世界最大のものづくりの街として知られる中国の深セン市。約40年前までは人口わずか3万人の漁村だった同市だが、いまや約1500万人の大都市へと変貌しており、平均年齢も32歳という若さを誇る。そんな深センがいま力を入れているのが教育、それも「STEM教育」だ。実際、筆者も5月に現地を訪れた際に、ショッピングモールなどで当たり前のように置いてあるSTEM教育の教材を何度か目にして驚いた。
STEMとは「S=Science(科学)」「T=Technology(技術)」「E=Engineering(工学)」「M=Mathematics(数学)」の頭文字からなる教育手法のこと(ここにArt<芸術>を加えた「STEAM教育」も増えている)。ロボットを動かすために学生が自ら試行錯誤し、間違いがあればその原因を分析することで、問題解決力がつくと考えられている。直近では、ソフトバンクが6月にSTEM教育事業に参入し、幼児から小学生までを対象としたSTEM教育スクール「STELABO(ステラボ)」を全国展開することを発表したのは記憶に新しい。
日本では2020年から小学校で、2021年から中学校でプログラミング教育が必修化するが、中国でもこの流れは同様で、小学校、中学校、高校で省ごとに2018〜2020年にかけて必修化が始まっている。ただし、日本は“プログラミング的思考”を身に着けることを重視しているのに対し、中国ではSTEM教育により次世代AI人材を養成することを目指しており、必ずしもプログラミング教育にこだわっていないという違いがある。
プログラミングの教え方にも違いが見られる。日本では学校の教員が既存の指導に加えてプログラミングも教える予定だが、中国では学校が外部機関に依頼し、研究所や企業の専門家に教員を兼務してもらうことが多いという。主に使われている教材は、Arduinoや、mBotのようなロボットカー、LEGOに近い製品、Scratchなどだ。メイカースペースというものづくりの教室を設ける学校も中国内に増えているという。
深センに6年以上暮らし、現地で日本人向けの学習塾「わかば深圳教室 epis Education Centre」を運営する教室長の渡辺敦氏によれば、中国ではタブレット教材が登場する10年以上も前から電子辞書に数学や英語などのテキストが収録されたデバイスが広く普及しており、これらの端末を使って学習することが当たり前だったという。そのため、日本と比べてタブレットなどでの学習に抵抗のない学生が多く、デジタル端末を使った教育にも馴染みやすいことが、STEM教育が急成長している一因なのではないかと見ている。
また、親のテクノロジー教育に対する熱量が高いことも中国ならではの特徴だと渡辺氏は話す。ジェトロ(日本貿易振興機構)によれば、中国では2016年に「一人っ子」政策が撤廃されたが、現在も一人っ子の家庭が多いことから、競争社会に勝ち抜くために子どもの教育にお金を惜しまない親が多いという。人民日報によれば、2014年時点で北京市、上海市、広州市、深セン市の4大都市で、課外学習に参加している学生の割合は7割を超えているとのこと。
「プログラミングやSTEM教育が必ず子どもの将来に役立つと確信して学ばせている親が多い。何としても我が子を成功させてたくさんの報酬がもらえるように育てたいという大局観をもっている。最近のZ世代などはそうではない子も増えているが、親の気持ちに応えようと猛勉強する子どもも多い」(渡辺氏)。
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