に役員全員でワークショップを実施しました。2018年4月に、コーポレート下の経営基盤本部にイノベーション推進部を発足させました。弊社のブランドスローガン「Open up your dreams」には、社会課題やお客様の課題を解決して夢の扉を開きましょう、という意味を含んでいます。そこから、プロジェクト+プログラム+プロフェッショナルを目指す意味で“3つのプロ”を目指す「Yume Pro」が生まれました。
――それではYume Proの概要の具体的な活動を教えてください。
Yume Proは一般社団法人Japan Innovation Networkをパートナーとし、5カ年で“イノベーション・パートナーとしてのOKI”ブランド獲得を目指します。PoC(概念実証)予算や事業部との緊密な連携で、リーン・スタートアップが可能な体制作りと、P/L(損益計算書)をKPI(重要業績評価指標)にしないゲートウェイで進捗を管理します。システマティックにイノベーションを起こす仕組みとして、アクションはステップ0~5に分けました。
ステップ0では技術や商品から始まっていた着想を、SDGsやエンドユーザーの課題から事業機会を発掘する「アプローチ」、ステップ1は将来的にパートナーとなり得る顧客と共に取り組む「共創検討合意」です。ステップ2では課題を深掘りする「課題仮説検証/確定」、ステップ3は「SOLコンセプト仮説検証/確定」として、事業シナリオを元にPoCからビジネスモデルを作るステップ4の「ビジネスモデル仮説検証/確定」を経た後、顧客が確定して各事業部にビジネスを渡すステップ5の「内定」に至ります。
事業部への円滑な引継ぎが可能となるように、PoC予算はイノベーション推進部が持って、事業部に発注する形で事業部を巻き込むスキームとなっています。顧客先訪問も当初から事業部や営業を同行することで、“人ごとから自分ごと”に変わります。事業部が希望すれば、ステップ5まで至らずとも引き継いで構いません。できる限り筋の良い案件を事業部に繋いでいくように努めています。
Yume Proが担う役割の1つに「教育・社内文化改革」があります。千村(OKI 経営基盤本部 理事 兼 OKIイノベーション塾塾長千村保文氏)が塾長として、イノベーション研修やダイアログを実施してきました。また、若い人が研修を受けて上長に「教わってきました!」と言っても受け入れられないケースが多いため、研修も経営層・部門長・部長と上から順番に受講します。また、人事や総務、経理といった非イノベーション部門の人も対象に参加し、“一石五鳥以上”を目指した研修を行っています。ちなみに内容は「縦割り是正」「エセ正義の味方撲滅」「既存事業の変革を促進」「Yume Proチームを離れ小島にしない」「千人からアイデア収集」「イノベーションの共通言語作り」です。
同様の取り組みでユニークなのは「イノベーション・ダイアログ(通称:社長ダイアログ)」でしょうか。社長と膝詰めしている中で、「イノベーションやっている連中は『方向性が分からない』と言っています」と伝えると、「俺は方向性を示している! どこが岩盤層だ!」と、自分の思いが現場に伝わらないことに苛立ちを見せたことがありました。そこで、部課長クラス約230名を対象に1回10名程度のダイアログを実施しています。この他にも最大1億円の予算を戦略費から支援するグループ内コンテスト「Yume Proチャレンジ2018」や、外部のアイデアソン&ハッカソンへの参加奨励、グループ内の各部門にイノベーション推進活動のエバンジェリストを配置する「Yumeハブ」といった活動、Webを通じた情報発信を行ってきました。
現在のイノベーション活動は属人的・散発的ですが、5年目(2022年度)にはイノベーションが日常的な活動になるような目標を掲げています。そのためには、まず、経営者の本気度が社員に見えてなければなりません。一連の施策はこの本気度を可視化する取り組みと述べても構わないでしょう。理想形は「OKIイノベーション・コンパス(羅針盤)」。実行体制としてイノベーションが日常化する企業文化を作り、イノベーション教育体系の整備や事業化加速プロセスや外部活用にYume Proプロセスが定着することを目指しています。OKIグループ全体でイノベーション活動が活発になるまで推進させるように取り組んでいます。
――社長の「メッセージが伝わっていない」というのが印象に残りました。
現在の社長が就任してから、営業のIoTビジネス開発室、事業のIoTアプリケーション推進部が発足しました。社長はISO 56002のイノベーション・マネジメント・システムを他社に先駆けて導入したいと考えたんだと思います。前述した50名インタビューの時点で、すでに社内で新規事業開発チームが存在しましたので、当初は「イノベーション推進部はイノベーションの加速支援機能を行います」という提案を行いました。ところが、「それではダメだ。あなた方自身が新規事業創出に挑戦しろ」という指示がありました。
大手他社も、数年前から数百名体制のイノベーション推進部を立ち上げており、課題を伺ったところ「成果がないこと」とおっしゃっていました。某社の部門も加速支援という位置付けにあるため、受け身になってしまいます。良い案件が持ち込まれない限り成果が出せないという訳です。だが、自分で取り組むのであれば能動的に取り組めます。先の話を某社に話したところ、「社長(鎌上氏)は正しい。我々は気付くまで数年かかった」とおっしゃっていました。そのため我々は新規事業創出と加速支援の両方に取り組んでいます。
――これまで多くの企業で新規事業創出に関する取材を行ってきましたが、事業プロセスのシステマティック化に関する取り組みと、企業文化変革を両輪として回していいくことが重要だと考えます。具体的にはどのように取り組んでいますか。
やはりトップのイニシアチブでしょうか。当初は、2週間に1回、1~2時間ほど社長と侃々諤々(かんかんがくがく)と議論を2カ月ほど重ねた結果、社長と一枚岩になりました。役員ワークショップを始めたときも、「この歳でワークショップか」と思った役員も少なからずいたのではないかと思います。しかし、終わってみると皆さんすてきな笑顔になりました。推測ですが役員同士が仕事以外で会話することも少なく、弊社自体が社会インフラ企業なのでSDGsの中に多くのビジネスチャンスがあることに気付いたんだと思います。
このように本社と子会社を合わせて170名の役員が、イノベーション研修に参加していることを見せているため、部門長や部長クラスが「面倒」とはクチが裂けても言ません。前述したYume Proチャレンジ2018でも、審査員を務めたのは経営会議メンバーでした。大賞・準大賞・特別賞に選定されたものは、工数の3割まで新規事業に割り当てる仕組みを設けました。受賞者が上司に人材配置などの配慮を求める際も「ご不明な点はあなたの本部長に問い合わせてください」と(笑)。このように役員を巻き込んでいることが極意だと思います。
――Yume Pro開始から2年目突入を迎えたところですが、何か変化はありましたか。もちろん企業文化の変革にたどり着いたとは言いませんが、雰囲気が変わったと思います。
今日もYumeハブ選出メンバー13名が社長ダイアログで、「我々は変わりつつあると思いますが、どうでしょうか」という話が話題に上がっていました。部門によって温度差があり、簡単に企業文化は変わりません。来年度から新しい中期経営計画が立ち上がりますので、社内文化変革の文脈で人事部にも施策の検討をお願いしています。社内文化はイノベーション推進部だけではなくグループ全体の課題ですから、部門を超えた人事異動や、ダイバシティ経営の観点から外国人の採用枠を増やすなど新たな施策が欠かせません。弊社は社会全体を知る場面を組織的に作り出し、人事施策の柱に据えてほしいとお願いしました。
人事部は意識調査なども実施していますから、そこから従業員の課題も見えてきます。最終的にはES(従業員満足度)が向上し、会社に行くのが楽しくてしょうがない、というところまでたどり着ければ本物でしょう。今週実施した社長ダイアログでも「皆、先導者として挑戦して変えてくれ。壁に阻まれたら遠慮なく言ってほしい」とおっしゃっていました。やはり命令して“後は知らん”では人は動きません。
――OKIイノベーション・コンパスには「外部活用」というキーワードがあります。外部連携はどのように行いますか。
内閣府のタスクフォース(2018年11月~2019年4月に内閣府知財戦略本部が実施した「価値デザイン社会実現に資する実質的なオープンイノベーションの実施に関するタスクフォース」に横田氏らは委員として参画していた)でも焦点になりました。オープンイノベーションは、社長同士が「一緒に何かできないか」と話が始まっても、なかなか進みません。先方企業のイノベーション担当役員が私と話しましたが、「OKIのソリューションとウチの製品を掛け合わせて……」という議論なんですね。2社の商品を掛け合わせて顧客を見つけることは至難の業です。Yume Pro的なアプローチであれば、解決したい課題のために、弊社の足りない部分を前提にパートナー企業を選定します。この場合であれば、社会課題解決型でイノベーションを起こすのであれば、ごく自然に協業する相手が見つかるでしょう。
――システマティックにイノベーション推進に取り組んでおられますが、ソニーもSAP(Seed Acceleration Program)を通じて社外スタートアップとの連携を拡充させています。同じような取り組みを行う予定はありますか。
現時点で重要視しているのはYume Proプロセス。現時点では、これ事態が仮説ですが、実証に成功すればOKIグループ全体に実装しようと思っています。そのため、うち(イノベーション推進部)の人間には、「より安全で便利な社会のインフラと、OKIの強みを生かした課題解決につながれば何に挑戦してもいい」と伝える一方で、「Yume Proプロセスだけは守って欲しい」とお願いしてきました。グループ実装が真の目的だからです。
ISO 56002の採択に合わせて経済産業省もガイダンスを開発すると聞いております。一方では東京証券取引所と共にイノベーション銘柄を作るという話もありました。(このようにイノベーション推進企業が今後増えていくのであれば)、Yume Proプロセスをそのまま使える企業が出てくるかも知れませんね。我々も共通言語化で「ステップ0のここが~」と会話がスムーズになるとうれしいですね。
――いま現在、Yume Proに関する課題はありますか。
早く成果を出すことですね(苦笑)。たとえば、ヘルスケアや次世代物流系プロジェクトが動いています。エンドユーザーの課題が明確化し、仮説検証からPoCを通じて発見があった事例を年度内に2~3つの成果を発信できるようになれば。逆に事例がないのに、よくシンポジウムやセミナーで講演を行っているなと思います(笑)。
――先ほど企業文化について伺った際、「簡単に企業文化は変わりません」とおっしゃっていました。しかし、以前の御社だったら、成果が出ていない時点で取材OKとはならなかったでしょう。外部から見ると、Yume Proを通じて企業文化が変わりつつあるように感じます。
そうですね。我々の取り組みはビジョン、実行体制、教育、事業化加速プロセス、外部活用のすべてがないとイノベーションが生まれません。合わせて社内文化を変化させるのが重要です。イノベーション・マネジメントの原理原則を定めた「ISO 56000」のドラフト版に目を通すと、イノベーション・マネジメントの特徴は既存のプロセスや組織が抵抗勢力になり、社内文化がネックになると書かれていました。社内文化が変わらないとイノベーションも進まないんだと思います。
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