グーグルは7月10日、AIによる社会問題解決をテーマとしたメディア向けのイベント「Solve with AI」を開催した。グーグルのAI領域の研究者や、グーグルのAI技術支援でさまざまな問題解決に取り組む世界の組織の代表者が登壇し、日本に集まったアジア太平洋地域の記者、関係者に向けてそれぞれの取り組みについて語った。
シニア フェローでAI統括のJeff Dean氏が登場。冒頭で、「AIを使えば様々な分野で社会問題を解決できる」とメッセージを発した。グーグルでは、AIを活用して社会問題を解決するための「AI for Social Good」プロジェクトを展開しており、新たに世界の非営利団体、研究機関などを対象とした「Google AI Impact Challenge」を実施。公募して20件の取り組みを採択、資金面も含めて外部との連携による問題解決の支援に取り組んでいる。
Dean氏は、機械学習によってコンピュータは見る、聞く、しゃべる、理解することができるようになり、コンピュータの能力も格段に上昇したことを指摘。「AIがツールになって、コンピュータサイエンスだけでない分野で使えるようになってきた」という進化を示す一方で、グーグルの研究および製品開発におけるAIの倫理的な利用を定めた「AIの基本方針」にも言及。「実際にこれらのルールを守って運用している。アプリケーションの設計・活用の際に、安全性や説明責任について考えながら開発している」とした。
その問題解決の一環として開発されたテクノロジーが、生データをユーザー端末に置いたままマシンラーニング(ML)モデルをトレーニングできる「Federated Learning」となる。ほかにもDean氏は、オープンソース化した機械学習プラットフォームの「TensorFlow」、機械学習に関する知識が少なくてもカスタム機械学習モデルをトレーニングできる「AutoML」などのテクノロジーや無償のオンラインプログラムを紹介。「エキスパートでなくても使える、いろんなバックグラウンドの人も使える」と、AIを取り巻く環境と技術の両側面から、グーグルのAIプログラムの現状を紹介した。
Solve with AIでは、グーグルが実施、および支援しているヘルスケア、災害予測、環境保全、農業、アクセシビリティ、文化の保全に関するセッションが行われた。
ヘルスケア領域のAI活用については、グーグル ヘルス プロダクトマネージャのLily Peng氏が登壇し、世界的に医師不足という状況の中で医療にマシンラーニングが役立っているケースとして、肺がんのスクリーニング、乳がん転移の検出、糖尿病網膜症の診断に活用されている事例を紹介した。開発したモデルによって検出率を向上させたほか、糖尿病網膜症では、すでにインドの病院で試験的に導入されているという成果を伝えた。
災害対策の領域では、グーグル AI ソフトウェアエンジニアリングマネージャのSella Nevo氏が、洪水予測プログラムについて説明。数理学的なシミュレーションやニューラルネットワークを活用してデータを分析し洪水予測の精度を高め、Androidの通知機能などで警報を出す仕組みを構築している事例を紹介した。まずはインドで開始し、世界に広げていくとのこと。
環境保全では、グーグル AI プロダクトマネージャのJulie Cattiau氏が、動植物保護にAIを活用するケースを紹介した。カメラやマイクが安価で小型になって設置しやすくなった半面、そこから取得したデータを意味のあるものに変えることが難しく、そこでAIが役立てられている。アメリカ海洋大気庁(NOAA)が長年取得してきた水中のザトウクジラの音をAIで分析し、船の音と見分けて自動的に判別できるようにし、クジラの移動パターンの確認に役立てられているという。
続いて、グーグルのAI技術を環境保全に役立てているゲストスピーカーから取り組みが紹介された。環境NPO Rainforest Connection CEOのTopher White氏は、「伐採の90%が違法」ともいわれる熱帯雨林の森林伐採対策において、広範囲にわたる森林の監視に古い携帯電話とAIで音声を記録してチェーンソーやトラックの音を判別できるようにし、少数のレンジャーや原住民自身で監視できるようにしたという。
Gringgo Indonesia Foundationの共同設立者であるFebriadi Pratama氏は、インドネシアのごみ問題をAI活用で改善していこうと取り組んでいる。インドネシアでは、ごみ収集の仕事に就く人たちの収入が低いこともあり、ごみ収集が不十分でプラスチック汚染などの環境問題を抱えているという。そこで、ごみの種類や価値の残っているものについて、機械学習させてモデルを作り、スマートフォンでごみを撮影するといくらの価値があるかを教えてくれるシステムを構築。インセンティブの付与によってごみの分別収集意識を高めることと、資源の再利用という両側面から問題解決を図っている。
農業分野では、ワドワニAI研究所 プロダクト&プログラム担当バイスプレジデントのRaghu Dharmaraju氏が小規模農家を支援する取り組みについて語った。インドでは綿花の栽培が盛んだが、綿花は害虫の影響を受けやすく、昨年も1種類の害虫によって50%の農家が被害を受けたという。背景としては、ほとんどが小規模農家で害虫を把握するノウハウがないということがある。そこで、糊のついた紙で害虫を捕獲し、その写真をクラウドに送信するとAIで害虫の種類や数を自動的に検出するAIモデルを開発した。これらをグーグルの支援のもと、害虫管理ソリューションとして開発する計画があるとしている。
アクセシビリティ領域では、グーグル AI プロダクトマネージャのSagar Savla氏が開発する聴覚障がい者・難聴者向けの支援システムを紹介。70言語に対応し、150カ国で利用可能というAndroidアプリで、音声を文章にリアルタイム変換して聴覚障害者の日常会話への参加を助けることができる。周りの騒音も判別して画面に表示し、実際にどれくらいの音が拾えているかもわかるような仕組みを採用している。Savla氏のおばあさんも実際にアプリを使っているという。
アクセシビリティの取り組みではもう一つ、脳卒中やALS患者など、言語障害を抱えている人たちのコミュニケーションをAIで支援する「プロジェクト・ユーフォニア」を発表。「言いたいことが離せないのはつらい。発話できないのでGoogleアシスタントなど音声作動型のテクノロジーも使えない」(Cattiau氏)という状況の中で、障害をかかえる同社の社員やボランティアの協力のもと、音声認識や書き起こしのモデル構築のためのデータを収集して取り組みを進めている。まだ初期段階だが、視線でYes/Noを示したり、バスケットボールの試合を観戦する際に眉の動きでブーイングの意思表示を行えるようなコミュニケーション方法を開発しているという。
最後に、日本の古典に関する文化保全の取り組みが紹介された。日本の国立情報学研究所人文学オープンデータ共同利用センター特認研究員 Tarin Clanuwat氏は、古来の日本の書体である「くずし字」の光学文字認識システムを開発した。多くの古書が存在するが、日本人でもほとんど読むことができず、仮に書きおこしをすると、理解できる専門家が数百年かかるレベルだという。そこで、崩し文字を認識して現代日本語に転写するための機械学習システム「KuroNet」を開発、1ページを2秒で、85%の精度で読み込め、デジタルコピーおよびアーカイブ化の作業が容易になるとしている。
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