ソニーは2014年から、スタートアップ創出と事業運営を支援する新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」改め「Sony Startup Acceleration Program(以下、SSAP)」を展開してきた。ハイブリッド型スマートウォッチやパーソナルアロマディフューザーなど、製品化や事業化したアイデアは枚挙に暇がない。2019年4月で6年目を迎えるSSAPを牽引するソニーの小田島伸至氏に新規事業創出の秘訣をお聞きした。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。
――まずはSSAPの概要を小田島さんからご説明いただけますか。
はい。では、私のプロフィールから始めさせてください。ソニー入社時はマーケティング部を希望しましたが、理系出身でしたからデバイスマーケティング部に配属されました。その後は海外志望だった経緯もあってデンマークに赴任し、ゼロから事業開発に取り組みます。私は意気揚々と現地を訪れましたが、実際は人脈ゼロ土産ゼロの状態でくじけそうになりました。それでもなんとか事業を立ち上げ、3年で数百億円まで売り上げを伸ばしたところ本社スタッフから声がかかり、グループ戦略を束ねる部署へ誘われました。
デンマークでの経験を得て、本社には最初は自信を持って臨みました。ところが、前線で営業活動を行う“武将”と、部下として大企業を見る“大大名の家臣”では勝手がまったく異なります。それでもひと花咲かせたいと思いました。まずは企業全体の課題探しから始まり、具体的な事業に落とし込んでいくことを想定して、赤字事業の立て直しに着手します。ある程度の成果は見えるのですが、その先に行けません。その原因を洗い出すと、さらに強い権限が必要だということに気付きました。当時は単なる平社員です。もう1つ気付いたのが「社内にソニーの既存事業にない全く新しい領域の新規事業と言われる案件数が少ない」点でした。
当時は平井(ソニー 取締役 会長 平井一夫氏)がスリムアップを推進していましたが、我々の世代ができることは何か。その視点で見るとソニーの既存事業領域外の新規事業のアイデアが少ないんです。上司に相談した上で調査したところ、新規事業案件に至らない理由が数百にも及びました。たとえば「アイデアは思い浮かぶが全く新しい領域の事業提案であるため受け皿が存在しない、どこに持っていったらいいのか分からない」「アイデアがあってもソフトウェアエンジニアのため、ハードウェアの知識が足りない」「経験がないので財務諸表や損益計算書が書けない」など。見方によっては言い訳と取れますが、私には納得できる理由でした。
加えて他社の調査にも取り組みましたが、似たような状態にある企業が多いんですね。米国の大企業も経営陣がセカンドジェネレーションに入り、創業者はすでに退任しています。しかし、彼ら(米国企業)は社長直轄の組織を用意しており、同様の仕組みをソニーに取り込んでみてはという仮説を立てました。社内での意見も好評でしたので、(当時社長だった)平井と(担当役員だった)十時に提案したところGoサインをいただいたものの、「キミ1人でやってね」と(笑)。
――スタートアップ的ですね。最初のヒアリングから社長のGoサインをもらうまでの流れを教えてください。
2013年10月に内々でプロジェクトを開始し、社長に見せたところ「いいですね、3カ月で検討してみて下さい」と言われたため、夜な夜な一回4~5人単位で色々な職場の人材を集めて何度もワークショップを重ね、途中からデザイナーも参加して100枚近い事業計画書を作成しました。
そこから2014年3月に先のGoサインに至ります。もちろん社内のコンセンサスを得なければならないため役員会にかけました。その頃に吉田(ソニー 取締役 代表執行役員 社長 兼 CEO 吉田憲一郎氏)と十時(ソニー 代表執行役 EVP CPO 十時裕樹氏)が上司として加わります。2人とも新規事業や起業支援の経験が豊富で助かりました。
平井がGoサインを出した背景には、彼の考えに「構造改革と同時に新しいことに取り組まなければならない」という危機感があったからだと思います。以前からアイデア提案は多かったそうですが、大変忙しいため、私がSSAPを提案したのは渡りに船だったかも知れません。
――それではSSAPの沿革を振り返っていただけますか。
1年目はデジタル系を駆使して形にすることを目指した「社内インフラ」の構築に着手しています。需要を探るのが課題の1つでしたが、ソニーの考える需要と顧客需要がイコールなのか疑ってみる必要がありました。当時登場したばかりのMakuakeにソニーブランドであることをあえて伏せて出展したところ、ある程度の金額も集まり一定の手応えを得ました。
今振り返ると「FES(Fashion Entertainments)」に対して、「あの値段ならもっとラグジュアリーであるべきだ」との反対意見も出ましたが、「そのセグメントではなくデジタルファッションを楽しむお客様向けだから、価格設定と素材感が大切だ」という平井の判断から販売に至りました。
2年目は(商品を)世に出せることが分かりましたので「販売インフラ」の構築に取りかかりました。ソニーは多くの販売チャネルを持っているため、どこかが売ってくれると軽く考えていましたが、得意先へ十分な在庫を届けるには数億円レベルで商材を用意しなければなりません。スタートアップの観点から見れば最初から数億円(の売り上げ)は成功レベルです。我々は小規模でも販売ができるように、クラウドファンディングの「First Flight」を立ち上げました。
3年目は「海外インフラ」です。これまでの2年間はSSAPを国内に閉じていましたが、周りから「なぜグローバルでやらないんだ?」との声が多く集まり、そのうち社内からも同様の意見を聞くようになりました。そこで、欧州に進出しました。この他にも社外向けスタートアップを対象としたビジネスプランコンペティションの「Startup Switch」を開始しています。
4年目は「スケールインフラ」ですね。SSAPはビジネスの超初期段階に焦点を当てていますが、大きなビジネスに成長する手前までは育成していく必要がありましたので、スケールに必要な様々な施策を打ちました。例えば、(時計の)2号機発売や海外における販売に着手しました。5年目は「社内と社外を分けることに意味がない」との考えから、社外の方にサービスを使ってもらえるように開放しました。その説明会が先日のイベントです。ついこの間までソニーの外にいて大学生だった1年目の社員がSSAPを通じて、事業化を実現したケースもあるため、経験のある社員も外の方も変わらないというのが率直な感想ですね。逆に我々にないアイデアを取り込むことで実現した「Qrio(キュリオ)」も適例でしょう。
――SSAPを続けてきて何か変わりましたか。
吉田(ソニー 代表執行役社長 兼 CEO 吉田憲一郎氏)が2017年度第2四半期の業績発表会の場で、SSAPについて「重要なのは事業を起こすというカルチャーを会社に根差すこと。その目的は、実現されてきていると思っている。」と話しておりますように、文化が根付いてきたと感じます。例えば、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)のホームページ上に記載されている事業内容は、これまでプレイステーション単独でした。そこに、新たにSSAPから生まれた「toio(トイオ)」が加わりました。これは私から見ればすごいことで、大企業であるSIEが2本目の事業としてtoioを選択したことに手応えを感じます。
少々概念的な話になりますが、我々は「源流」に取り組んでいる部隊だと自負しています。ソニーも小さな源流から始まり、今では大河となりました。だからこそ我々は、水の流れを見つけ出し、メインストリームにつなげることが仕事だと思っています。繰り返しになりますが、我々がいなければソニー・ネットワークコミュニケーションズの子会社であるQrio社はQrio Lockを世に出せず、14の事業は今でも机の下で眠っていたでしょう。実は大企業こそが源流と大河をつなげる活動に腰を据えて取り組むべき活動だと思います。
――同感ですが、トップがそれを理解しないとダメですよね。SSAPを外に開放すると通常であれば、投資が絡んでくると思います。いかがでしょうか。
SSAPはオールインクルーシブ型で、アイデアを作る「Ideation」から始まり、アイデアを形にする「Incubation」、アイデアを世に出す「Marketing」、事業をスケールさせる「Expansion」という流れになっていますが、Expansionには「Collaboration」「Finance」「Alliance」が含まれます。文字どおりCollaborationはプロダクトやサービスをさらに広め、Financeは事業拡大を目的とした資金調達、Allianceは事業をスケールさせる戦略的提携という要素を指します。
特にAllianceはソニーの強みを生かせるでしょう。弊社は事業ドメインが多いため、特定のタイミングで提携を結ぶことで互いがウィン・ウィンの関係になります。Financeも専任者として吉村(ソニー Open Innovation & Collaboration部 Alliance & Portfolio Management Team 統括課長 吉村崇司氏)が担当しており、さらに(ソニーのCVCである)ソニーイノベーションファンドもありますので、我々と連携して取り組んでいます。
――SSAPの支援体制は盤石のように見えますが、なぜこのようなプログラムにされたのですか。
我々は新規事業をスポーツのように捉えてきました。起業経験がない人を不安定な場面で起業させるのは、泳げない人を大海原に飛び込ませるようなものです。どうしても(新規事業創出には)横やりなど邪魔が入ることは否めません。だからこそ精神論ではなくシステムとフローとスキームを整えることが重要です。(新規事業創出も)そのフェーズに入ったのではないでしょうか。昔のようにゼロからクリエイトする部分はショートカットさせるべきです。
――小田島さんは「新規事業の作り方、の作り方」を作られました。やりきれたモチベーションは何でしょうか。
まだ、やりきれたとは全く思っていません。ただ、ひとまずここまでこられた理由は、3つあります。(記事冒頭で述べた)事業立上を経験した時に感じた達成感が体に残っていて、それを超えないと満たされない、という思いがありました。事業に従事していたときは一定の抑揚を感じましたが、本社に戻ってからはやれることも少なく、物足りなさを感じました。その状況下で世の中を驚かせつつ社会課題を解決したいという思いが1つです。
もう1つは、新規分野を開拓し、皆が活躍できる世界を作ることにモチベーションを感じます。
最後の1つはノウハウが身に付くことですね。我々は事業を作っているため、実務レベルのノウハウが身に付く。メンバーも同じ意見を述べていました。ゼロから全部をエンドツーエンドで見られるのはなかなかない環境です。その体験を得られるのは大きいですね。
――最後に新規事業創出を目指す企業は、多くの壁にぶつかります。それを踏まえた上で小田島さんが考えられる「新しい事業を生み出す人に必要なこと」は何でしょうか。
我々がスタートアップと事業を共創する場面で注目するのは、起業家もしくはリーダーのモチベーションです。大企業のビジネスパーソンが陥りがちな「やらされ仕事」的なアプローチではなく、自らのモチベーションを持ったスタートアップでなければ超えられない壁が存在するのは確かです。新規事業創出で信じられるものは自分だけ。だから嘘偽りがないモチベーションに注目し、その源泉を探ります。モチベーションは人に与えられて得るものではありませんし、確固たる情熱を持つことが大事ですね。
他方で我々は、社内外にこだわることなく源泉を見つけ出し、その流れを作る「治水」が仕事です。グローバルかつトラディショナルで比較的認知されている企業の方がやりやすいでしょう。モチベーションは事業そのものに対する情熱があれば、やるべき。
テーマを見つけたときに頑張れるという素質もあり、両者が相まったときにものすごいパワーを発揮します。ただ、(新規事業創出の)仕組みがないと埋もれてしまう方も少なくありません。スポーツ業界のように才能で正しく競争する透明な世界を目指します。
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