日本で有名なロート製薬だが、現在、食や再生医療など新規事業を展開しているのをご存じだろうか。ロート製薬は1899年に創業、120年におよぶ歴史を持ちながら、大手ではいち早く副業解禁をしたことで話題になるなど、あらゆる面で挑戦を続けている。食の文脈では農業・畜産業、薬膳レストランの展開を通じて、「薬に頼らない製薬会社」を目指すという。今回は農業事業に携わる同社アグリ・ファーム事業部 マネージャー 笹野正広氏に話を伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 別井貴志が務めた。
――御社はCI(コーポレート・アイデンティティー)として「NEVER SAY NEVER」を掲げておりますが、まずはこちらの意味から教えてください。
皆さんは「目薬の会社」というイメージをお持ちだとよく耳にします。確かに国内のOTC目薬市場でもトップのシェアを誇りますが、現在はスキンケアにも事業拡大し、2017年度の売り上げ構成比では65%を占めます。弊社はさまざまなことに挑戦する姿勢を大切にしており、今後世の中を健康にしていきたいという思いから、新CI(コーポレートアイデンティティ)として2016年2月に「NEVER SAY NEVER」を制定した次第です。
――新規事業創出時は、既存の事業ドメインと異なるドメインに挑戦する2つのアプローチがあります。御社はどのように取り組んでこられましたか。
基本的には既存の事業ドメインである「美と健康の価値」から拡大させました。弊社はOTC医薬品(一般用医薬品)や化粧品を手掛けていますが、さらに健康寿命の延伸という軸を持ち、食と再生医療にも挑戦中です。前者は農業・畜産業の展開や薬膳レストランの経営、後者は肝硬変治療に向けた治験を行っています。この2軸を拡大する方向で新規事業に着手しています。
――どのような手順で新規事業を始められましたか。
1つは外部との連携ですね。もう1つは内部からの発案。後は両者が組み合わさった形でしょうか。アクセラレーションプログラムなどは行わず、(ロート製薬と外部企業が)平行するか、もしくは外部委託するか明確に分けてきました。たとえば社内の場合、募集するケースもあれば、事業部ごとに提案する場合もあります。全社員にはプロジェクト型も行ってきました。会社の仕組みや働き方を含めて「どう変えていく?」が重要だと考えています。
現状を良しとするのではなく、社会的課題を踏まえて未来を変えていくプロジェクトが多数進行しているため、そこから新規事業のアイデアが生み出されることもありました。プロジェクトの発案はトップダウン、ボトムアップ、どちらもありますね。トップがテーマを発信して具体化するケースもあれば、社員が挙手して始めるケースもあります。最近はボトムアップが増えてきました。
――多くの企業は新規事業創出に苦しまれるケースが少なくなりません。アイデアは豊富に出てくるのでしょうか。
豊富とまではいませんが、弊社の場合、一歩目を踏み出すハードルは比較的高くないと思います。新しい分野で新規事業を始める際は、すべて数字ありきというわけではなく、そこで何を実現したいのか、その情熱や思いも大切にしてもらえるので、OKをもらえる素地(そじ)はありますね。
ロート製薬という企業は「新しいことに挑戦」してきた歴史的背景があり、経営トップも新規事業を推進していることも影響しています。挑戦した結果、成功に至ったことも大きいですね。弊社はパンシロンの前身である「胃活」という胃腸薬からスタートし、10年後の1909年に点眼薬の「ロート目薬」を発売しています。1988年には米国のメンソレータムを買収しました。ここから海外企業の買収や展開、スキンケア領域への挑戦、「オバジ」「肌ラボ」といった新製品群の成功も挑戦の結果です。
企業文化は成功体験に基づいて作られていくと思いますが、「挑戦を良しとする」文化が形成されたのではないでしょうか。
そのため弊社は失敗に対して否定的ではありません。リスクを許容する企業です。特に再生医療分野はまだまだ未知の世界で、リスクは顕在していますが、それでも取り組もうとする企業文化が根付いています。
――経営陣にも「取り組むべき」といった前向きな姿勢があるのでしょうか。
あると思います。トップ層に限らず、社内全体へ浸透しました。たとえば大規模震災は日本を危機状態に陥れますし、人は大きく揺さぶられます。東日本大震災を経て、企業は何のために存在しているのか?、社会にどう貢献していくべきなのか? と意識が変わってきました。
食という文脈から見れば地方は廃れ、農業も数多くの課題が残っています。これらの諸問題に対しても企業として取り組む必要があると思っています。資本主義という見方をすれば、単純に儲(もう)かる・儲からないという話になりますが、広い視野が必要でしょう。
今は人生100年時代といわれているように、会社をリタイアした先も考えなければなりません。そのため社会貢献を意識しながら新規事業展開を拡大させていきます。
――一連のお話を伺うと新規事業創出も、多くのCSV(共通価値創造)活動も、御社の企業文化が根底にあるように感じました。
たとえば社会課題にはビジネスのアイデアが落ちています。社会に飛び出る社員も多くこれらから得られる体験に価値を見いだす社員も少なくありません。
弊社は若者に「リスクを取らせてやらせる文化」があります。新規事業創出は、固定概念に捕らわれない1人の情熱が最重要。準備やチームを整えず始めるわけですから。弊社における新規事業創出案件は、「個人の思い」が強いですね。
――新規事業創出後に直面する課題として、事業評価と人事評価を掲げる企業は少なくありません。御社はどのような制度を用いていますか。
僕は(人事評価を)難しいとは思いません。当然、既存の事業領域とは評価軸も異なります。資本主義的価値で考えるから課題になるので、周りの社員に与えたモチベーションや社会的評価を見れば充分です。失敗を失敗としたら次の挑戦につながりません。この部分を改善するのは経営者の仕事でしょう。
(課題と捉える背景には)社会的変化も大きいでしょう。たとえば高度成長期において着実に成果につながらない新規事業は評価対象になり得なかった可能性があります。
――新規事業ドメインに加えた「食」についてお聞かせください。
最初に取り組んだのは2013年に沖縄県石垣島の「やえやまファーム」と共に有機パイナップルなど農業を進め、生産から食品加工、流通販売まで一貫して行う「第6次産業」に挑戦しました。2016年には弊社と奈良県、宇陀市による連携協定を結び、食や農の分野を中心としたプロジェクト「Next Commons Lab 奥大和」を通じて、起業家を誘致しています。
もともと岩手県遠野市での「Next Commons Lab 遠野」に弊社の担当者が参加していたことがきっかけでした。現在は総務省が推進する「地域おこし協力隊」の支援を受けながら、弊社社員3人が加わってフォローアップし、地域との関連付けを行っています。
我々は宇陀市で農業を実践する「はじまり屋」に取り組み2015年から奈良県と包括提携を結んでいますが、それだけでは地域との結びつきに至りません。あるひとつの農家にしかすぎないんですね。民間企業としての地域貢献や人材育成といった流れを生み出すには、新規就農のきっかけ作りが必要でしょう。取り組みを通じて農業に挑戦したい方々が活躍できる場作りや、生産者や消費者などが循環する仕組み作りを目指します。
他方で地方地域や農業は、ここ10年で大きく廃れるといわれてきました。都市部と異なり関係性が密接な地方への参入はハードルが高いものの、我々は関係性の変化に伴い、民間企業が貢献できる場面が必ずあると思います。事業拡大という文脈ではなく、役立つタイミングを伺っているフェーズですね。我々のような健康系企業は、法人農業ビジネスとは異なる視点があるため、新たなビジネスも生まれてきます。
――いま、食の領域ではFoodTechと一体のイノベーションが起こっていますが、この潮流についてもお聞かせください。
個人的に農業の文脈におけるテクノロジーは、「今ある技術をいかに活用するか」「どう使うか」が大切だと考えています。ただ、農業に携わる方々のITリテラシーは高くありません。しかし、ここ10年内には底上げも進み、テクノロジー農業も実現するでしょう。
他方で若い方がたはデータ可視化による農業を推進していますが、なかなか成果につながらない課題が残ることは否定できません。データ活用は新たなアプローチが必要だと考えています。たとえば、天候に大きく左右されますし。別の側面で農業を見ると初期投資額が大きいですね。代々農家であればツールもそろっていますが、新規ではトラクター1台用意するのも厳しいでしょう。前述した農業プロジェクトもテック要素は多くありません。地方の方たちとのコミュニケーションを取りながら、ITの力も借りていくことで新たな価値を生み出していきたいです。
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